第153話 逆神六駆、今日もダンジョンの壁を壊して歩く 有栖ダンジョン第9層

 こちらは六駆とクララ。

 落とし穴コンビ。何をしているのだろうか。


「いやー。困りましたね。とりあえず、ここは本来ならば人が入れないはずの区画だと、そういう訳ですね?」

「そーゆうワケだにゃー。あたしたちは今、ダンジョンの壁の内側にいるぞなー」


 昔のゲームのバグ技みたいな事になっていた。


 順を追って説明しよう。

 六駆とクララが落ちて来たのは、第6層から。

 そもそも、落下した場所からして第7層のエリアにギリギリ着地できるかどうかの場所だった。


 セルフ落とし穴を作った場所が下の階層へと続く道の付近だった事がそもそも良くない。

 ダンジョンの詳しい構造についてはいつか南雲辺りが語るであろうからそちらに譲るとして、である。


 そもそも、ダンジョンは綺麗な円柱形をしている訳ではない。

 大きな視点から見れば、だいたい円柱の形になってるのだが、少し目を凝らせば階層ごとに割とガタガタしている。


 たくさん具が挟まったハンバーガーをテイクアウトで頼んで、家に帰ってふたを開けたらなんかすごい勢いでズレている事があるが、あんな風に、端に行けば行くほど下層は不安定になっていく。


 そもそも、ダンジョンの床が抜けること自体が極めて稀なため、このようなケースは学校で習うダンジョンの基礎はもちろん、協会本部のデータベースにも記録されていない。

 六駆おじさんの枠にとらわれない姿勢は時に見る者をワクワクさせるが、その3倍見る者をやきもきさせるので、本当にヤメて頂きたい。


「そうなると、移動しなくちゃ莉子たちと合流できませんね」

「でも、どうするのー? 六駆くんが『鬼火おにび』で照らしてくれてるから、周りの様子は把握できたけどさー。完全に壁に囲まれてるよー、あたしたちー」


 「うむむ」と考え込むクララ。

 「あー! 良いこと思い付いた!!」と声をあげた。


「あたしの【転移黒石ブラックストーン】で、一旦ダンジョンの入口に戻るのはどうかにゃ!? そこから、急いで第9層まで下りて来たら、莉子ちゃんたちとも合流できるよー!!」


 忘れがちだが、クララはチーム莉子の経験値。

 3年弱のぼっち……ソロ探索員時代の行動すべてが今は彼女の血肉となって、窮地に陥った時こそ輝きを増す。


 だが、六駆は首を横に振る。

 その作戦には致命的な穴があると彼は続けた。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「入口まで戻ったら、とんでもなく時間がかかりますよね。第9層まで戻って来るの」

「そうだねぇー。あ、莉子ちゃんたちを2人で残しておく時間が長くなって心配!? しまったー。あたしとしたことが、そんな根本的な事に気付けなかったとはー!!」



「いえ。疲れますよね。第9層までまた下りてくるのって」

「六駆くんは清々しいまでにアレだにゃー。どっしり構えてるから、それが正しい意見だって勘違いしそうになるー」



 クララのスマートな意見を「疲れるのは嫌だ!!」と拒否するおっさん。

 じゃあ聞きますけどね、おっさんには名案があるんですかと。


 その質問はいけない。

 おっさんは大概、1つか2つくらい名案を持っている。


 だいたい本人が名案だと思っているだけで、それは迷案であることが多い。

 明暗で言えば、暗の方が圧倒的に多い。



「クララ先輩。この壁、ぶち破っちゃダメですか?」



 そら見た事か。

 六駆おじさんはすぐに物を壊して解決しようとする。

 発想が半グレのそれである。


 元は陰キャだったくせに、どうしてこんな事に。


「あー。日須美ダンジョンで芽衣ちゃん助けに行った時みたいな感じー? でもさー。あたしもそこまで詳しくないけど、ここって多分ダンジョンの支えになってる部分だと思うんだよね。壁も普通の外壁よりすっごくぶ厚いしさー」


 クララの言いたい事はこうである。

 この厚く頑丈な壁を破壊してしまう事で、ダンジョン全体に何かしらの問題が発生してしまうのではないか。


 彼女がそう考えるには根拠があった。

 自分が体験しているので、確固たる根拠である。


 先ほどの六駆が使った『麒麟の黒雨チーリン・ブラックレイ』にダンジョンが耐え切れず、こうして落とし穴となり六駆とクララを下層へと連れ去ったのだ。

 つまり、逆神六駆のスキルはダンジョンに、もちろんダンジョンによって強度が変わるので一概には言えないが、少なくとも有栖ダンジョンには多大な影響を与えるものだと考えるのが自然。


「なるほど! ぶ厚い壁なら、威力が必要ですね! ふぅぅぅんっ! 煌気オーラ一点集中!! 『ブラッシュ破断掌デストロイ』!!」

「あー。ダメだにゃー。あたしには、六駆くんの抑止力になる力量が足りないよー」


 六駆の強めのスキルで、これまで探索員が通るべき本筋と、六駆とクララがはまっている関係者以外立ち入り禁止区域の間の壁が砕けた。

 だが、それはクララの想定したほどの大穴ではなかった。


 『破断掌デストロイ』と言えば、ルベルバック戦争の始まりの鐘代わりに六駆が地面に撃ちつけ、結果かの地にクレーターを作ったスキルである。

 手加減しているとは言え、そのスキルに耐える外壁。

 そのぶ厚い外壁がダンジョンの維持を担っていると言う線がより濃くなってきたような気がして、クララはもう一度六駆を止める。


「やっぱまずいよー。これでダンジョン崩れちゃったりしたら、怒られるよー?」

「クララ先輩、お忘れですか? 僕たちの今の立ち位置を」


「うぇー? ええと、パーティーのランクも上がってー、ノリノリのー?」

「そう! 僕たちはノリに乗ってる、南雲監察官預かりのパーティー!!」



「つまり、少々のやらかしは、南雲さんがどうにかしてくれますよ!!」

「うひゃー。あたし、南雲さんにコーヒー好きの奥さんが早く出来るように応援しよーっと。このストレス、1人で抱え込むには大きすぎるにゃー」



 それから「もはや六駆を止める術はなし」と判断したクララは、有栖ダンジョンに降臨した破壊の悪魔が『破断掌デストロイ』を連発して、多分壊しちゃいけない壁をガリガリ削ってトンネルを開通させる後姿を眺めていたらしい。


 そして彼女はこうも思った。


 「頼りがいのある背中だけどねー。頼りがいだけはあるんだけどねー」と。


 13回目の『破断掌デストロイ』で、ついに六駆とクララは通常ルートに復帰する。

 それはクララが『マッピング』で確認しているので間違いない。


「いやー! なかなか大変な作業でしたね! でも、良い感じに体が温まって来ましたよ! さあ、進みましょうか! クララ先輩!! イドクロアが僕たちを待ってる!!」


「えっ!? ちょちょ、ちょっと待ったー! 莉子ちゃんと芽衣ちゃん、待たないの!?」

「はい!」


 良い表情で即答する六駆。

 おい、どうした。話と違うじゃないか。


「思うんですよ。莉子と芽衣は僕の弟子じゃないですか。やっぱり師匠には常に前進を続けていて欲しいですよね! 僕、2人にとって理想の師匠でありたいんです!!」


 クララは「それって気構えのお話で、実際に行動しろって意味じゃないと思うにゃー」と、精一杯の反論をしたが、彼女に莉子並みの抑止力を求めるのはいささか酷である。


 こうして、壁にとんでもない痕跡を残した六駆とクララは、勝手に第10層を目指し始める。

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