第34話 チーム莉子の総力戦

 六駆が自分のスキルに酔うと言う、字面だとナルシストかと思えなくもないが、実際のところは酩酊しているおっさんそのものに姿を変えてから約1分。

 その間に作戦を立てて、その実行のタイミングを今か今かと計っている行動の速さは、クララはもちろん、莉子も戦闘に慣れて来た証拠であった。


「クララ先輩! わたし、行きます!! 『風神壁エアラシルド』!!」


 莉子は万が一の反撃に備えて盾を発現。

 未だ六駆に夢中の人工竜めがけて走り出した。


「気を付けてねー! さあ、あたしもここでミスるようじゃ、これから先、先輩づらができなくなるにゃー。……狙って、狙って。タイミングも大事ー。……よしっ!」


 莉子があと3歩で人工竜に到達するタイミング。

 ここしかないと言う刹那。クララの強弓ごうきゅう『サジタリウス』が唸りを上げた。


「『グレートヘビーアロー』!! どりゃあぁぁ!! 莉子ちゃん、行ったよ!!」

「はい! ……ふぅ。わたしだってぇ! いっくぞぉぉ! 『斧の一撃アックスラッシュ』!!」


 クララの弓スキルの中で最大の威力を誇る『グレートヘビーアロー』は、超重量の矢に煌気オーラをありったけ乗せて人工竜の右足へと迫る。

 それをすんでのところで回避した莉子は、『斧の一撃アックスラッシュ』を被せるように打ち込んだ。


 偶然の産物だが、2つのスキルが「X」の形で重なった。

 ほとんど同時に2種類のインパクトを受けた人工竜。

 六駆の『豪拳ごうけん』には及ばないものの、非常に小さな部分に集中したダメージは予想外の威力を発揮した。


「キィィィィィィィッ!! キィィィッ、ギリィィィィィ!!」


 人工竜に果たして痛覚はあるのだろうか。

 それは分からないが、右足を綺麗に切断した莉子とクララの合体スキルの効果は絶大であり、人工竜の動きが明らかに変化する。


「おおお! すごいじゃないか、2人とも! いや、マジで! やっぱいいもんだねぇ、目の前で新技が完成する光景って言うのは! よし、ちょっと待ってね、何かいい名前を付けるから! そうだな、直撃の瞬間が綺麗なバツの字になっていたから、『Xの衝撃クロス・インパクト』って言うのはどうだろう!?」


 興奮気味に語る六駆。

 彼のネーミングセンスの酷さは、諸君にも既に伝わっているだろう。

 前科に、『チーム莉子』とか『リコスパイダー』、『苺光閃いちごこうせん』などがある。


 だが、彼はスキルの名前に関してだけネーミングセンスが格段に向上し、キャッチーな名前を付ける事が圧倒的に多い。

 千以上のスキルを覚えて来たがゆえの副産物とでも表現したら良いだろうか。

 『苺光閃いちごこうせん』みたいな例外も時にはあるので、そこはノーカウントにして頂きたい。


「ひゃあああっ!? こ、こっち来たぁ!! お、怒ってる!? 怒ってますかぁ!?」

「莉子ちゃん、急いで! こっち、こっち!!」


 惜しむらくは、せっかくいい名前を合体スキルに付けたと言うのに、肝心の使用者2人が命の危機にさらされており、それどころではない点であった。


「よ、よぉし! 足が片方なくなったから、この角度なら大丈夫なはず!!」

「あ、ああー。莉子ちゃん、莉子ちゃん。見て。ドラゴンさん、片足を軸にしてクルクル旋回してるにゃー。これは死んだかもだね。1度で良いからパンケーキの食べ放題に誰かと行きたかったなぁ……」


