第207話 塚地小鳩、逆神六駆の洗礼を受ける

 六駆と少しばかり戯れた久坂が、小鳩こばとを手招きする。

 彼女は素直に師匠の元へと駆け寄った。


「山根くん。コーヒーちょうだい」

「えっ。もうリアクションするんですか!? 早くないっすか!? まだ逆神くんが頭おかしいスキル使うくだりも来てませんけど!?」


「違うわい! 単純に飲みたくなったの! 君のコーヒースイーツ製造機に毎朝私が淹れるコーヒー入ってるだろ。熱めのヤツを頼む」

「ええー。面倒だなぁ。これだからおじさんって嫌われるんですよー」



「コーヒーを提供する代わりの約束は!? 自分いつでも南雲さんに熱々のコーヒーをご用意するっすよ! とか言ってただろ、君ぃ!!」

「ヤメてもらえます? おじさんにモノマネされるとか、今、鳥肌がヤバいです」



 南雲は結局自分の水筒からコーヒーをカップに注いで、ゆっくりと口に含んだ。

 なんとなくだが、先んじてカフェインを取っておきたい気分だったのだ。

 本人はまだ気づいていないが、「体がカフェインを欲する時には何かが起きる」と言う前兆を予期する力に目覚めようとしている監察官殿。


 ある意味では新スキルを発明したようなものである。


 時を同じくして、久坂がいたずらを思い付いた少年のように笑う。

 続けて小鳩に命じた。


「今度はのぉ、小鳩。お主が六駆の小僧にちぃと揉まれて来い。そうすりゃあ、小僧がどれだけ強いか分かるっちゅうもんじゃろ!」

「ひっ!?」


 小鳩は声にならない悲鳴を上げた。


「わ、わたくしがあの男の手で、か、体を足の先から頭のてっぺんまで、揉みしだかれろとおっしゃるんですの!?」



 そんな事は誰もおっしゃっていない。



「まー。なんじゃ。六駆の小僧。小鳩はこーゆうタイプじゃけぇ。あとはお前が上手い事やってくれぇ」

「ええ……。嫌ですよ。僕、女の子相手に戦うのはNGなんで。模擬戦でもちょっと」


 言われて気が付く、チーム莉子の3人娘。


「あれ? そういえば、六駆くんってわたしや芽衣ちゃんに修行してくれる時も、手合わせってしたことないね?」

「そうだにゃー。基本的に戦い方を指示して、後はモンスターだったりを相手にするパターンばっかりだねー。不思議ですなぁー」


「芽衣も六駆師匠のスパルタに意識が引っ張られ過ぎていたせいで、気付かなかったです。みみっ」


 こればかりはハッキリと断言しておかなければと、六駆はパーティーメンバーに向かって宣言する。


「だって、何かの間違いで嫁入り前の娘さんの肌に傷でも負わせたら大変じゃないか!」


 いつになく紳士的な理由に、チーム莉子の3人娘の心は射貫かれる。


「はうっ! ろ、六駆くん、イケメン過ぎるよぉ! もぉぉ! だから好きっ!!」

「今のはちょっと反則だにゃー。ギャップ萌えにもほどがあるにゃー」

「芽衣は六駆師匠の事をカッコいいって思ったの、これが2度目です。みっ」


 続けて六駆は久坂にもその意思を伝える。

 「女の子相手には戦えません」と。

 実に毅然とした態度だった。


「さよかー。……時に六駆の小僧。ウナギは好きかいのぉ?」

「なんですか、急に。最後に食べたのがいつだったか思い出せませんよ」



「近所にのぉ。美味いウナギ出す店があるんじゃ。特上のうな重で手ぇ打てんか? ちなみに、一人前1万2千円じゃぞ。もちろん、全員に奢っちゃる!」

「もう! 今回だけですからね!! 仕方のないおじいちゃんだ!!」



 紳士的なSSR逆神六駆、終了のお知らせ。

 これより通常運行に切り替わります。

 諸君におかれましては、混乱させてしまい大変申し訳ございませんでした。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「さあ、塚っちゃん! どこからでもかかって来なさい!!」

