第35話 ポンコツ師匠は弟子が助ける 3人の合体技

「2人の声は全然聞こえないし、目もかすんでよく見えないけど、莉子のおっぱいがここにあるっていう事は、クララ先輩と一緒にいるって事で良いかな!?」


 絶体絶命の大ピンチに、弟子のおっぱいに顔をうずめる最強の男。

 絵面えづらは最悪だが、事態はより深刻になっている。

 視覚と聴覚が失われて、足腰までまともに立たない六駆はまだおっさんなのだろうか。



 もしかして、じいさんの壁を超えているのではないか。



「ちょ、まずっ! ドラゴンこっち向いてる! 完全にあたしたちを狙ってる!!」

「ひゃあぁぁっ! もぉぉ! おじさんにおっぱい触られたまま死ぬのだけは絶対にヤダぁ!!」


「あ! なんか煌気オーラの揺らぎを感じる! これは莉子のものでもクララ先輩のものでもないから、竜のヤツだな! なんかこっち狙ってるっぽいから、ガードしまーす!! 大丈夫? 2人とも、僕の近くにいる!? 『石壁グウォールド』!!」


 六駆くん、まさかの感覚だけで戦闘開始。

 だが、彼の出現させた巨大な石の壁は、確かに莉子とクララを包み守った。

 人工竜の攻撃が隕石弾だけなのも幸いした。


 六駆もその攻撃は既に見切っていたので、静寂の暗闇にあってなお対応できたのだ。

 まったく未知の攻撃を繰り出されていたら、彼は弟子のおっぱいに抱かれて死ぬと言う、末代までの恥を晒すところであった。


「しゅごい……。六駆くん、莉子ちゃんの胸に顔を突っ込んだまま、普通に防御スキル使ってるよ。しかも、バッチリあたしたち守られちゃってるし」

「クララ先輩? いい加減このセクハラおじさん地面に叩きつけてもいいですか?」


「ダメだよ、ダメ! あたしたちの命綱だよ! もうこうなったら、莉子ちゃん! おっぱいのひとつやふたつ、我慢して! 命には代えられないから!!」

「ヤですよぉ! じゃあ、クララ先輩がおっぱいで支えてあげて下さい! あげますから! ほらぁ!」


「ええー。それはちょっと、嫌だにゃー」

「先輩? わたしも時には本気で怒りますよ?」


 こんなやり取りをしている最中も、人工竜は高熱の岩を景気よく噴射中。

 六駆のスキルの強力さを褒めるべきか、莉子の辛抱強さを称えるべきか、これは判断に困る場面。


「2人ともー! 聞いてるー! 聞いてたらちょっと背中をノックしてもらえますかー?」


 ここに来て、六駆くんも学習し始める。

 触覚は生きているのだから、それを使ってコミュニケーションを取ろうと考えた。


「莉子ちゃん! 六駆くんの背中を叩いてあげて!」

「……はぁい。……えいっ!!」


「ほぐぁ!? ちょ、えっ!? あれ、僕が支えられてるの、莉子だよね!? もしかして、新しい敵だったりする!? なんか、ノックとはとても思えない衝撃が!!」


 莉子さん、師匠の背中にグーパンをキメる。

 心が清らかでいつもマジメで真っ直ぐな彼女の心が、少しずつ黒く変色を始めていた。


 彼らは何と戦っているのだろうか。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「あのー! 2人が聞いてるていで話しますよー!? 竜の方に僕の体を向けてね、支えてもらえるかな? あいつ、明らかにメカっぽいから、電撃系のスキルを撃てば、回線がショートしたりして、なんかいい感じに機能停止するんじゃないかなって!」


