第40話 魔王城にて ミンスティラリア東の丘

 飛竜発着所にて、チーム莉子は魔王城へと降り立つ。

 現世の人間がミンスティラリアの施設、それも魔王城を訪れるのは、これが2度目であった。


「ふぇぇ。なんかすごいとこに来ちゃったよぉ」

「ねー。でも魔王城って言うからさ、おどろおどろしいとこかと思ったら、割とステキなデザインだねー! ディズニーに出て来るお城みたいだにゃー!」


 莉子は怯えながら、クララは既に吹っ切れているため観光気分で、キョロキョロと辺りを見回していた。

 さて、ミンスティラリアに初めて来た現世の人間、逆神六駆。

 17年ぶりの感想を聞こうではないか。


「変わってないなぁ! あ、見て、ダズモンガーくん! そこの屋根、僕が『大竜砲ドラグーン』ですっ飛ばしたままだ! 懐かしいねー!」


 17年前の段階で、六駆は既に今の六駆だった。


「懐かしゅうございますな! 人族軍の空襲を受けた際のご活躍、このダズモンガー一度たりとも忘れたことはございません!!」


 莉子は不思議に思ったことがあり、六駆に尋ねた。

 これは現世の価値観を持っていれば、当然の疑問だったと言える。


「あのさ、六駆くん? どうして君は魔王軍に参加したのかな?」


 最初からこのミンスティラリアに生まれ落ちたのならば、話は分かる。

 ただ、六駆も17歳になるまでは、現世の日本で生活していた訳であり、ならばモンスターが悪で同じ人種に肩入れしたくはならなかったのだろうか。


「あっ! ご、ごめんなさい! わたしってば、こんなに親切な人たちに向かって、とんでもない事を!! わわわっ、本当にごめんなさい!!」


 小坂莉子は賢く、また清らかな心の持ち主で相手に配慮できる女子。

 今の自分の発言、そしてその考え方が偏見に満ちており、ダズモンガーたちに対して失礼にあたるとすぐに気付き、慌てて謝罪をした。


「良いよ。気にしないで。莉子はマジメだなぁ!」

「六駆くんに謝ったんじゃないよぉ! ダズモンガーさん、ごめんなさい!!」


 続けて六駆が答える。

 少しは空気を読んで黙れないのか。


「僕もね、最初は迷ったんだよ? だって、初めに会った人がこのダズモンガーくんだもん。口はデカいし、なんか毛が生えてるし、牙も長いし。僕らの感覚から言ったらどう見ても敵じゃんねー。ははは!」


「六駆くぅん!! ごめんなさい! この人、本当に頭の中がアレなのでぇ!!」


 やっとダズモンガーが口を開く。

 君は空気を読み過ぎる。原住民として少しはマウントを取りに行け。


「ぐーはっはっ! 莉子殿のおっしゃること、分かりますぞ! 吾輩も、最初は六駆殿に警戒しましたからな! これは種族が違えば必ず起こり得る現象です。だが、六駆殿は実に平らかな目と心をお持ちでおられた!」


 ダズモンガーの言葉を六駆が引き取る。

 おっさんは人の話を横取りするのが大好きなのだ。


「だってさ、ここの人間。ああ、人族ひとぞくって言うんだけどね。人族、ひどいんだよ。魔物見つけたらとりあえず魔法で攻撃するし。魔物が無抵抗なのにさ! あと、何が一番気に入らなかったかって、無抵抗の僕にもいきなり魔法攻撃してきたこと!」


 莉子は察した。

 「あ。この人、その怨恨で魔王軍に付いたんだ」と。


「さあ、まずは魔王様に謁見なされるとよろしい! 話は既にテレパシーで通しておりますゆえ! 吾輩がご案内いたします。ささ、どうぞ」


 魔王という響きが、莉子をことさらに不安にさせた。

 思わず六駆の腕にすがりついてしまう程であり、それはもう相当な心細さだった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「そんなに怖がらなくても平気だよ! 魔王って言っても、話の分かるじいちゃんだったし! ねえ、ダズモンガーくん!」

「あ。これは失礼しました。お伝えするのが遅くなりまして。六駆殿の言っておられる先代の魔王様は、12年前にお亡くなりになりました」


「え゛っ」


 莉子さん、六駆の腕にギュッと身を寄せる。

 話の分かる人がもうこの世にいないと言う事実が、彼女をどんどん追い詰める。


「まあ、何とかなるっしょー。六駆くんいるしー!」


 クララは一足先に無我の境地へと到達しているので、現在は思考放棄中。

 莉子はクララの諦めの良さを羨んだ。


「それは残念。じいちゃん、どうしたの? 暗殺?」

「もぉぉ! なんでそんな不穏な事ばっかいうのぉ!? ちょっと六駆くんは黙ってて!!」


「ぐーはっはっ! ご安心めされよ、莉子殿。先代は寿命でございます。吾輩たち家臣に見守られ、最期は安らかに眠りにつきました」

「じいちゃん年だったもんねぇ! 700歳超えてたんだっけ?」


「800まで生きると豪語しておったのですが。さあ、こちらが謁見えっけんの間ですぞ」


 超巨大な鉄の門が、チーム莉子を出迎えた。

 莉子が試しに押してみたが、当然微動だにしない。

 どうしたら良いのか。


「まだこの扉なんだ。好きだねー。『開門アビエット』」


 扉に触れて六駆が煌気オーラを込めると、鉄の門が自動ドアに早変わりした。

 こうしたら良いのだ。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「どうもー。おじゃましますー。チーム莉子です!」

「バカぁ! わたしの名前を勝手に名乗らないでぇ!! 六駆くんのバカぁ!!!」


 玉座には、小さなシルエットが浮かんでいた。

 布で間仕切りされており、どんな人物がそこにいるのか莉子とクララには分からない。


「ね、莉子ちゃん。なんか小さいよ? 案外、可愛い魔王様だったりして?」

「クララ先輩、ヤメてください! 六駆くんと一緒にいるんですよ!? そんな希望的観測が叶うわけないじゃないですかぁ!」


 2人の内緒話が聞こえたわけではないのだが、まだ見ぬ魔王が声を上げるのとほとんど同じタイミングだったため、莉子はもちろん、クララも心臓を跳ねさせた。


「幕を上げよ!」

「ははっ!」


 近衛兵のトカゲ型の獣人が、間仕切りを取り払う。

 そこに現れたのは。


「おーっ! 六駆殿! わらわじゃ! 覚えておるか!?」


 小学生くらいの女の子であった。

 莉子とクララはホッと胸をなでおろす。


 続けて、「あの子は魔王の子供とかなのかな?」と思った。

 彼女たちはまだこの異世界のルールに慣れていない。

 外見だけで判断するのは、ミンスティラリアにおいて非常に危険な考え方である。


「ああ! ファニちゃん!? 久しぶりだね! 全然変わってないなぁ!」

「それは六駆殿も同じことよ! 懐かしいのぉ! そちらの者がけいの仲間か?」

「そうそう! 小坂莉子と、椎名クララって言うんだよ。まさか魔王ってファニちゃんだったのか!」


「六駆くん? そちらの可愛い女の子はお知り合いかなぁ?」

「うん。知り合いって言うか、先代魔王の娘さんだね。ちゃんとした名前は……。忘れたけど!」


 彼女の名前はファニコラ・ソルテリッジ。

 六駆に言わせると通称ファニちゃん。


 御年122歳の純粋な魔族である。


 この後、六駆がファニコラの事を莉子とクララに説明して、年齢を言ったのち「いわゆるロリババアだね!」と纏めた。

 莉子はすがりついていた六駆の腕から、静かに離れるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る