「ふ、不愉快ですわ! なんですの、その呼び方!! 幼馴染にだって呼ばれた事ありませんのに!! 腹が立ちますわ!!」


「小鳩ぉ。お主、友達おらんじゃろうが」



 ただいま、クララ先輩の琴線に何かがヒットしました。



「早くしてください! もう僕、口の中がウナギになってるんで! ウナギの味の記憶なんか本当にないんですけど! でも、ウナギのタレはご飯にかけて食べますよ! アレより美味しいんでしょう!? うわぁ! 楽しみ過ぎる!!」


 六駆はただ、未知の1万円越えうな重への思いを馳せただけである。

 だが、その態度は小鳩からすればかなりエッジの利いた挑発に見えた。


「怪我をしてからお泣きになられても遅くってよ!? 参りますわ! 『サウザンドシルバーレイ』!!」

「おっと、これは初めて見るスキル! すごいですねー。硬化させた銀の矢をこんなにたくさん具現化して!」


「ふんっ。ご考察ならばその身を貫かれてからになさいませ!」

「それじゃあウナギが食べられないので! ふぅんっ! 煌気オーラ集中!『豪・連続拳ごうけんラッシュ』!!」


 銀の矢は六駆の煌気オーラを纏った拳で粉々になった。

 彼の周りには銀の粉が舞い、なんだか幻想的だったと言う。


「す、少しはやりますわね! 『金槍・水鳥ヴァッサー・フォーゲル』!! わたくしがこの金の槍を持ったからには、もはやあなたに勝ち目はありませんことよ!!」

「ううっ! ま、眩しい! この槍の攻撃をいなした時に、うっかり壊しちゃったらどうしよう!!」



 塚地小鳩、偶然にも六駆の苦手な色の武器が得物であった。



「……大けがをさせる事をお許し下さいまし! お排泄物な方!! 久坂流槍術! はぁぁぁぁっ!! 『鳳仙花ほうせんか』!!」

「見たところただの突きですね。……おおっ! すごい! これって斥力ですか!? あっはは! すごいすごい、体がどんどん押し返される!!」


「はしゃぎながら風穴を開けられるなんて、やはり男は頭がおかしいですわ!」

「相手を押し返しながら、自動追尾の伸びる槍で壁際に押し込んだところをブスリ、ですか! これは考えられたスキルですねー! 久坂さん、さっすがぁ!」


 ちなみに、鳳仙花の花言葉の1つに「私に触れないで」と言うものがある。

 小鳩は知らずに使っているが、スキルの名前を付けた久坂はもちろん知っていた。

 「ひよっひょっひょ」と楽しそうに弟子の殺陣を眺めている。


 悪いじいさんである。


「なるほど! だいたい分かりました。このスキルは優れてますけど、修正点が2つ! 1つは、こうやって対象が斥力を逆に利用してきた時! 『鏡反射盾ミラルシルド』!!」

「えっ、きゃっ、ひゃああっ!?」


 スキルを反射する手合いは初めてではないが、自分のスキルを倍返ししてくる頭のおかしいおっさんは初めてだった小鳩。

 後方に吹き飛ばされる。


「2つ目ですが、防御にまったく力を割いていないのは悪手ですよ! 多分、久坂さんが自分で使うつもりで作られたんでしょうけど! 未熟な人には身を守りながら行使させないとですね! 『瞬動しゅんどう』!!」


「えっ!? あっ!?」


 20メートルは離れていたはずの六駆が、自分の顔の前にいる。

 小鳩には理解ができなかった。


「はい、これでチェックメイトっと。一応、一撃入れときます! ほいっ」

「あぅっ」


 六駆の優しいデコピンが小鳩のおでこを弾く。

 彼女も久坂監察官の弟子であり、優秀なAランク探索員でもある。


 六駆の実力はこの一連の絡みで理解していた。

 彼女には、自分の負けを認める潔さがあった。


「……参りましたわ。さ、逆神六駆さん……と言う名のお排泄物様。……覚悟はできております! さあ、このわたしくしの体を、お好きなようにお弄びになられると良いですわ!! はぁはぁ、何と言う屈辱かしら! さあ、ほら! 早くなさいなさいな!! はぁはぁ! 何をしてますの、お早く! あの薄い文献のようになさいませ!!」



「久坂さん。あなたは僕をあのお弟子さんで社会的に殺す気ですか?」

「まあ、思い込みの強い娘じゃけぇ。よろしくやってくれぇや」



 その後、お高いうな重でお心とお腹が満たされたお六駆くんは、すごく良い顔で「塚地小鳩さんを鍛えれば良いんですね!!」と返事していた。

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