第1396話 【エピローグオブ久坂五十五・その3】冴えたやり方を見つけたかもしれん ~結婚は遠のいたが、確かにハッピーエンドかもしれん~

 バルリテロリ皇立喜三太陛下記念高等学校。

 当地における唯一の普通高校である。


 夏休みとはいえ、教員も毎日がエブリデイで休日のホリデーだと考えるのは早計。

 むしろ生徒がいない時の方が仕事は増えたりもする。


 3年生の学年主任を務めるフリース先生は7時過ぎに出勤して、教え子たちの進路一覧を纏めているところだった。

 バルリテロリの要職に付いている者は昭和から平成中期くらいのヒット商品に起因する名を持っている事が多く、フリース先生の一族はもちろん大ブレイクしたユニクロのあったか服が由来。


 第一次フリースブームは平成10年頃。

 当時はユニクロに行列ができて色違いのフリースを求める者で溢れかえった。

 そして冬になって街を歩くと同じフリースを着た人とエンカウントしまくった。


 激安路線という令和のご時世から考えれば「そんなん嘘やろ」と疑いたくなる時代において、2000円くらいで販売されていたユニクロのフリースはアパレル業界にデカい風穴をぶちあけた。

 そんなイメージを未だに持って「ユニクロ? ああ。安物ね」とか言っていると、時代に取り残された者として恥ずかしい自己紹介をキメる事となる。


 今やユニクロはブランド。

 セールを伝えるチラシが新聞に挟まっていれば開店前から行列ができる。

 そう考えると行列の趣こそ変わったものの、30年近くずっと愛されているユニクロはすごい。


 さらば平成のデフレ。

 こんにちは令和の物価高。


 時代は変わった。


「やれやれ。今年の生徒たちは真面目で助かる。進路希望調査が夏休み前に8割固まるなんて、何年ぶりだろう」


 モコモコしたシルエットが出来の悪い生徒にも辛抱強く向き合ってくれそうな優しさを感じさせる、そんなフリース先生。

 全4クラスある3年生の進路希望を確認していると、指が止まった。

 サ行である。


「……どうすればいいんだ」


 急に頭を抱えたフリース先生。

 そんな彼のもとに、悩みの種がフライング・テレホマンに乗ってやって来るとどうして思えようか。


「おはようございまーす」

「逆神六宇さん!? 補修に来てくれたのかい!? いや、まだ早いけど!! 3時間くらい早いけど、もうそんな些細なことはいい!! 国語から始めよう!!」


「やー。あたしじゃなくて。彼ピがせんせーとお話したいんだってー」

「か……彼ピ?」


 五十五くんが丁寧に頭を下げた。


「お初にお目にかかる! 私は日本探索員協会! 久坂監察官室所属! 久坂五十五Aランク探索員!! 本日は先生にお話があって馳せ参じた! お時間よろしいだろうか!!」

「は、はい。大丈夫ですけど。あの……。何に乗っておいでですか?」



「小官の事は気にしないで頂きたい。通りすがりの四角い者だ」

「いやいやいや!? テレホマン総参謀長閣下ですよね!?」


 現在、3階にある職員室の窓越しに挨拶が行われていた。

 テレホマン、依然としてフライング中。



 とりあえずフリース先生は来客たちに職員室へ入ってもらう事にした。

 1階から回って来いと言いたいところを我慢して、窓から。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 五十五くんは話した。

