第597話 【ちょっとラブコメ・その4】水戸信介監察官と青山仁香さんの謝罪デート(デートかどうかは審議中)

 水戸信介監察官はストウェア赴任期間中に監察官へと昇進した。

 そのまま3年ほどをイギリス任務にあたっていたところ、この度その勤務先があろうことか敵組織に奪われると言う失態によって、不本意な日本本部帰還を果たしていた。


 そして水戸くんは今日も雨宮上級監察官室にいる。

 理由は実にシンプル。



 水戸監察官室がないのである。



 ストウェアの任務は長期のものとされていたため、「まあのぉ。水戸の小僧が帰って来てからでもええんじゃないかいのぉ? ほれ、空いちょる部屋っちゅうたら下柳のが使いよったとこだけじゃし?」と、誰とは言わないが日本本部のご意見番がのんきな提案をしたのは半年ほど前。


 以前は上級監察官が1人体制だったので、五楼&雨宮の両名が日本に揃った結果、豚小屋しか空きがないのである。


 全員が「確かにそうかもしれん!」と頷いたまま、時は流れていた。

 その結果、水戸くんはかつて所属していた雨宮上級監察官室に居候をしている。


「ねーねー! 水戸くん! 水戸くぅん! 私に気取らない感じなレストランの予約取らせてさぁ! ねーねー! 誰と行くの? ねぇー!! 君ぃ、最近ちょっと春の気配を感じるよねぇ! ほら! ピースのナディアちゃんともイチャコラしてたし!?」

「べ、別にそういうのじゃないです! そもそもナディアさんは敵! 今日は、その、あれですよ。ちょっとご迷惑をおかけした方がいるので、そのお詫びのために」


 おわかりいただけただろうか。



 ガチでそういうのじゃないのである。



 だが、水戸くんは普段割とラフな格好で過ごしているのに、今日は高そうなジャケットを羽織っている。

 南雲監察官に借りて来たのだ。


「あららー! これはもうね、完全にラブコメだよ! やだぁー! 私、こっそり見に行っちゃおうかな!? って言いたいのにさー。これから会議なのよ。京華ちゃんがいないと困るよねー。私、それな! しか言わないのにさー。あーあー。気分はブルーで緑はグリーンだよ」

「あっ! まずい! 自分、もう行きますからね!!」


 水戸くんは待ち合わせの場所へと急ぐ。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 駅前には、既に彼女が立っていた。

 サマーニットにジーンズと言う、活動的で機能性重視のお召し物。

 だが、鍛えられたスタイルの良さは遠目からでもハッキリと分かる。


 青山仁香Aランク探索員。

 今年で25歳だが、これまでの交際経験は1度のみ。


 相手は高校時代の同級生で、交際を始めた当時は青山さんがBランク探索員になったばかり。

 多忙のため、デートを数回しただけで別れてしまった。


 ちなみに4回のデートのうち、3回は競馬場。

 残り1回は競艇場で、「わりっ! 今日持ち合わせなくてさ! 金貸して!」と頼まれた末に「もう。仕方ないなぁ」と合計6万円ほど提供していた。

 当然だが、返済はされていない。


 青山さんの好きな男性のタイプから漂う、そこはかとなく危険な香り。


「も、申し訳ない! 青山さん!! まさかお待たせしてしまうとは!!」

「いえ。集合時間まではあと3分ありますから。私、待ち合わせは絶対に相手の人を待たせたくないんです。性分なので、お気になさらず」


 水戸くん。初手からやらかしていく。


「今日は……その、自分が前回の任務で色々と失礼を働いたことについて、謝罪の意味を込めてですね。お食事をご馳走させて頂ければと……」

「むー。まあ、正直なところ結構不快でしたけど。でも、雨宮上級監察官にその後でお話を伺ったんです。強くなるための制約なんですよね? 向上心がある人って私、嫌いじゃないですよ! だから、もう気にしてません!!」


