第1398話 【エピローグオブアリナさん・その2】腰をいわせるなら、その度に治せばいいじゃない ~治癒スキル習得だ! アリナさん!!~

 バニングさんは決めた。

 アリナさんに治癒スキルを覚えてもらおうと。


 すぐに連絡を取る旦那。

 まずは妻に。「これから現世へ参りましょう」と、お出かけのための電話。

 女の子はお出かけするとなれば準備が色々あるのである。


 それを待っている間にもう1件。

 本命の電話を済ませる。


「ああ。私だ。今、時間はあるか? 六駆」

『大丈夫ですよ! どうしました?』


「実はな。南雲殿に余計な心痛をかけたくないので六駆を頼りたい。お前は治癒スキル使いの和泉殿と知り合いか?」

『もちろんですよ! 仲良しです!』


「そうか。良かった。すまんが、連絡を取ってもらえるか?」


 六駆くんに「妻が腰いわせてばっかりで見てらんねぇから、治癒スキル覚えさせてぇ」と告げたバニングさん。

 二つ返事で「分かりました! ちょうど本部にいるので、すぐに予定を聞いて来ますね!!」と答える六駆くん。


 かつての強敵、今の友。

 敵だった時の何倍かの時間、頼もしい味方として過ごした実績は嘘をつかない。

 六駆くんは「バニングさんにはいつもお世話になってますからね!!」と快諾してくれた。


「恩に着る。では、準備が済み次第、そちらへ向かう」

「分かりました!」


 ミンガイル夫婦、現世へ行く。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 その頃の南雲上級監察官室。


「ってことなんですけど、南雲さん!」

「……私、何も聞いてないからね。それがお互いのためなんだよ」


 南雲さん、既に心痛を喰らっていた。

 六駆くんは暇を見つけては南雲上級監察官室に入り浸るので、「ちょうど本部にいます」となれば9割超えで南雲さんのところにいるという意味になる。


「探索員憲章の何条だったか忘れましたけど、ありましたよね? 探索員の資格なき者にスキルの習得の補助を行ったらダメとかいうの」

「逆神くん! 君ぃ!! 私が知らないふりしてるのにさぁ! その知らないふりがバレた時のダメージを重くするのヤメて!? あとその条項を君は何度破ったと思ってるの!?」


「あ、もう面倒なので和泉さんにもナグモさんからの依頼って事でお願いして来ますね! あ、大丈夫です! 訛ってる方のナグモさんなので!!」

「どっちも私だよ!! むしろ訛ってる方の私だったらオンリーワンだよ! 南雲だけだったら同姓の人がいるんだから!!」



「えっ!? じゃあ南雲修一でお願いして来ますね!!」

「嫌だなぁ! この子!! 一番痛くなるようにダメージ調整して来るんだもんなぁ!! 京華さん! 京一郎! 瑠奈!! お父さん、今日も頑張ってるよ!!」


 南雲さんは退勤時間まで部屋から出ない事を決めた。

 何も知らないのである。



 それから六駆くんが和泉監察官室に寄って「こんにちは、お願いがあります、いいですか、うわぁ!」と軽く約束をしてから、本部南側駐車場にもうずっと生えている門へと向かった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 ミンガイル夫婦が門から出て来たのは20分経ってから。

 アリナさんはジャージ姿。


「すまぬな、六駆。今日は世話になる。念のためにクララに頼んで、体操服というものとジャージを借りて着て来たが。これで問題ないだろうか」

「大丈夫ですよ! じゃあ行きましょうか!! ところでバニングさん?」


「バニングではない。マスクド・タイガーだ」


 律儀にトラさんマスクをしているバニングさん。

 六駆くんが言った。


「最近ですね! マスクドなんとかって響きの人は漏れなく顔にブラジャー巻いてる人ってことになってるんですけど! 大丈夫ですか?」

「大丈夫であるか。冗談ではない」


 トラさんマスクを門の中へぶん投げたバニングさん。

 久しぶりに素顔で日本本部へ。


 実のところ既に南雲さんが、いやさナグモさんが国協に代わる組織の理事長就任を内定させているので、国際指名手配されているからと顔を隠すのも今更だったりするのだが、それを言うのもまた今更である。

