第151話 逆神六駆と椎名クララ、穴に落ちる 有栖ダンジョン第9層
「えっ、ヤダぁ! ど、どうしよ!! 六駆くんが落とし穴に引っ掛かるなんて!!」
違う、莉子さん。
自分で原因を作った落とし穴に自分で落ちて行ったのだ。
そんな、「ダンジョンの狡猾な罠が!」みたいな事を言ってはいけない。
「みみみみみっ! とりあえず、呼んでみるです! ししょー!! クララ先輩ー!!」
芽衣の声がものすごく遠くまで響く。
その反響の規模から、かなりの深さである事が予想できた。
「六駆くぅぅぅん!! 大丈夫なのぉー!?」
パーティーリーダーは有事の際、常に胸を痛めなければならない辛い役職。
せめて痛める胸が小さくて良かった。
大きかったら、きっと広範囲になるんでしょう?
「へーき、へーき!!」
少し時間を置いて、六駆の声がはるか下の方から山びこのように返って来た。
だが、この場合、誰も六駆の身の心配などはしていない。
ルベルバック戦争で街を丸ごと消し去るスキル喰らいそうになって「打撲しちゃうかも!!」とかのたまうおっさんは、落とし穴程度では怪我すらしないだろう事、想像に難しくない。
「クララ先輩はー!? クララ先輩、平気ですかー!?」
少しの間があって、再び六駆の声が響く。
「クララ先輩も平気だってさー! ただねー、ちょっと上がるのは難しそうだねー!!」
六駆が平気と言うのなら、無条件で信じる覚悟を持っているのが小坂莉子。
だが、やはり目に見えるところにいつもの頼れる背中がいない事は、少なからず彼女の心を不安にさせた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
一方、床が抜けて落ちて行った先の2人は。
「にゃははー。ごめんねー、六駆くん。まさかパイセン、お姫様抱っこしてもらっちゃうとはー。たははー。人生初体験だったりしてー。重いでしょー?」
床の崩落に巻き込まれたのはクララが先だった。
そのため、六駆は無理をして元の場所に戻ろうとせずに、着地地点までの安全化を最優先に考えて行動をした。
まず、
そのまま六駆は先に着地して、落ちて来るクララを待ち構えた。
結果、無事にクララをお姫様キャッチできたという寸法である。
「重いに決まってるじゃないですか。大事な仲間の体が軽いはずないでしょう」
「あ、うぁ……。あ、あー。にゃるほどー。これは莉子ちゃんの気持ちがとてもすごく大変よく分かる事案だにゃー。そーゆう事を真顔で言っちゃうのかー」
おっさんは基本的に社交辞令や気遣いを忘れがち。
だが、その忘れ物が時に奇妙な化学変化を見せて、なんだかロマンチックな物言いを魅せる事があったりする。
諸君の周りでやたらと若い女子ウケの良いおっさんがいたら、その御仁は十中八九、このロマンチックスキルを身に付けている。
是非とも将来を見据えて、今からラーニングを始める事をお勧めしておく。
ただし身に付けるには天性の素養が必要となる事をお忘れなきよう。
「怪我はありませんか? 一応、細心の注意を払ったつもりですけど」
「う、うん、平気ー。ちょっと胸がドキドキしてるくらいだよー」
「胸が!? 心筋梗塞とか不整脈ですかね!? クララ先輩、普段の血圧って高めですか!? ほら、一人暮らしの大学生って不規則な食生活するから! 知らないうちに高血圧、高コレステロールになってたりするんですよ! クララ先輩みたいにスタイルが良くても油断しちゃダメですよ! 瘦せ型でもなる人はなりますから!!」
ここで「胸が!? 大変だ!」とか言ってそのまま対象を鷲掴みにして「もぉー、エッチ!!」となってくれないのが、悲しいかな逆神六駆の物語。
胸の痛みイコール成人病と結びつける。
君にはロマンチックが足りないな。
せめてラッキースケベの演出くらいはして欲しい。
主人公でしょうが、一応。
「……うん。いつもの六駆くんだー。もう平気だから、下ろしてくれていいよー」
「そうですか。足元に気を付けて下さいね。はい、どうぞ」
ここで上の方から莉子と芽衣の呼びかけが聞こえてくる。
いつもなら真っ先に反応するクララが、ちょっとだけモジモジして言い淀む。
「お尻でもぶつけたのかしら」とロマンチックどころかデリカシーすらない推理をした六駆が、彼女たちに無事を知らせる。
だが、しかし、ここは第何層の一体どこなのだろうか。
「クララ先輩。なんか、ほら、ありませんでしたっけ? 協会が推奨してる、地図出すスキル。もしかして、装備の変更でなくなっちゃいました?」
こんな時でも冷静沈着。頼れるおじさん、逆神六駆。
しかも今日は記憶力の調子まで良いようで、おじさんは大事な事を覚えていた。
話は御滝ダンジョン攻略戦まで遡らなければならない。
クララが新人探索員のいろはについて語った際、『ライトカッター』と『マッピング』を覚えるまでは現場に出ないのが通例だとか、そんな話をした事を諸君は覚えておいでだろうか。
恐らくお忘れだろう。大丈夫である、だいたいの人が忘れている。
『マッピング』とは、記録石に溜められたダンジョンの情報を表示させる、具現化スキルの基礎の基礎。
それなのに、確実にマスターしていると言えるのはクララのみ。
芽衣はもしかすると覚えているかもしれないが、デビュー戦で逆神流に移籍してしまったので過剰な期待は禁物である。
「そうだにゃー! 六駆くん、今日はいつもよりもっと頼りになるねー。では、表示せよー!!」
ヴォンと音がして、記録石から地図が飛び出て来る。
普通ならば攻略した部分の地形データしか分からないのだが、幸運な事に有栖ダンジョンは攻略済みダンジョン。
その地形データは既に記録石の中に保存されている。
「ええと、この光っているのが僕たちで、上が上になって、下が下だから。分かりません!!」
頼りになる男、早速普段の姿へと戻る。
この男、出口が4つ以上ある駅からは1人で出られない。
地図の見方なんて知っている方が不自然である。
「にゃははー。ここはねー。……げげっ。第9層だよー! 7層と8層を突き抜けちゃってるー!!」
「あー、やっぱり。ずいぶん長いこと落ちるなーと思ってたんですよね!」
実際、六駆がいなかったらクララの身の安全は確保されず、どうなっていたか分からない。
パーティーのジョーカーとして役割を果たした彼だが、忘れてはいけない。
この落とし穴の造り主が、六駆本人だと言う事を。
彼は大きく息を吸い込んで、叫ぶ。
「莉子ー!! なんかこっち、第9層なんだってー!! 仕方がないから、2人でここまで通常のルートで下りてきてくれるー!? 後で合流しようー!!」
「自分の声がホワンホワン言ってるのって楽しいやん!!」とか考えていると、莉子から返事が届く。
「分かったよぉー! 気を付けてねー!!」
むしろ心配なのは莉子と芽衣の方なのだが、敢えてそれを口には出さない六駆。
何故ならば、彼の相棒である小坂莉子は、既にこの程度のダンジョンを脅威には感じないはずだと確信しているからである。
パーティーが分断されるという初めての事態に直面しているが、悲壮感が全然ないのはどういう訳か。
それはそれで緊張感に欠けるから、適当なところでピンチになって欲しいと考えるのは、いけない事でしょうか。
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