第602話 【旅行先はブドウ園・その2】南雲夫妻と山根夫妻、フランスへ!! ~うっかり巻き込まれた逆神大吾と、今回は被害者の小鳩お姉さん~

 日本探索員協会はピース蜂起から約1か月で、世界中で次々と起きる問題の対応をほとんど一手に引き受けていた。

 主な理由は大きく分けると2つ。


 1つはこれまでも繰り返し語っているが、日本探索員協会は国際探索員協会よりも設立が早く、世界で最初に探索員と言う職業を確立させた始祖。

 歴史の長さが必ずしも組織の強さと直結する訳ではないが、これが直結してしまっているのだから仕様がない。


 もう1点はピースの狡猾な手法によるものだった。

 彼らも「日本探索員協会が最大の障害である」と認識しており、敢えて日本を無視して諸外国の探索員協会の弱体化を優先した。


 その結果が「世界のどこかでピースがちょっかいを出す度に弱体化した現地では手に負えないため、日本から実力者が派遣される」流れの常態化である。

 例えば数か所で武装蜂起すれば日本本部の防御が薄くなるし、それを警戒するあまり必要な戦力を派遣できないかもしれない。


 変態が多いピースだが、正攻法で攻めて来ていたアトミルカと違い、戦法も変則的。

 気付けば、日本をはじめ世界がピースに翻弄されて始めていた。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 山根くんが自宅にクレジットカードを取りに戻り、妻と部下の妻が連れ立って「おい。春香。着替えを増やそう!」「良いですね! オシャレして行かないと田舎者だと思われちゃいますし!!」と言って、やっぱり自宅に帰った。


 現状、局地的な煌気オーラ爆発バーストが観測された以降の続報は届いていないが、木原久光監察官クラスの煌気オーラとなれば出来るだけ情報の収集を試みておきたい。

 南雲監察官は手早く自分の装備を整えると、フランス探索員協会へ通信回線を開いた。


「こちらは日本探索員協会所属、南雲修一監察官です」


 モニターの向こうには妙齢の女性が座っている。

 彼女はミリエメ・クレルドー上級監察官。

 既に80歳近い高齢であり、本来であれば若く有能な監察官と世代交代を図る予定だったのに、その人物があろうことか出社拒否したままいなくなった。


 お察し頂けただろうか。

 ナディア・ルクレール元監察官である。


 今は川端一真監察官と一緒にストウェアでビーチチェアーに寝そべって日光浴を楽しむ毎日。

 有り余る能力と枯渇しきったやる気。

 この哀しき同棲がなければと思わずにはいられない。


『これは南雲監察官。迅速な対応に感謝いたします』

「とんでもありません。ヨーロッパ圏はアトミルカの活動区域でしたし、今はピースも頻出しています。我々日本本部としては、可能な限りお力になりたいと考えております」


『ありがたい事です。オペレーターに情報を表示させます。ご覧ください』

「確認しました。少しお待ちを……」


 山根オペレーターの報告通り、見た事のない波形の煌気オーラ反応だった。

 どんな達人でも煌気オーラは揺らぐ。

 最強の男である逆神六駆も例外ではなく、小幅だが常に出力は変動している。


 だが、片方の煌気オーラ反応は安定していた。


 もっと言えば、感知器のデータが微動だにしていない。

 相当な煌気オーラコントロールの技術を持つ敵である事は明らかだった。


 もう1人の反応は真逆で、シーソーで遊んでいる子供のように跳ねたり沈んだりを繰り返しており、これはこれで「なにこれ?」と日本の知恵者を混乱させた。


「こちらから私と上級監察官。Aランク探索員2名の編成で準備ができ次第そちらへ転移いたします。可能であれば、フランス本部の転移座標をお借りしたいのですが」

『もちろんです。ご自由にお使いください。老いぼれの所見を述べても良いでしょうか? 南雲監察官』


「ええ。是非お聞かせください」

『数分前から、非常に微弱な煌気オーラ反応が同じ地点で確認されております。Eランク程度ですが、数がどんどん増えているのです。年老いているだけで賢しく忠告すらできず恐縮ですが、お気をつけください』


