第1399話 【エピローグオブアリナさん・その3】修行で腰をいわせてしまったアトミルカの姫 ~ただし救いはある~

 日本本部における治癒スキルの第一人者。

 和泉正春監察官。

 は、現在ちょっと吐血中なので、それを太ももに乗っけている土門佳純副官が通訳しながら修業は始まった。


 スキル使いにとって修業の目的は様々。

 強さを求める事もあれば、必要に迫られてという理由もあるだろう。



 夜、思い切り致したいからという事もほとんどないだろうけど、時にはあるかもしれないというか、あったのだからもう仕方がない。



「まずは煌気オーラ爆発バーストの感覚で、体の1か所に莫大な煌気オーラを溜めてください。和泉さんは基本的に掌を使いますが、別にどこが良いという事はないそうです。足の裏でも、頭の先でも、集約させやすいところに煌気オーラを溜めてください」

「ごふっ、げふっ。申し訳ございません。小生、張り切ったせいでごふっておりまして……」


 最近は日本本部の医療班にも治癒スキルのレクチャーを行っている和泉さん。

 自分の虚弱をどうにかしようと身に付けたスキルが誰かの役に立つのは嬉しい。

 嬉しい気持ちがちょっとはみ出すと、それは吐血になって発現される。


 その結果、誰にスキルを教える時でも佳純さんの太ももに頭が乗っかっているか、胸に頭を挟んでもらっているか、どちらかのスタイルで挑む事になる和泉先生。

 それでも役に立てるのならばこんなに嬉しい事はないと、どんな不細工な格好でも厭わず教壇に立つ。


「あれ? バニングさんも覚えるんですか?」

「さすがに目ざといな。六駆。隠れてやっているつもりだったのだが」


「僕は煌気オーラ感知がザルなので、目視で煌気オーラの流れ見るのは得意なんですよ!」

「ふっ。難しい事を容易く言う男だ。いや、なに。単純に手持ち無沙汰でな。私に習得できるかは分からんが、ただ立っているよりは建設的だろう」


 バニングさんもこっそり和泉さんのスキル講座に参加。

 なんだか旦那さんも一緒に挑む胎教みたいである。

 これは子作り開始からのスパート、その準備も万全か。


「アリナさんはどうですかね?」

「そうだな。慎重になっておられるようだ。なにせ異能はお前たち逆神家に消してもらったとはいえ、相も変わらずの煌気オーラ総量。私の数倍、六駆よりも多い煌気オーラの運用だ。慎重にならざるを得まい」


 アリナさんは真剣な表情で、まずは自身の煌気オーラの循環を感じ取る。

 クララパイセンのジャージがこんなに緊迫した場面に立ち会ったことがかつてあっただろうか。


 莉子ちゃんや芽衣ちゃんのジャージなら、日頃から修業しているのであったはずなのに。

 嗚呼、乳の、やる気の格差社会。

 上手くはジャズらぬ、それらの要素。なんとも無常である。


「参る……!! はぁぁ————」


 アリナさんが煌気オーラを放出する。

 そのタイミングで和泉さんが「ごふぁぁっ」と血を吐いた。

 慌てて佳純さんが半ば叫ぶように声を上げた。



「あ! ちょっと待ってください! アリナさん! 治療したい場所に煌気オーラを溜めるのだけはダメですから!!」

「えっ? 腰にしたのだが、これはまずかったのであ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」



 アリナさんがくの字に曲がって倒れ込んだ。

 苦の字に見えたのは気のせいか。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 自身に使う際の治癒スキルはまず体内で煌気オーラの放出させることによって患部の状態を保全し安定化、そののち煌気オーラによる活性化で修復するという構成術式である。

 いきなり患部に高出力の煌気オーラを溜めたら、ただ痛いだけで他に得るものはない。


「ごふげふっ。まさか、痛い部分に煌気オーラを集約されるとは思わず……。小生の言葉足らずでした。アリナさん、ご無事でしょうか……。げふ、こふっ。すぐに小生が治癒スキルを」

「あー。和泉さん、女性の腰を治癒するんですねー。私と致す時は私の腰なんかに見向きもせず、ご自身の腰のことばっかりに集中してるのにー。へー。アリナさんの腰はお好みでしたか?」


