第209話 監察官・南雲修一の「えっ、久坂さんこのタイミングで出張に行くんですか!?」

「はい、小鳩さん頑張って! あと2枚咲かせましょう! それで10ですよ!!」

「くっ! くぅぅっ!! 屈辱ですわ! こんな年下の男に!!」


「はい、良いですよ! 10枚咲いた! さあ、ここからがスタートだ! 限界だって感じたところからトレーニングですよ! 『銀華ぎんか』15枚咲かせましょうか! やれる、やれる!! できるまで僕はあなたに嫌がらせのように攻撃し続けますからね! 『紙矢カタアロー』!!」


「ひ、ひどいですわ! 10枚で終わりだと思ったのに!! こ、このような野蛮なトレーニング、あり得ませんことよ!? くぅぅっ!」


 その割には小鳩さん、とても嬉しそうである。


 今日も六駆おじさんは新人を鍛えるのに余念がない。

 パーティーメンバーの実力は既に把握しており、莉子もクララも芽衣も基礎トレーニングの時期はとっくに終わっている。


 莉子と芽衣には新スキルを教えてあるので、彼女たちはその習得に向けて自主練習中。

 小鳩に掛かりっきりの六駆を見て、少し寂し気な莉子さん。


 何なら自分もしごかれたい思っている莉子さん。


 そんなリーダーを見つめるクララは「あー。小鳩さんがこのままパーティーに入ってくれたら、面白いにゃー」と不謹慎な事を考え、芽衣は「師匠のスパルタが分散するです! みみっ!!」と、やはり小鳩の正式加入を望んでいた。


「はい、はい! 煌気オーラのコントロールが甘い! 『紙矢カタアロー』だって受けたら痛いんですよ! 痛いのは嫌でしょう!?」

「か、勘違いしないでくださいますこと!? き、嫌いではないですわ!!」



 もうチーム莉子に関わる人間は変態しかいないのかもしれない。



 久坂監察官室の探索員を「対抗戦で優勝して大金をせしめるため」だけに鍛え上げる六駆。

 珍しく逆神流ではない、いわば久坂流と呼ぶべきスキルの特訓にも辛抱強く付き合っていた。


 普段から探索員のスキルには興味を示さない六駆だが、監察官が考案するスキルのレベルになると話は変わる。

 特に、南雲や久坂のようなパワーよりも技術に重きを置いたスキルは大好物。


 隙あらばアレンジして勝手に習得するのが逆神六駆のやり方。


「ええっ!? 久坂さん、対抗戦の間に出張するんですか!? 嘘でしょう!?」

「いやー、すまんのぉ。ちぃと上級監察官の五楼ごろうの嬢ちゃんに言われてしもうたわ」


 一方で、南雲の胃痛の種がたった今撒かれた。

 その急速な成長に視線を移動させてみよう。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 探索員協会は8人の監察官が意思決定機関として存在している。

