第152話 小坂莉子、急にポンコツになる 有栖ダンジョン第7層

 莉子と芽衣のコンビは現在、第7層へと下りて来ていた。

 いつも朗らかなリーダーがなんだか険しい顔をしているので、芽衣は「やっぱり莉子さんでも1人になると不安を感じるのです!」と、少し親近感を抱く。


 莉子は芽衣の推察通り、ひどい不安に襲われていた。


「芽衣ちゃん。あのね、わたしの話を聞いてくれるかな?」

「みみっ。芽衣で良ければいくらでも聞くです!! 遠慮はなしです!! みっ!」



「あのね、あのね! ダンジョン効果ってあるでしょ? ほら、ダンジョンに潜ると、六駆くんってカッコよくなるじゃん! あ、普段の六駆くんもカッコいいんだよぉ? 学校で見せる表情とか、カッコいいより可愛い時もあって、ホントにね、見てて飽きないの! ……でね。ここからが大事な話なんだけどぉ。クララ先輩、さっき六駆くんに助けてもらったでしょ? しかも、すごくスマートに。……クララ先輩といい雰囲気になってたら……どうしよぉー!!」



 芽衣は直近の自分の発言を激しく悔いたと言う。


 彼女には莉子の言っている事の9割が理解できない。

 具体的には「ダンジョン効果ってあるでしょ?」のくだりから理解ができない。


 ダンジョン効果ってなんだ。

 それは我々にも分からないので、この悩める女子中学生に救いの手は差し伸べられない。


 分かったのは、莉子がひどく手遅れであるという事だけであり、その事実は芽衣の心細さを何倍にも押し上げたらしい。

 「芽衣は恋をする時、絶対に相手を選ぶです!」と強く感じさせるに至り、意図しない形で芽衣の身持ちを固くした点が唯一の良かったところだろうか。


 お忘れかもしれないが、ここはダンジョン。

 男女の話をダンジョンでするなとは言わないが、出来れば放課後のマクドナルドとかでして欲しい。


 何故ならば、モンスターは待ってくれないからだ。


「みみみみっ! 莉子さん! 莉子さん!! なんかニョロニョロしたのが出たです!!」


 ここで登場するのは、ダンジョンで女子が戦う相手としてお馴染みの触手系モンスター。

 その名もゴバイイカ。

 名前の由来は触手が合計で50ほどある事から、「イカの5倍」と言う意味で名付けられたらしい。

 諸君におかれましては、どこの単純野郎が名付け親だと憤らないで頂きたい。


 若き日の南雲修一が命名したと記録に残っているので、優しくしてあげて欲しい。


「みみみみみみみっ! 莉子さん! なんかニョロニョロが伸びて来たです!!」

「芽衣ちゃん、落ち着いて!」


 なんだかんだ、莉子も多くの経験を積んで来た。

 なにより、触手系に絡まれるのは初陣でヌタプラントにやられて経験済み。

 同系統の攻撃を2度も喰らうほど莉子は甘くない。



「せっかくさ、男の子が喜びそうなモンスターが出て来たのにさ。肝心の六駆くんがいないのってもったいないよね。これじゃわたし、わざと捕まっても意味ないもん」



 莉子さんこそ落ち着いて。


 現在、莉子さんの脳内では六駆おじさんの不在が思っていたのと違うダメージとなって、正常な思考能力を奪っております。

 お近くに腕の良いカウンセラーの方がいらっしゃいましたら、有栖ダンジョン第7層までお越しください。


 大変なピンチです。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「みみみみみっ! みみぃぃぃっ!!」


 莉子のあまりにもアレな惨状に油断してしまった芽衣。

 ゴバイイカの触手に右足を絡めとられる。



「あー! 芽衣ちゃん、ズルい! そうやって予行演習するんだ!! わたしもするー!!」

「芽衣は生まれて初めて人を引っ叩きたいと思ってるです!! みみみっ!!」



 現状、芽衣の攻撃スキルは『分体身アバタミオル』しかないが、あれは高度な煌気オーラコントロールが必要な上に、打撃と煌気オーラだんによるダメージしか与えられないため、この手の軟体系モンスターとはそもそも相性が悪い。