 「どうにか六宇に単位を与えてやってはくれないか」と。


 フリース先生は答えた。

 「その用意はずっとあります。補修に出てください。話はそれからです」と。


 立派な先生である。

 君主独裁制のバルリテロリにおいて皇帝陛下がフォーカスされがちではあるものの側近のテレホマンも臣民から絶大な支持を受け、威光がピカピカしている男。

 例えばこの場でテレホマンが「皇帝陛下の勅命である」とか言おうものならば、フリース先生も命を賭けて「ダメです」と答えなければならないシチュエーション。


 それが分かっていても「とりあえず補修に出ましょうね」と頑なに譲らない。

 その様子を見て五十五くんは得心した。



「確かにそうかもしれん!!」


 むしろ今回は「そう補修しか方法がないは確か」なのである。



 話が終わった。

 と、思われたが、カツンカツンと大仰な足音が廊下から響き、続けて臣民に親しまれている高笑いが聞こえて来た。


「ぶーっははははは!! 話は聞かせてもらったでな!! ワシが来たで!!」

「こ、皇帝陛下!?」


 喜三太陛下がおいでになられた。

 こちらの偉大なる皇帝陛下、戦争に負けてからはずっと監視されており、やる事と言えば復興ばかりなのでイベントごとに飢えておられる。

 いつもはテレホマンが朝の情報番組を一緒に見てくれる時間になっても来ないので「どこ行ったんや! テレホマァァァン!!」と皇宮で御叫びになられたところ、食堂のおばちゃんが教えてくれたらしい。


 可愛い方のひ孫の単位獲得大作戦という楽しそうなイベントの事を


「ぶーっははははは!! 先生!! 六宇ちゃんに単位をやれ!!」

「え゛。……いえ、それは、しかし」


 最近は権威がちょっとばかり失墜気味なので諸君もお忘れかと思うが、陛下は臣民支持率7割の御方。

 目指せ統治100周年が視界に入るくらいの長きにわたりバルリテロリを治めておられるので、一般の臣民が急に拝謁するとこうなるのである。


「逆神喜三太。それは良くない」

「ね。あたしが勉強してないのにさー。それで単位もらったら他の子に悪いじゃんねー?」


「えっ!? ワシが怒られるパターンなんけ!?」


 陛下。

 陛下が怒られないパターンを我ら、この数か月お見かけしておりませぬ。


「だって六宇ちゃん! このままやと一生卒業できんで!? ワシが圧力かけんと!!」

「逆神四郎に連絡しよう。公共施設に対する不当な圧力を確認」


「ば、ばぁぁぁぁぁぁ!? ばばばぁぁぁぁぁ!? 五十五、いや五十五さん!! それはあんまりやろ!! ワシは良かれと思ってやな!?」

「六宇! あなたの曾祖父を見て欲しい!!」


「おっけ! 見てるよ!!」

「どう思っただろうか!?」


「えー? ダサい」

「確かにそうかもしれん!! だが、私も似たようなものだった! 私は学校を出ていない! それなのに六宇に高校を卒業しろと言う、この行為が間違っていたかもしれん!!」


 五十五くんは言った。



「先生!! 私をこの高校に入学させて欲しい!!」

「えー!? マジ!? それ最高じゃん!!」


 五十五くん、バルリテロリで高校に入るってよ。



 それからテレホマンによって「こちらの五十五様。既に高卒以上の知識と学力をお持ちです」とフリース先生に説明が行われた。

 だったら高校入る必要ないやんけという喜三太陛下の御言葉をガン無視して、フリース先生は「どうぞ! お入りください!!」と答えた。


 誰にだって分かる簡単な方程式。

 これで六宇ちゃんがとりあえず補修に、授業に、学校にやって来る。

 あとはもう「バカだけど頑張り屋さんだったから! 卒業ね!!」と何回でも同じ追試を受けさせて無理やり合格させる、無限追試戦法が取れる。


 六宇ちゃんに足りないのはモチベーション。

 そのモチベーションの塊が彼ピ。

 彼ピと同じ学び舎で過ごせる。


 絶対に毎日登校してくれる確約がキマって、3度目の3年生の六宇ちゃんを見るのは3周目のフリース先生が感涙した。


「ぶーっはははははは!! ワシのおかげやな!!」

「確かにそうかもしれん!!」


 なんやかんやで喜三太陛下の介入がなければ、この結末はなかったかもしれん。

 それはつまり、今回の喜三太陛下は御役目を果たされたとも言えるのではなかろうか。


「ところでやけどな!」

「なんだろうか!」



「お前、今から入学したら1年生からやで? 卒業まで3年かかるでな? 六宇ちゃん、今年でちゃんと卒業するんけ?」


 廊下に控えていたオタマさんがメリケンサック片手にやって来て「失礼いたします」と陛下をお諫めした。



 綺麗に纏まった感じになっているのに、ここに至り余計な御言葉を賜るのは愚策。


 陛下。

 今回、噴き出す鮮血によって、口は災いの門という教訓を臣民へと御与えになられたのですな。

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