「もぉぉぉ! 反則だよぉ! 六駆くん、新スキルの最後のヤツ、使うからね!」


 六駆の返事を待たずに、莉子はリングに集中する。

 右手を天井に向けると、クララに叫ぶ。


「クララ先輩! 目をつぶって、耳を塞いでください!!」

「えっ!? なんで!? とりあえず、りょーかい!!」


 人工竜の肩にある噴射口が2人を捉えたのと同じタイミングで、莉子が祈るようにスキルを発動させた。


「お願いっ! 『閃光花火せんこうはなび』ぃぃ!」


 強烈な炸裂音と、常人ならばとても目を開けていられない規模の発光が第11層を包み込んだ。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 人工竜に痛覚はない。だが、敵の認識は視覚に頼っていた。

 これが例えば、熱や呼吸を感知して敵を識別していたら、莉子とクララの命運はここで尽きていたかもしれない。

 その点において、2人は幸運だった。


 莉子の3連リングに収められているスキルの3つ目は『閃光花火せんこうはなび』と言う。

 炸裂音と強い発光によって、対象の視覚、聴覚を奪い、方向感覚を喪失させる。

 スタングレネードのような効果を持つスキルで、六駆から「ヤバいと思ったら逃げの一手が上策。いざって時はこれ使って逃げよう!」と莉子は事前に教わっていた。


 師匠の教えを守った結果、命拾いをすることになったが、まだピンチが終わったわけではない。


「『瞬動しゅんどう』! おわっぷ」

「きゃあぁっ!? な、なにしてるのかなぁ!? 六駆くん!? この緊急時にぃ!!」


 六駆が『瞬動しゅんどう』を使って一直線に移動したのち、莉子の胸に顔をうずめていた。

 逆神家を初代までさかのぼっても、『瞬動しゅんどう』を用いてセクハラを行ったのは六駆が初めてだった。


 だが、彼の名誉を守るために、状況を説明させてあげるのもやぶさかではない。


「いや、違うんだ。別にね、莉子のおっぱいをどうこうしようと思った訳じゃなくてね。いや、ホント、今も顔うずめたまま何言ってんだって思うかもしれないけどさ! ちょっと聞いてくれる!?」


「なにかなぁ? わたしはかつてない程に六駆くんの事を軽蔑しているよ?」

「えっ!? なんだって!? いやぁ、実は『閃光花火せんこうはなび』をもろに喰らってね! 目と耳が全然使い物にならないの! いやぁ、参った、参った! ただ、これが莉子のおっぱいだって事は分かるよ? クララ先輩はもっと大きいもんね!!」



 六駆くん、自分の教えた緊急回避スキルの餌食になっていた。



「……『太刀風たちかぜ』」

「だぁぁ! ダメだって、莉子ちゃん!! 気持ちは分かるけど! 落ち着いて! 六駆くんの首筋に向けて『太刀風たちかぜ』は良くないと、パイセンは思うんだけどなぁ!?」


「だ、だってぇ! わた、わたし、男の人に初めて胸、触られたんですよぉ!? っていうか、現在進行形で顔をうずめられてるんですけどぉ!?」

「うん! 分かる! 女の子の初めては、大好きな人のために取っておきたいもんね! だけど、六駆くんもわざとじゃないんだから! ねっ!?」



「えっ!? なんだって!?」

「……『斧の一撃アックスラッシュ』」



 別に六駆は莉子を煽っている訳でもないし、いつまでもおっぱいの感触を楽しんでいたい訳でもない。

 ただ、『閃光花火せんこうはなび』のせいで、未だに聴力は戻らずに、さらに方向感覚を喪失しているので真っ直ぐ立つことも叶わず、とりあえず近くにある莉子の体にすがったところ、そこがおっぱいだっただけなのだ。


「落ち着いてぇぇ! 莉子ちゃん、目が怖い!! その目は敵に向けよう! ねっ!?」

「わたしにとっては今、ここにいるセクハラ師匠が敵なんです、クララ先輩」


「えっ!? なんだって!?」


「キィィィィィィィッ!! グギィィィ、ガガゴゴゴゴゴゴゴ!!」


 あろうことか、人工竜が先に体勢を立て直してしまった。


 この時、クララは今度こそ人生の終わりを悟ったと言う。

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