 よって、莉子が速やかに助けてあげないといけないのだが、彼女は何かを考え込んでいて動かない。


「みみぃぃぃっ! 莉子さん、助けてです!! 頭に血が上るですー!!」

「うん、分かったよ、芽衣ちゃん!!」

「みみっ!!」


「やっぱり下がスパッツでも、スカートが捲れるとなんか男の子ウケが良さそう! わたし、このダンジョンから戻ったらショートパンツをヤメて、スカートにする!!」


 芽衣は「おかしいです。莉子さんの事は大好きなのに。……何故だかぶっ飛ばしたいです」と、逆さに釣り上げられた状態で考えていた。


 それから2分ほど莉子さんは思考の迷走を続けたのち、「芽衣ちゃん!? いつまでそうしてるの!?」とか言い出して、六駆が不在の中、その師匠が普段やっているおとぼけポジションを見事に務めて見せる。



 早く助けてあげてくれ。



「うちの芽衣ちゃんによくもぉ! 『連弾太刀風れんだんたちかぜ』!! 芽衣ちゃん、受け身取って!!」

「みみっ! 助かったです! ……でも、もう少し早く助けてもらえた気がするです」


 ゴバイイカの触手が莉子の風の刃で半分に減ってしまった。

 それでもなお、彼女は「まだ半分残ってる!」とか考えている。


 その気配を察知した芽衣。

 『分体身アバタミオル』を使用して、分体を生み出す。

 前述したとおり、このスキルと軟体系のモンスターの相性は悪い。


 だが、人とはピンチの時にこそ成長するものである。


「みみみみみっ!! 煌気オーラを練るイメージです。大きな、とっても大きなパンチを撃ち抜くイメージです。……『煌気正拳突きオーラマグナム』!!!」


 集約した煌気オーラを一気に正拳とともに放つ。

 その大きさは通常の煌気弾の7倍から8倍。

 いくら煌気弾との相性が悪いとはいえ、これほどまでの高出力、巨大な煌気弾になれば話は別である。


「プルシェェェェェェェェェッ!!」


 しょせんはデカいイカ。

 その中心を見事にとらえた、芽衣の正拳が勝利する。


「わぁ! 芽衣ちゃん、すごい! いつそんなスキル考えたの!?」

「みみっ……。莉子さん、芽衣は1つ上のステージへジャンプアップできた気がするです。早く六駆師匠と合流するです!!」


 逆神六駆の不在は、小坂莉子を著しくダメにして、木原芽衣には大いなる成長の機会となる。

 だが、今の即興アレンジスキルで芽衣は煌気オーラ残量が既に2割まで減ってしまった。

 つまりどういうことか。



 早いところ六駆たちと合流しないと、命が危なくて危険である。



 彼女は声を大にして自分の身がとんでもなく危うい事を誰でもいいから伝えたかった。

 日本語がおかしくなったって良い。

 それで必死さが伝われば、自分はいくらでも現代国語に反逆する。


 そんな悲壮な決意の芽衣は「危なくて危険でピンチでまずいです!!」と、我々に訴えかけている。


「よーし! それじゃあ、早く六駆くんたちと合流しよー! 行こー!!」

「……みみっ。はいです」


 一見すると、莉子が正常に戻ったように見える。

 だが、芽衣は油断をしない。


 「莉子さんは普段から割と手遅れです!!」と、賢い女子中学生は知っていた。


 こうして、チーム莉子のヤングパーティーの行軍は続く。

 六駆たちがその場に留まっていてくれる事を願ってあげる事くらいしか、我々には出来ない。それがことさらにもどかしい。

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