 その上には上級監察官が2人おり、その力は絶対的なものである。


 久坂は何度も上級監察官就任の要請を断り続けた過去があり、そのため現職の上級監察官に命令を出されると弱い。

 今回命令を出したのは、五楼ごろう京華きょうか上級監察官。

 悠々自適なじいさんにも頭の上がらない相手はいるものだ。


「困りますよ! じゃあ私、1人で対抗戦を乗り切らなくちゃいけないんですか!?」

「今回ばっかりはのぉ。ワシも行きとうないんじゃぞ?」


「そんな事言って、どうせしょうもない案件なんでしょう?」

「バカ者! 絡みじゃ! じゃあ修一、お主代わりに行ってくれぇ!!」



「すみませんでした。久坂さん、頑張って来てください。こっちはお任せを」

「お主もついに六駆の小僧みたいな変わり身を習得しつつあるのぉ」



 何やら聞き慣れない名前が出て来た。

 いち早く反応するのは我らが六駆おじさん。


「なんですか、アトミルカって! お金の匂いがしますね!!」

「逆神くんか。と言うか君、すごいな。イドクロアの防壁を間に挟んでるのに、今の会話が聞き取れたの?」


 六駆は「当たり前ですよ! お金の話なら100キロ向こうに居ても聞こえます!」と、冗談にも本気にも取れるセリフを真顔で語った。


「まあ、ええじゃろ。ここだけの話っちゅうことで、お主ら全員に説明しちゃる。ちぃと休憩がてら聞いてくれぇ」


 南雲がコーヒーをがぶ飲みしながら「またこの人は、重要機密をすぐに漏らす……」と嘆いた。

 自分だって六駆の異世界転生周回者リピーターの事を秘密にしているくせに。


「ええか、お主ら。面倒じゃから端的に言うぞ? イドクロアが有益なものっちゅう事はさすがに大丈夫じゃな?」

「お金になるヤツですね!!」

「逆神くんには後で小坂くんが教えてあげてね」


 六駆おじさん、話の始まりで脱落する。

 以降、彼の発言はいつも以上にスカスカになります。

 ご注意ください。


「探索員は世界中におる。そんで、イドクロアを扱う許可を各国の政府から許可されて活動しちょる訳じゃ。一般人がイドクロアを持ち出したら厳罰に処されるのは知っとるの?」



「えっ!?」

「山根くん。逆神くんにコーヒーババロア出してあげてくれる?」



 山根からソフトクリーム付きのコーヒーババロアを与えられてご満悦の六駆。

 話は進む。


「それを無視する輩がおるんじゃよ。探索員にならんでも、スキルを使える素養を持つ人間が極まれにじゃが存在するでのぉ」

「…………」


 なにゆえそこで「えっ」と言わないのか。

 お前の家の事だぞ。逆神家。


「探索員っちゅうのは結局国の管轄にあるから、どうしてもやりたい事に制限がかかる。でも、世の中にゃ好き放題やりたいっちゅうバカタレがおるんじゃ」

「私が捕捉をします。もちろん、数人程度では協会本部の脅威にはならないし、数十人でも結果は同じ。だけど、無法者のスキル使いが数百人、数千人徒党を組んだら、それは無視できない」


「えっと、つまりアトミルカって言う人たちは無免許の探索員みたいなものなんですか?」


「莉子の嬢ちゃん、さすがじゃのぉ! 理解がはようて助かる! 無許可でダンジョンに潜り、時には異世界へ侵攻して勝手に制圧し力を蓄え、世界相手に悪さをしようと考えちょる組織がいつの間にか出来たんじゃ。そいつらは、堂々と各国の探索員協会に宣戦布告をしちょる」


「その集団の名前が、【イドクロア新興組織・アトミルカ】と言うんだ。なかなかに厄介な連中で、協会にもメンツがあるから表沙汰にはしないけれど、実際にテロに近い攻撃を受けた末に探索員協会が壊滅した国もある」


 チーム莉子の3人娘と小鳩は「なるほどー」と頷く。

 六駆はコーヒーババロアをおかわりしている。


「ほいでの、そのアトミルカが何人か、どうも日本に潜伏しちょるらしいってタレコミがあってのぉ。悲しいかな、ワシと木原の小僧がリーダーとして対処せぇってお達しが来たんじゃ。ああ、嫌じゃ嫌じゃ。年寄りを酷使しよってからに」


「まあ、そういう事情でしたら仕方がありません。久坂さんと木原監察官をご指名と言う事は、相当な手練れが入国したのでしょう」

「ちゅうことじゃから、小鳩! 六駆の小僧にようしごかれて来い!」


「い、嫌ですわ! 男に体中を揉みしだかれるなんて!!」

「六駆くん、いやらしいよぉ! そんな事するなら、わた、わたしに!!」

「にゃははー。全然話を聞いてないにゃー」

「みみっ。おじ様がアトミルカとの戦いで両足骨折とかしたら良いです。みっ」



「それで、お金の話はいつになったら始まるんですか!?」

「ごめんね。君たちにこの話するのは今じゃなくても良かった気がするよ」



 南雲は久坂を見送ったのち、「みんなもトレーニングに戻ってね」と告げる。

 確かに、今のところアトミルカなる組織は彼らに関係ない。


 だがそう遠くない将来、逆神六駆が深く関わる事になるのだが、さすがの最強の男もその未来までは予見できていない。

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