第296話 上級監察官・雨宮順平登場
人工島・ストウェアに、日本探索員協会の双璧と呼ばれる男がやって来た。
雨宮順平上級監察官。その人である。
ダメなおじさんのエッセンスを煮詰めて濃縮させたような思考と言動を繰り返し、その様子は監察官の中で最も逆神六駆に近いと言う。
今回、アトミルカ急襲作戦にこの男を五楼が招集しなかったのは、多分「痴れ者が2人になると収拾がつかん」と判断したからだろう。
だが、大ピンチを迎えている新生イギリス探索員協会。
そこに現れた上級監察官に期待しない訳にはいかなかった。
「水戸くん、水戸くん! 見てこれ! 左腕がバイオハザードチックになっちゃってさー! どうしようか、これー! 見てー、なんか勝手に動くんだよ!!」
「……もはやここまでか」
孤軍奮闘を続ける水戸信介。
ヤメておいた方が良いと分かっていたのに、少しだけ期待をしてしまった。
その期待が裏切られた瞬間、すり減らしていたメンタルがモニョりと逝った。
「あー! ダメだ、ダメダメ! これすごいよ、水戸くん! すっごいアグレッシブに脳の制御を奪おうとしてくるー!! うわ、すっごいよ、これぇ!!」
「自分もあんな醜態を晒すくらいならば、自害しよう……」
紫色の血管が浮き出てビチビチと跳ねるイキのいい異形の左腕を眺めながら、実況報告してくる雨宮上級監察官。
だが、彼は世界で最も強いと謳われる日本探索員協会でトップに君臨する男。
タダでヤラれ役をするほど安くはなかった。
「ほあったぁ!! あー、気持ち悪かった! スッキリしたよ! 水戸くん、平気かい?」
雨宮上級監察官。自分の腕を
不思議な事に左腕は肩から先がなくなったにもかかわらず、血の一滴も滴り落ちて来ない。
ここでようやく、水戸監察官が気付く。
「雨宮さん! 完全に乗っ取られていなかったんですか!?」
「そうみたいだねー。いやー、ジェシーのさ、おっぱいになんか毒が仕込まれてたみたいでさ。参ったよ。キャシーのおっぱいがさー、デカいんだよ? ああ、違うジェシーだ! ねえ、聞いてる? 水戸くん」
「その話を今、自分は拝聴しないといけないんですか!?」
「あはは、水戸くんすっごい集中攻撃されてるー。ウケるー!」
雨宮は「よっ!」と
すると、左腕が生えて来るではないか。
「見てー、水戸くん! ナメック星人スタイルで生やしてみたんだけど! これ、イギリスの女の子たちにウケるかな? ドラゴンボールってイギリスでやってる?」
「知りませんよ! と言うか、遊んでいないで手伝って下さい!! ストウェアの動力室が恐らくアトミルカに抑えられています!!」
42歳。独身。日毎違う女性と夜を共に過ごすのが大好きな不良中年。
顔立ちは整っており、身長も高く日に焼けた肌も相まって映画俳優のようにも見える。
「今日もいい事あったらいいね!」がモットーのその日暮らしマンである。
その性格もさることながら、スキルも極めて特殊な属性をしており、協会本部に登録されている名称は『再生スキル』となっている。
文字通り、彼の
耐久値は木原久光の方が勝るとデータにはあるものの、雨宮順平はほとんど無限に再生することができるため、両者が戦うと決着がつかないであろうとは五楼京華の見解である。
「水戸くんの実力なら川端さんとコンラルフくんの首くらいはねられるでしょ?」
「はねられて堪りますか!! 仲間ですよ! 川端さんは監察官の先輩!! コンラルフ基地司令は1年半も一緒に仕事をしてきた同僚!!」
「あーね! 水戸くん、そーゆうとこあるよねー! 情に厚いと敵に利用されちゃうんだからー。多分、今も動力室の親玉にプークスクスって笑われてるよ!」
「黙ってください! そして戦ってください!! ストウェア奪われたら大事ですよ!!」
「でもさ、ほら、私もキャサリンからジェシーとの連戦で疲れてるから」
「最低だな、このおっさん!! それ、戦いのジャンルが違うでしょう!? と言うか、ジェシーのおっぱいに敵の毒仕込まれていたんでしょう!? ええっ!? まさか、それ喰らったあとに行為に及んだんですか!?」
「ジャパンの格言があるじゃないの。据え膳食わぬは男の恥ってね!」
「やっぱりこの人、頭がおかしいよ!! もう日本に帰りたい!!」
だが、水戸監察官もやられてばかりではいられない。
このやり取りを続けながら、彼は川端監察官とコンラルフ基地司令の猛攻をしのいでいるのだ。
その実力をもってして、バカな上官を黙らせる作戦に打って出た。
「雨宮さん! この戦闘データ、五楼さんに送りますからね!」
「え、それは困る! 京華ちゃん怖いんだよ! 分かった、話し合おう! うん、働くよ! ふふふふー、『
「自分も体を乗っ取られて、あなたに襲い掛かりたいと思いました! ガチで!!」
「あら、嫌ねぇ。若い子はすぐにキレるんだから。んじゃ、やりますよー。ごめんね、川端さん。ちょっと痛いかもしれないけどね。はい、いきまーす! 『
雨宮が川端の両腕を何の迷いもなく斬り落とした。
そのまま彼はスキルを発動させる。
「はいはい、痛くないよー。『
「くそっ! 頭の悪い名前のスキルなのに、なんて凄いんだ! 川端さんがものすごい速度で再生されている!!」
雨宮順平の再生スキルは他者に付与する事も可能である。
彼が本気を出せば、胴体が真っ二つになった生物でさえ再生できるらしい。
「よしよーし。『
「嫌ですよ!! と言うか、コンラルフ基地司令の『
こののち、雨宮上級監察官が『
なお、雨宮の武器は物干竿であり、名前も『
得意なのは棒術なのだが、本人は「意外と何でもイケちゃいまっせー」とコメントしている。
本当に得物を選ばないのだから、なんだかそこはかとなく腹立たしい。
◆◇◆◇◆◇◆◇
その頃、動力室では。
「おい、22番」
「はっ! なんでありましょうか、7番様!!」
「撤退の準備をしろ。逃げるぞ」
「はっ? て、撤退でありますか!?」
ロン・ウーチェンは静かに現状を語った。
彼は情報を精査して、物事の押し引きを判断する男。
「雨宮の再生スキルの存在は知っていたし、その威力も理解していた。だが、見てみろ。自分の腕を何の迷いもなく斬り落として、ついでに同僚の両腕を叩き斬るのは想定外だ。あんな頭のおかしい手合いを相手する用意はこちらにない」
「つまり、7番様はあのおじさんと戦うのが嫌でしょうがないのでありますか!?」
「お前、理解が早いな。今後もオレの部下として仕官するつもりはないか?」
22番は返答を控え、代わりに現状を叫んだ。
「7番様! ものすごい勢いで雨宮と水戸がこちらに走って来ております! ああ、川端も!! このままでは、あと5分も経たずに動力室へ突入されます!!」
「冗談がキツい。コンラルフの足も躊躇なく叩き斬ったのか? あの男は。それで、処置を済ませてから放置した挙句、オレたちの元へ向かっていると?」
7番は逃げられないと悟った。
ならば、戦うまで。
彼はリアリストである。
少しでも生存率の高い選択肢を取る。
乗り気ではないが、負けるつもりもない7番は不敵な表情で彼らを待つ。
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