第1397話 【エピローグオブアリナさん・その1】妾だって子が欲しい!! ~腰、未だ治らず~

 ここはミンスティラリア。

 アトミルカ団地にある、ミンガイルさんち。


 時刻は午後10時前。

 お風呂に入っているのはアリナさん。

 アリナさんは人妻なのでサービスシーンは提供できない。


「ふむ。少しばかり右腕が筋肉痛だな。この年になってと喜ぶべきか、鍛え方が甘いと嘆くべきか」


 代わりにお風呂上がりのダンディ。

 バニング・ミンガイルさんの半裸姿をお届けする事にしよう。


 今日は日本本部の南雲さんに乞われてダンジョン攻略の任に当たったため、初代マスクド・タイガーとして若者たちと汗を流していた。

 まだまだ現役の62歳。

 『魔斧ベルテ』を存分に振るって来たが、軽い筋肉痛で済む辺りはさすがの一言。


「すまぬな。バニング。少し長湯をしてしまった」

「いえ。我らは湯船に浸かる習慣がありませんでしたからな。しかし覚えてみれば、これが存外心地よく。私も入浴時間は昔よりもずいぶん長くなりました」


 アトミルカ団地の住宅はシミリート技師とダズモンガーくんが共同責任者として建設に携わっており、そこには六駆くんの名もあるため日本家屋の特徴が色濃く出ている。

 お風呂も浴槽がドンッと構える日本式。

 ナンシーの家みたいにシャワー浴びる前提の造りではない。


 そしてバニングさんもアリナさんも、もっと言えばお隣さんのザールくんとリャンちゃん、反対側のバッツくん、彼らは全員「ご厚意には甘えよう」という考えが思考の根底にあるので、「1日の終わりにお風呂に入ると気持ちいいんですよ!! うふふふふ!!」と最強の男にレクチャーされたらば「そういうものか」と習慣化するまでに時間はさほど要さなかった。

 今ではみんなが湯船にゆったり浸かっているし、莉子ちゃんが持って来てくれる入浴剤も使っている。


「バニング。始めるか」

「はっ。かしこまりました」


 あられもねぇ姿のアリナさんがベッドへ向かった。

 バニングさんもそれに続く。


 セルフレイティング破壊の時、来るか。


「んっ。バニング、もう少し下だ。どこを触っておる。そこではない。ああ、そこだ。よし。しっかりとやってくれ。遠慮はいらぬ」

「はっ。では、失礼します」



「ん゛あ゛あ゛あ゛……。優しくせぬか!!」

「はっ。しかし、しっかりと貼っておかねば剥がれてしまいますゆえ」


 シップ貼ってました。



 アトミルカの姫君、アリナさん。

 未だにやっちまった腰の治療中。

 致すも致さないもない。


 日常生活を送っていても「んっ」となにやら色っぽい声が出てしまう始末。

 そして吐息は艶っぽいかもしれないが、内容は「あ゛あ゛!! 痛ぇぇ!!」という、逆神大吾が1日パチンコ屋で過ごしてから帰宅、その晩に発する感想とほぼ同じ。


 こんな悲しい事があっても良いのか。


「南雲殿のところに子が産まれたと聞いたが」

「はい。私は本日、写真を見せて頂きました。実に元気な御子でした」


「ズルい……」

「は?」


「ズルいではないか!! なにゆえ! 妾はずっと腰が痛いままなのだ!?」

「あ、アリナ様! 腰をいわせてからまだ1ヶ月も経っておりませんので!! 無茶を仰せにならないでください!!」


「嘘だ!! もう2カ月半くらい経った!!」

「経っておりません! 落ち着いてください!! 前回、現世の整形外科へ伺ったのは7月の中頃! 今は8月の1週目でございますれば!! 1ヶ月どころか半月しか経っておりません!!」



