第208話 塚地小鳩のワクワク魔改造

 うな重はすごい。

 まずふたを開けただけで、その迫力のあるビジュアルと強烈ないい香りで人から正常な判断を奪ってしまう。


 ただでさえ危険なのに、その味は無類であった。


 逆神家にはウナギのかば焼きのタレが常備されており、お腹が空いたらそれを白ご飯にかけて飢えをしのぐのが逆神さんちのジャスティス。

 そんな切ない味しかしらない六駆に、本物のウナギの味を教えてしまった久坂。



 向こう3週間くらいは六駆に言う事を聞かせられるだけの準備が整っていた。



 思わず涙を流してうな重を食した六駆。

 山椒が効き過ぎていたのだろうか。

 彼の涙に関して発言する無粋な者は1人としていなかった。


「それで、塚っちゃんを改造するんでしたっけ?」

「あの、逆神さん? 無様に負けたわたくしが希望を申し上げるのも恥ずかしいのですが、1つだけお願いをお聞きくださいませんこと?」


「なんですか? 僕に出来る事なら良いんですけど」

「その塚っちゃんと言う呼び方をおヤメくださいませ!! わたくしのことは、普通に小鳩と呼んで頂ければ結構ですわ!!」



「ええ……。会ってすぐの女性を名前で呼ぶのはちょっと……」

「塚っちゃんと呼ぶ方がよほどハードル高くありませんこと!?」



 六駆は不承不承ながら「分かりましたよ。小鳩さん」と納得した。

 そこからは、南雲と久坂を交えて作戦会議。


 議題はもちろん塚地小鳩についてである。


「六駆の小僧と修一の見解をまずは聞きたいのぉ」


「手合わせをした逆神くんはどう思った?」

「普通に強いと思いますよ。さすがはAランクだなって。別に、これ以上余計な何かをくっ付けなくても、充分だと思いますけど」


「小僧、忘れちょりゃあせんか? 小鳩も含めたお主ら5人で対抗戦に出るんじゃぞ? つまり、小鳩の仕上がりがそのまま賞金に直結すると言うてもええ」



「僕に言わせると、まだまだ改善の余地はありますよ!!」

「清々しいなぁ。言っておくけど、逆神流はダメだよ? 既にパーティーで3人が逆神流使いなんだから」



 「分かりましたよ。南雲さんも難しい事を言うなぁ」と言って、考え込む六駆。

 彼の助けとなるべく、現状を整理してあげるのが知恵者で勇名を馳せる監察官。


「塚地くんのスキル、あれは水属性ですね。よく訓練しているのはさすが久坂さんの教え子だ。彼女には他の属性のスキルは教えていないんですか?」

「それがのぉ、小鳩は不器用でなぁ。一応、雷やら土やらも教えたんじゃが。まあ、威力はお察しじゃな。ほいじゃけぇ、得意の水属性を伸ばして育てよるんじゃ」


 「全属性操れる修一は意外とデキる男じゃったと失って気付いたわい」と久坂は続けた。

 南雲が死んだみたいに言うのはヤメてあげて欲しい。


「僕、思うんですけど。小鳩さんの槍術って結構特殊ですよね」

「おお、そこに気付いたか小僧! そうじゃ! ワシの独自開発した我流のスキルじゃぞ! すごいじゃろ?」



「うちの親父も勝手に我流の剣技スキルポンポン生むんで、いまいち凄さが分かりません!」

「お主を相手にすると面白おもしろうないのぉ」



 久坂流と呼ばれる武器を使用したスキルは多種多様である。

 槍術の他に、剣術、棒術、拳術などがあり、長年を費やして独自に進化させたそのスキルは探索員の中でも異彩を放つ。

 「久坂監察官のところの探索員は変なスキルを使う」と言う噂はある程度の期間を探索員として過ごした者ならば皆が知っており、今回チーム莉子を「久坂監察官室と合同で対抗戦に参加」させた理由もここにある。


 ぶっちゃけてしまうと、逆神流の頭おかしいスキルも久坂監察官と言う巨大な隠れ蓑に潜らせてしまえば、ある程度なら「ああ、またか」と周囲を無理やり納得させる事ができるのだ。