「もぉ! 声が大きいんだよぉ! どうしてわたしは自分の胸に向かって大声で叫ぶおじさんの姿を見てなくちゃいけないのぉ!?」


 おっさんは時にあり得ない声のボリュームで喋る事がある。

 あれは、本人の聴力が低下していて、相手に聞こえているのか判断できずにとりあえず大声出しておけばいいだろうと思っての行動なのだ。

 それが分かっていても、近くで急にやられるとそのウザさは計り知れないと言う。


「じゃ、じゃあ、あたしが六駆くんを抱えるから! 莉子ちゃん動かないでねー! よいっしょ! うわぁ、意外と体ががっしりしてて、なんかキモい!!」


 莉子のおっぱいに六駆が張り付いてから約4分が経過して、ようやくおっさんが女子高生の弟子から離れる時がきた。

 この時の莉子は、1日汗だくになって仕事をした後に冷たいシャワーを浴びた時のような、得も言われぬ爽快感を覚えたと言う。


「あ! あー! もしかして、クララ先輩が支えてくれてます!? あきらかに胸のボリュームが違いますもん! いやぁ、助かるー!! じゃあ、莉子? 莉子さん? 聞こえてたら、僕の肩をタッチしてくれる?」


「……えぇぇいっ!!」


「おぐぉ……!! えっ、ホントに莉子かな!? なんか今、思い切りみぞおち殴られたんだけど!? 僕、いつの間にか知らない人に囲まれてたりする!?」


 この状況である。


 六駆にデリカシーを持てと言うのは、少々酷な話だと思われた。

 だが、莉子が静かに腹パンした事にも頷ける。

 このような状況を二律背反と表現して良いのかは分からないが、覚えておくと諸君の日常生活でも何かの拍子に役立つ事があるかもしれない。

 失礼。多分ないので忘れてほしい。


「ええと、どなたか存じませんが、僕の腕を竜の方に向けて頂けますか? あ、右腕です。ああ、すみません、本当に。この角度で合ってますか?」


 六駆は、バラエティ番組で箱の中身を触感だけで当てるゲームをやらされている、若手芸人の気分になっていた。


「照準オッケー! 莉子ちゃんの復讐も完了! あたしは胸に六駆くんが体重かけてきてて結構不快! さあ、諸々の準備は整ったにゃー!!」

「……わたし、この戦いが終わったら、六駆くんのことボコボコにします!」


「……復讐は終わってなかったにゃー。女子高生って多感なお年頃だもんね、うん」


 六駆が最終確認をする。

 煌気オーラの感知である程度の方向や距離感は掴めても、微調整までは不可能であるからして、この3人合体攻撃のかなめは莉子の照準合わせにかかっていた。


「じゃあ、撃ちますよー? 大丈夫だったら、肩を、肩ですよ!? 肩をトンと叩いてもらえますか? ゴォンじゃなくて!!」


「はいはい! クララ先輩、狙う位置って、やつぱり頭ですよね?」

「うーん。そだねぇ。万が一胴体から真っ二つになっても、生き物じゃなかったら動くかもだし。頭が一番だと思うよ!」


「はぁい! よいしょ! ……まったく、肩を叩きますよ! ポンっと!」


 六駆は静かに頷いた。

 準備は全て整った。

 各々が不運に襲われ、理不尽な目に遭ってきたが、それも勝利の美酒で清算すれば良い。


「じゃあ、2人とも壁に背中を付けておいてね。危ないから。行きますよー?」


 六駆の言葉を聞いて、慌てて3歩ほど後ずさりする2人。

 彼女たちも冷静さを取り戻していた。


 六駆は今、相手がどんな状態なのか判断がつかない。

 ならば放たれるスキルの威力は。



 一撃で人工竜を葬り去るために、最大火力が選ばれるのではないか。



「カウントダウン! 3、2、1! 『紫電の雷鳥トニトルス・パープル』!!!」


「ひゃあぁぁぁぁぁっ!?」

「ふぎぎぎっ! くぅぅぅっ! すごい威力ぅぅぅっ、だにゃぁぁぁぁぁっ!!」


 クララは六駆の体を支えるのに精いっぱい。

 よって、莉子が代わりに叫んだ。


「もぉぉぉ! この人、手加減とか知らないのぉっ!?」


 回線をショートさせるどころの威力ではない。

 巨大な鳥の形をした雷光は人工竜を飲み込み、勢いそのまま第11層の地形そのものを変貌させるのだった。

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