 水戸くんは「雨宮さん……!! 自分のために、そんなフォローを!?」と感動に打ち震えていた。

 最近はダメなおっさんたちがちょっとずつ綺麗になっていく代わりに、若い世代がダメになっていく流れを感じる。


「あ、ええと。申し訳ない。自分は女性とデートをした経験などなくてですね」

「えっ? 今日ってデートなんですか?」


「あっ! あ゛っ!! 失礼! お詫びのお食事です!! 申し訳ない!!」

「ふふっ。すみません! ちょっと意地悪してしまいました!」


 水戸くんは雨宮師匠の教えを思い出す。

 「まずは女の子の服を褒めるんだよー。わざわざそれを選んでくれてるんだからねー。隅々まで褒めるんだよー」と、遊び人の言葉が脳裏を駆けまわる。


「青山さん! 今日の服は、と、とてもステキですね! 引き締まった体が良く分かる! 程よい筋肉のついた肉体は魅力的だし、脚が長くてモデルみたいです!」

「なんですかぁ? これもお詫びですか?」


 水戸くんは「好機!!」と悟った。

 ならば、一気呵成に攻め込むのが彼の戦い方。



「そのピッチリしたセーター? も、すごく良いですね! 程よいサイズのおっぱいが強調されていて! なんだか戦意が高揚してきます!!」

「……。水戸さん? あの、女性を褒めてくれる姿勢は偉いと思います。けど、恋人でもない女性のおっぱいを褒めるのは偉いじゃなくて、エロいですからね?」


 水戸くん。違う、そうじゃない。



 雪解けムードは終了し、2人は気まずい空気でイタリアンレストランへと向かった。

 その間、水戸くんはずっと「どこで間違えた?」と首をかしげている。


 君、そういうとこやぞ。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 青山さんは美味しいご飯を食べるのが大好き。

 普段から実戦とトレーニングを繰り返しているため、食事に賭ける思いは人一倍。

 休日は水泳やボルダリングでお腹を空かせ、ステキなお店を開拓している。


「うわー!! このパスタ、美味しいですね!! 見てください! こんなにお野菜入ってます! んー!! 素敵なお店に連れて来てくれて、ありがとうございます!!」


 青山さんが結構チョロい可能性、やや上昇中。

 既にニコニコでパスタを満喫している。


「良かったです。本当に申し訳ありませんでした。今後はおっぱいに関して慎重な対応を心がけ、ご不快な思いをさせないようおっぱい再発及び、おっぱい防止に努めますので……」

「水戸さん。ご飯食べてる時におっぱいの話しないでもらえます?」


 やっぱりチョロくなかった。

 ニコニコ笑顔が一瞬で真顔に。


「あ゛っ! こ、これはまたしても失礼を……おわっ!? あああ! すみません!!」

「はあ。もー。何をしているんですか」


 水戸くん、スープパスタをぶちまける。

 どうしてスープパスタをチョイスしたのだろうか。

 ピザとかサラダとか色々なものを頼んでシェアすれば良いのに。


「す、すぐに片付けます!! はぁぁぁ!! すみません!! 皿がぁ!!」

「あ、ちょっと! 動かないで! って、ほらぁ! 私がやりますから、水戸さんは座ってて! あ、店員さん! すみません! 何か拭くものを頂けますか?」


 青山さんはウェイターから数枚の布巾とタオルを拝借。

 「こちらにお任せください」と言うウェイターの申し出を笑顔で辞退する。


「……何から何まで申し訳ない。お詫びのつもりが、ご迷惑を上塗りする形に」


 しょんぼりする水戸くん。

 青山さんは再度ため息をついた。


「水戸さんって本当に不器用と言うか。馬鹿正直と言うか。エチケットはないし、エスコートはできないし、そのジャケット似合ってないですし」

「……すみません。クソ暑いのにこんな服貸してくれた南雲さんのセンスを疑うべきでした」


 水戸くん。そういうとこやぞ。


「もー。しょんぼりしないでください! はい! テーブルはこれで良し! あとはズボンの膝ですね。ジッとしてて!」

「あ、いや! 自分でやりますから!」


「どうせシミを広げるだけなのは分かりますから。座っててください! ……それから。もう絶対に視界に入ってると思いますけど、胸を見て戦意高揚しないでくださいよ? お店に迷惑ですから!」

「うっ……。気合で抑え込みます……」


 こうして、お詫びの食事は散々な形で終了した。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 もはや釈明すらできなくなった水戸くん。

 トボトボと肩を落として歩いていると、すぐに駅まで戻ってきてしまった。


 所属も階級も違う2人。

 恐らくもう接点はないだろう。


「水戸さん?」

「すみません……」


「謝ってばかりですね」

「すみません。あっ」


「ふふっ! 本当にダメな人! 反省してます?」

「も、もちろんです!! この上なく!! すぐに土下座を!」


「わー! ヤメてください! もー。ホントにこの人、誰かが教育しないとダメダメなんだから。はあー。見ちゃいましたからねー。放置できませんよねぇ」


 青山さん?


「すみません……」

「悪いと思っているのなら! 今度は私の行きつけのお店にご案内します! 焼肉屋さんですから! ご馳走してくれますね? では! 失礼します! また!」


 青山さん!? 青山さん!!!


 ポカンと口を開けたままの水戸信介くん。34歳。

 何かが始まってしまったのだろうか。


 その夜。

 珍しく水戸くんから雨宮さんを誘って、バーで夜通し酒を飲んだ若き監察官であった。


 同時に、南雲監察官室に「おっぱい無効化サングラス」の要望書を提出した。

 君が目指すのはミスターマリックなのか。

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