 南雲監察官は丁寧に頭を下げた。


「お気遣いに感謝します。では、現着の際はご報告に向かいます」


 最後に敬礼して通信を終えた。

 まずは気持ちを落ち着けるために一杯のコーヒーを南雲さんは所望する。


 香しい匂いが部屋を満たし、心が穏やかになっていく。

 そこに彼の妻と春香オペレーターが戻って来た。


「待たせたな! 修一!」

「いえ、こちらは準備整いましぶふぅぅぅぅぅぅっ!! げっほ、げほ、ヴォエ」


 コーヒーが美味かった時点で約束されていた未来。

 黒い霧を口から吐いた南雲監察官は、珍しく声を荒げた。


「京華さん!? なんて恰好してるんですか!?」

「ふふっ。海外にクールジャパンを見せつけてやろうかと思ってな! 問おう。貴様が私のマスターか」


 雨宮上級監察官にコスプレを勧められた京華さん。

 未知の領域に踏み込むと、凝り性な彼女はだいたいドはまりする。


 『Fate』のセイバーが京華さんの中で今、最もホットなコスチューム。

 結構似合っているのが旦那としては複雑だが、それ以上にこれは「夜のコスプレ衣装」であるため、胸元やスカート丈がオリジナルよりもかなり軽装になっている。


「京華さん……! お願いですから着替えてください!! それは私と2人の時だけにしましょう!! とてもステキですから!! ねっ!?」

「ふふっ! こいつ、独占欲が強くて困る!! 部下の前だと言うのに!! こいつぅ!!」


 嬉しそうな京華さん。

 最近、女子探索員の会では「五楼さんって結婚して明るくなったよね!」「うん! 可愛くなった!!」ともっぱらの噂である。


 「新婚ボケでアホになって来た」とは口が裂けても言わないのが乙女のマナー。



「何やってんすか。南雲さん。ついに監察官室でナニする気っすか?」

「君こそ、キャリーバック6個も抱えてどうしたの。山根くん。なに持ってくの?」



 最近、一緒に飲む機会が増えている南雲&山根のコンビ。

 アイコンタクトで「お互い大変だね」「そっすね」と意思疎通をこなす。


「まったく、旦那が束縛してきて困るな! 仕方がないから装備に着替えるか!」

「うちの健斗さんも意外とうるさいんですよね。でも、そこが可愛くて!」


「ふふふっ! 春香、分かるぞ!!」

「ねっ! ですよね!!」


 その後、奥様トークを聞きながら無言で装備を整えた旦那たち。

 かつてないほどの盤石な準備ができたのだとか。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 その頃、中庭にある転移座標の近くに人影があった。


「ふぅ。装備のメンテナンスに時間がかかってしまいましたわね。わたくしもクララさんのように、具現化装備にしてみるのもありですわ」


 塚地小鳩Aランク探索員である。

 愛用の槍ヴァッサー・フォーゲルのメンテナンスのため、一時本部に帰還中。


「おろー! 小鳩ちゃんじゃねぇの! おひさー!! ジョニー・デップだぜ!!」


 ブルドッグが背中で不敵に微笑むこの男。

 ついに引き取り先がなくなったため、近頃は本部の中庭にテントを張って生活中。


 最強一族の面汚し。

 逆神大吾である。おひさー。


「お久しぶりですわ。大吾さんもお元気そうで何よりですわね。では、わたくし失礼します」

「おっと! お待ちよ、小鳩ちゃん! 多くは語らねぇ! ここに写真がある! あっくんの子供の頃の写真だぜ? あっくんの家に厄介になってた時に、拾っちゃったの!! ぐへへっ!」



「言い値で買い取りますわ!! よく見れば、今日はブルドッグがよくお似合いですわね!! はい! とりあえず2万円!!」

「まいどー!! ちなみにだけどな? まだあるんだぜ? あっくん、意外とアルバムとか持ってんの!!」



 小鳩さんは彼氏の家を掃除する時ですら、逐次許可を取るほど相手に気を遣う。

 よって、そんなお宝が眠っている事など露知らず。


 ダメな中年に引っ掛かった乙女を、悲劇が襲うまであと1分ほど。


 転移座標にやって来た南雲夫妻と山根夫妻。

 指揮官は南雲夫妻なので、今回の呼称は南雲隊。


 京華さんが【稀有転移黒石ブラックストーン】を使用した。


 だが、海外旅行に浮かれていた彼女は、天下無双の女傑時代では考えられない凡ミスをしでかす。

 周囲の確認をせずに煌気オーラ力場を構築してしまったのだ。


 京華さんの煌気オーラは当然だが極めて強い。

 力場の干渉範囲はそれに比例する。

 その調整すら忘れるとか、アホの子説がいよいよ濃厚に。


「おぎゃあぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

「あ。これ、あれですわね。わたくし、久しぶりに酷い目に遭うパターンですわよ」


 こうして、南雲隊と巻き込まれた他2名がフランス探索員協会へと飛び立った。

 果たして観光はできるのか。


 たまには緊張感をもって任務に当たって頂きたい。

 ストウェア戦、カルケル局地戦と連敗が続いている事実を割と忘れている日本の猛者たちに告ぐ。

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