「だったら妾はいつ子を作れるのだ!? 妾だって子が欲しい!!」

「夜になると無茶をなさるからです!! 私が死にかけていた頃が懐かしゅうございます!! どうして貴女はあのようなアクロバティックな事ばかり!!」


 どのようなアクロバティックが行われたのかはブラックボックスの中。

 我々には知るすべがない。



 ぷんすかしながら短パンとタンクトップを着たアリナさん。

 どら猫の布教によるお召し物である。

 ミンスティラリアは1年を通して温暖な気候なので、かつてヴァルガラにあったハナミズキの屋敷のように毎度バスローブなんか着てたら暑くて溶ける。


 短パンにタンクトップ姿のアリナ様がベッドに転がって、コロコロしながらバニングさんのパジャマの裾を摘まんだ。

 そして上目遣いで言う。


「バニング……。妾も子が欲しい……」

「くっ……!! くぅぅぅ……!!」


 なんだか湧き上がって来る衝動に頑張って耐えたバニングさん。

 端的に言うと、ちょっとムラムラしたらしい。

 未だ現役、花盛りの62歳。


「分かりました。どうにかしてみましょう」

「まことか!? バニング!! 妾はそなたのそういうところが好き!!」


 なんやかんや妻には甘い老兵。

 裏技のために立つ。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 翌日。

 魔王城へ向かったバニングさん。


「うにゃー。おはようございますにゃー」

「遅きに失したか!!」


 夏休みの学生組に配慮して9時過ぎにやって来たところ、もう残っているのはどら猫だけだった。

 ちゃんと遅きに失している。


 だが、クララパイセンも事情通であることは間違いないし、酒とつまみをセットで相談を申し込めば割と建設的な意見が出て来ることも多い。

 バニングさんは話した。

 「アリナ様の腰を治して欲しいから、日本本部の治癒スキル使いを紹介して欲しい。六駆? ダメだ、ダメ。妻を化け物にしたいと思う旦那がどの世界にいると言うのだ」と。


「にゃはー。バニングさん、バニングさん」

「ああ。クララは頼りになるな」


「確かにですぞなー? 和泉さんに頼めばアリナさんの腰はちょちょいのぱっぱで治ると思いますぞなー」

「そうか! では頼む!!」


「のんのん、ののんですにゃー。それじゃ根本的な解決になっとらんですにゃー」

「なんだと?」



「だってにゃー。アリナさん、その日の夜にアクロバティック夜戦キメて、次の日の朝にはまた腰やってますぞなー」

「……神はなんと無慈悲な!! 我らはまだ償いが足りんと仰せになるか!!」


 おとなしく夜戦をこなしたらええやんけと神は仰せです。



 だが、モンスターの干し肉とバッツくんの開発している新しい地酒に釣られたパイセンはより建設的な意見を与えてくれる。

 自分が関与しなければどこまでも建設的になれるのがどら猫。

 他責的、他人任せの作戦立案にかけてはチーム莉子でも随一。


「にゃー。バニングさん、バニングさん」

「その前振り……!! なにか策があるのか!? 頼む、クララ!! 私も何を言っているのかと冷静になって己にドン引きしそうになっている!! しかし!! 毎夜のように落ち込むアリナ様を見てはおられんのだ!! 人はこれほどまでに自己中心的な物言いができるのかと自分でも驚いている! とはいえ!! 頼む!! これは昨日、南雲殿に頂いた日本本部のカフェテリアの食券だ。使ってくれ。2週間分ある」


 バニングさんは日本本部に赴く際、そして滞在時、ずっとトラさんマスクをしているので「このような格好で食事など。周囲の者に気を遣わせる」と本部の施設は一切使用しないことにしている。

 南雲さんから「これでお昼食べてください」ともらう食券はどんどん溜まっていくばかり。


 惜しくはない。


「キタコレにゃー!! 簡単ですにゃー!! アリナさんに治癒スキルを覚えてもらえばいいんですにゃー!! そうすれば毎晩アクロバット致し放題ですにゃー!!」

「クララ……。お前というヤツは……。天才か? その発想、天賦の才に違いない」


 バニングさん、愛と常識を天秤にかけた結果、常識がちょっとだけ軽くなる。


 覚えさせるんですよ。

 妻に治癒スキルを。


 致し方を変えるよりずっと早いんだから。

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