 佳純さん。

 これまで恋愛乙女の中では優等生だった彼女が、急にちょっと面倒くさくなった。

 有事の際ほど人は面倒くさくなりがちである。


 くの字に曲がったアリナさんの元へ駆けつけたのはバニングさん。

 六駆くんも続く。


「アリナ様ぁ!!」

「ば、ばばばば……バニングぅぅぅ……。妾はもうダメかもしれぬ……。よく考えたら分かる事を何故、妾は……。和泉殿は悪くない……。どうして妾は、開いた傷口にまず酒を噴きかけるような愚行を……」


「あ! それね、うちの親父はたまにやりますよ!!」

「よせ! 六駆!! よしてくれ!! なにも今、アリナ様の新規開設された傷口に粗塩を揉み込むことはなかろう!! 比喩表現とはいえアレと同じとか、よせ!!」


 アリナさん、旦那に抱き起されてむせび泣く。

 抱き起したバニングさんの掌には温かい煌気オーラが灯っていた。


「あれ? バニングさん、それって」

「六駆! なんの事かは知らんが、その話は今でなければいかんのか!?」



「いえ。治癒スキルが発現できてるなーって。バニングさんの左の掌。それ、普通にすごいヤツですよ。患部に触れるだけでほとんどの怪我は回復するんじゃないかな?」

「えっ!? 六駆。それは今でなければいかんヤツだった。なんと言った? 私のこの手が緑に燃える?」


 バニング・ミンガイル氏。

 なんか知らんけど治癒スキルを習得するに至る。



 思えばこちらの老兵。

 『魔斧ベルテ』を振り回すかぶん投げるか煌気オーラ拳繰り出してそのまま拳を砕くかのイメージが強すぎるがその実、使えるスキルは割と多彩。

 攻撃スキルに絞って習得していただけで、スキル使いとしての素質は異世界含めても随一。


「ごふごふ……。失礼」

「すみませんでした! 私が和泉さんを胸で挟んですぐに駆けつけるべきでした!!」


 和泉さんが優しい緑色の光を放っているバニングさんの拳を見つめる。

 すぐに答えは出た。

 なにせ、和泉さんにとっては普段から慣れ親しんだ属性である。


「バニングさん。覚えられてますね。治癒スキル。おめでとうござごふっ」

「その手でアリナさんに触れてあげてください!」


 バニングさんが未だにくの字になってピクピク小刻みに震えている妻の腰に、恐る恐る手をかざしてから、そっと触れた。


「んああああっ!!」

「うわぁ! マキバオーみたいな鳴き声だ!!」



「逆神くん……」

「逆神くん、よくないと思います!!」


 和泉夫婦に叱られる最強の男。

 莉子ちゃん不在のため、ちょっとデリカシーが浪漫飛行へインザスカイしていた模様。



「あ、ああ……。バニング! バニングぅ!! 痛くない! 痛くないのだ、妾の腰が!!」

「左様でしたか! ご無事でなによりです!!」


「これで、これで夜! 思う存分! 朝まで致せるな!!」

「は? ……えっ? アリナ様。よろしいですか? この治癒スキルという御業、恐ろしいほど煌気オーラを消費いたします。しかも集中力もかなり要するとなれば、発現するだけでもこの未熟者、私のフィジカル、そしてメンタル、双方を」


「バニングぅぅ!! やはり妾にはそなたしかおらぬ!! 愛しておるぞ!!」

「え。あの……。おい、六駆!!」


「おめでとうございます!」

「おめでとうごふっ……ります……。げふっ」

「良かったですね!! 女の子にとってこんなに幸せな事ってないですよ!!」


「………………………………そうか。今回神が与えた試練というのは、存外と破廉恥だな。腰を掴む手から常に治癒スキルを出しておけと? ……ふっ」


 なにかを諦めたように、そしていつも通りシニカルに笑ったバニングさん。


 その日の夜から久しぶりに鶏を絞める時のような声がアトミルカ団地に響き渡る事になるのだが、隣人に恵まれているため大きな問題にはならなかったらしい。

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