 何のためにピースとの戦いの頃からトラさんマスクで頑張ってきたと思っているのか。


 バニングさんの努力を無駄にしてはならぬ。


 六駆くんが2人を連れて仮想戦闘室へとご案内。

 今日もちゃんと顔色の悪い和泉正春監察官と副官の土門佳純Aランク探索員が待っていた。


「お初にお目にごふっ。あ、失礼しました」

「もう。だから私が代わりにって言ったんですよ。ようこそおいでくださいました。こちらが和泉監察官です。私は副官の土門佳純です。アリナさんとはお会いするの2度目ですね! 前はレクリエーションの時に! 1度じっくりお話したいと思っていました!!」


 アリナさんはこれまでチーム莉子以外の恋愛乙女たちと接点はなかったが、先ごろ行われた水着だらけの女子探索員の会レクリエーションにゲストとして参加したので、この時空ではだいたいみんな顔見知り。

 あの水着回は実に有意義なものとなったのである。



 はじめましてのやり取りを全部省ける。



「土門殿。世話になる」

「あ、そんなそんな! 佳純で結構ですよ! 私の方が年下ですし!」


「そうか。では、佳純。そなたの旦那にも手間を取らせてすまぬ」

「旦那だなんて! もう! まだ入籍してませんから!」


 照れ隠しに和泉さんの背中がペシッと叩かれて、エチケット袋が血で染まった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「なるほど。げふっ。治癒スキルは構成術式が複雑ですので、ここが合うか合わないかで習得の難易度はかなり変わってきまごふっ。そこでまず、アリナさんにお聞きしたいのですが、どのようなスキルをお使いになられごふりますか?」


 もう治癒スキルを教える事には何の躊躇もない和泉さん。

 監察官室対抗戦で清廉潔白な審判を務めていた頃が懐かしい。


 今は清廉潔白な恋愛道を歩んでいる。


「あ」

「バニングさんも気付きました? 僕はですね、このお話を聞いた時から気付いてたんですけど! うふふふふふふふふ!!」


 旦那の表情が暗くなった。

 何故か。


「妾は『絶消アイギス』と『絶花エンデ』の2種類しかスキルは使えぬが」


 そう。

 アリナさん、スキルを習得した事がない。

 厳密にはと注釈が入る。


 こちらの姫君、「煌気オーラが無限に湧いて来る」という異能のために肉体が限界を迎えると転生を繰り返して来た過去があり、そのためスキルの習得などするまでもなく、膨大な煌気オーラを花の形に吐き出せば抹消スキルの『絶花エンデ』に、掌に集約させて撃ち出せば同じく抹消スキル系の盾『絶消アイギス』になる。


 そもそも構成術式を用いたスキルを発現したことすらなかった。


「……妾はなんと無能なのだろうか。……こんな事だから夜も致せぬ!! 六駆! 妾を殺せ!!」

「うわぁ! 僕にお鉢が回ってきた!!」


「あ、アリナ様!! ここは潔く整形外科に寄って帰りましょう!! 地道にアクロバティックをマイルドにして参りましょう! なに、このバニング・ミンガイル! あと10年は現役でいるつもりです!!」

「バニングぅ……。すまぬ……すまぬ……!!」


 かつてないほど落ち込んだアリナさん。

 ついつい「くっころ」まで飛び出す始末。


 和泉さんが悲観に暮れるミンガイル夫婦に言った。


「ごふっ」


 言えなかった。

 ブラジャーを再利用したエチケット袋が血に染まる。


 旦那を太ももに乗せた佳純さんが代弁した。


「あの。多分ですけど、治癒スキル。覚えられると思いますよ? 和泉さんもそう言っています。抹消スキルってものすごく高度な構成術式の属性なので。日本本部で使える人って逆神くんを除けば久坂監察官くらいですから。それを無意識に使っておられるのならば、何属性でも習得可能だと思います」



「えっ!?」

「えっ!?」

「えっ!?」


 六駆くん、バニングさん、アリナさんの順番でした。



 だったら話は早い。

 さっさと治癒スキルを覚えて、今夜は子作りだ。

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