 ……できたら良いな。


 さて、話を戻そう。


「あの槍術って防御系のスキルはないんですか?」

「ふぅむ。ない事はないけどのぉ……。そもそも槍って防御に向いとらんからのぉ。教えちょらんかったわ!」


「久坂さん、あなたは相変わらず大事なところが適当なんですから……」

「ほいで? 六駆の小僧には何か名案があるんじゃろ?」


「名案と言うかですね、槍術スキルを使いながら、水属性の防御スキルを使えると助かるなって。単騎特攻ができますし。パーティーの中で1人、突貫型のスキル使いがいると戦略の幅は広がりますよね」


「なるほど。聞くべき点はあるな」

「ふむ。さすがは六駆の小僧じゃのぉ。四六時中、金と戦いの事しか考えちょらんだけのことはある」


 それから、3人の賢者は知恵を出し合い、小鳩に使えるスキルで最良の組み合わせを考え出した。

 さあ、魔改造の時間がやって来る。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「えーとですね、小鳩さん。あなたには、久坂流槍術を使いながら、水属性をさらに細分化した水銀属性の防御スキルを同時に使用してもらいます」



「えっ、あの、ごめんあそばせ。……ちょっと何をおっしゃっておられるのか分かりませんわ」

「小鳩さん! 大丈夫ですよぉ! 六駆くんの言うとおりにしておけば平気ですっ!!」



 このシチュエーションに限り、莉子さんの「平気」の持つ信頼度が急落する。

 彼女は「六駆とお揃い」ならばグアル草を生で食べるのも厭わない乙女である。


「ですからね。『サウザンドシルバーレイ』でしたっけ? あれをこう……。ふぅん! はい! こんな感じに体の周りを浮遊させて、敵の攻撃を水属性の特性を生かして吸収しましょう。名前は久坂さんがつけてくれました。名付けて『銀華ぎんか』! 全身を絶えず水銀の華が舞うイメージです」


「えっ? えっ?」


 六駆はすぐに『銀華ぎんか』を発現して見せる。

 なお、スキルの根幹は久坂の教えた『サウザンドシルバーレイ』なので、これはギリギリ逆神流ではない。

 強いて言うならば久坂流セピア。


「莉子! ちょっと『苺光閃いちごこうせん』撃ってみてくれる?」

「あっ、はーい! 5割くらいの出力でいいかなぁ?」


「うん。そのくらいで大丈夫。いつでもいいよー」

「じゃあ、いきます! やぁぁぁっ! 『苺光閃いちごこうせん』!!」


 ブンッと短く吠えた苺色の熱線が六駆に襲い掛かる。


「良いですか、相手の攻撃をですね」

「えっ!? えっ!? あの、小坂さんの出している禍々しいスキルはなんですの!?」



「小鳩さん! 集中して貰わないと困りますよ! お金がかかってるんですよ!!」

「逆神くん。普通は命がかかっているものなんだよ?」



 何故か怒られる小鳩。

 だが、彼女は怒られるとやる気が湧いてくる、ちょっと変わった性癖、もとい、性格の持ち主。


「も、申し訳ございませんわ!」

「はい、じゃあ続けますよ。今、僕がやっているように、相手の攻撃の威力に合わせて、浮遊している銀の華に自律プログラムを与えて、自動発動させるまでが『銀華ぎんか』です。理想は華を30咲かせられると良いんですけど、まあ最低でも15は頑張ってください!」


 実はこのスキル、ルベルバック戦争で相手をした阿久津の攻撃方法から着想を得ていた。

 イメージが悪かろうと、お金のためなら妥協なしな六駆おじさん。


 ちなみに、『銀華ぎんか』を5枚咲かせるだけで、並みのBランク探索員ならば煌気オーラがなくなって倒れる。


「いいですか! 僕は使えない人を護る余裕なんてないんですよ! 足手まといは置いて行きますからね! 対抗戦までの残り時間でバッチリものにしてください!!」

「あ、ああ! 年下の男にこんな風に乱暴な命令をされるなんて……!! く、屈辱ですわ!! とっても屈辱ですわぁ!!」



 その割には、とても嬉しそうな顔をしている小鳩さん。



 どうやら彼女もこっち側の人間になる素養は充分なようなので、是非とも頑張って欲しいと我々はエールを送ろう。

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