第3話 探索員の採用試験 だいたい静かに暮らしたい系の実力者はここでやらかす

「すみません。面接に来ました」

「わたしもです! よろしくお願いしますっ!!」


 受付を担当していた、本田林ほんだばやしはすぐに思った。

 「ガキじゃないか。冷やかしか」と。


 本田林は32歳。

 お役所仕事に慣れて、良い感じにだらけるすべを身に着けていたところにダンジョンが出現。

 御滝みたき市役所の探索課は一応国の指針で設立しているけれど、まともな職員などいない形だけの部署であり、そうなると誰かが指揮を取らなければならなかった。


 そうして始まった、醜い面倒の押し付け合い。

 そんなしょうもない事に回想シーンを割く尺がもったいないため割愛するが、貧乏くじを見事に引き当てたのが、この本田林であった。


「あー。はいはい。探索員ね。2人ともずいぶん若いけど、学生さん?」


「はい。高校生をやっています。多分。僕の記憶が確かならば」

「さ、逆神くん! やっていますって! 多分って!! あ、わたしたち、同じ高校なんです! 2年生です!!」


 本田林はさらに思った。

 「これは賑やかし要員にしかならないな」と。


 だが、形だけでも探索員を集めなければ、困るのは本田林である。

 つまり、現状御滝市の探索員はほぼフリーパス状態で、希望すればそのまま就く事ができるのだが、この男、なかなかに性根しょうねが悪い。


「いやぁ、希望者が殺到していてね。試験で厳粛に精査しているところなんだよ」


「そうなんですか」

「わぁ、どうしよ。わたし、大丈夫かなぁ」


「これからすぐに試験をするけど。問題ないかな?」

 本田林の眼鏡の奥のいやらしい目がニチャァと光る。


「お願いします。お金が必要なので」

「わ、わたしも、頑張ります! よろしくお願いします!!」


 こうして、2人は本来受けなくてもいい試験へ挑むこととなった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「ダンジョン探索員の基本システムは理解しているね?」


「は、はい! 学校でも習いますから、大丈夫です!」

「すみません。全然思い出せません」

「さ、逆神さかがみくん!! ちょっとぉ!! ダメだよ、失礼だよ、落とされちゃうよぉ!!」


 中学生の頃に必修科目として、ダンジョンの基礎を学ぶのが現在の日本の学習指導要領であるが、莉子りこにとっての3年前は、六駆ろっくにとっての32年前。

 覚えていない彼を責めるのは少しばかり酷である。


「あー。いいよ、いいよ。説明するから。はい、これなーんだ。アームガードです。このアームガードにイドクロア加工石。通称【源石げんせき】をはめます。すると、素質がある人はスキルが使えちゃう、すごい装備。そっちの僕、思い出したかな?」


 六駆は学習する男である。

 正直、まったく思い出せていなかったが、これ以上その事実を口にしたところで得るものはなしと判断した彼は、静かに頷いた。


「そうでした。源石。そうだ、そうだ」


 不愉快そうな顔を隠そうともしない本田林は、まず莉子にアームガードを渡した。

 続けて、実に素っ気ない説明を加える。


「その源石には『ライトカッター』のスキルが入っているからね。ちょっと撃ってみてくれる? 的はこっちにあるから。撃ち方は分かるよね?」


「は、はい! 手の平に力を込めて、念じるんですよね! そうすれば、スキルが具現化するって習いました!!」


 本田林は莉子の返事もろくに聞かず、的を持って来る。

 的はそこそこの手練れがスキルを放っても壊れない程度に頑丈に作られており、それを指さして、やる気のない32歳は短く命令する。


「はいはい。それじゃ、撃ってみて」

「分かりました!」


 莉子は、何をするにも一生懸命な女子である。

 努力ができるのはそれ自体が1つの才能。

 そして、彼女はその才能を持っていた。


「ええいっ、やぁっ!!」


 だが、運命と言うのは実に残酷であり、努力をする機会すら莉子に与えない。

 彼女の手からは、エアコンの風速を最大にした時くらいの強めの風が出た。

 この場合は、それしか出なかったと言うべきだろう。


「……マジメにやってる?」

「えっ、あ、あの、すみません! もう一度、もう一度お願いします!!」


「いや、いいよ。探索員はサポート課もあるから、君はそっちね」

「い、いえ! わたしお金が必要なんです!!」


 サポート課は、キャリアを積めば源石の研究などの重要なポストを与えられるものの、最初の3年はほとんど雑用。

 言うまでもないが、給料も現場に出る探索員とは雲泥の差がある。

 コンビニバイトの方が儲かるとまで言われる。


 一方で、黙ったまま状況を見つめていた我らが主人公の六駆くん。

 彼の中では、別の焦りが生まれていた。



 「このまま莉子を失うと、現世のリハビリをするためのナビ役がいなくなる!!」と言う、とても切実なものだった。



 そこで、六駆は一計を案じた。


「やらせてあげれば良いでしょう。もしかしたら、籠手こての不具合かもしれないし」


「アームガードね。あー。分かった、分かった。じゃあ、こっちを使って。もう、的じゃなくて、私を狙ってくれてもいいよ。なっはっは!」


「さ、逆神くん。どうしよ……」

「大丈夫。落ち着いてやれば、きっとできるよ」


 「諦めたら僕も詰むから、やる気だけは捨てないで」六駆は心の中でそう続けた。


「……ふぅ。……やぁぁぁっ!!!」


 莉子が力を込めたタイミングで、六駆は人差し指を本田林に向けた。

 そこからは素早く。

 「『太刀風たちかぜ』っ」と彼は呟く。


 逆神家のスキルは独自に生み出されたものであり、いわば邪道。

 六駆には、一般的に普及しているスキルの事が分からない。

 だが、異世界生活29年で千を越えるスキルをマスターした彼にとって、類似した効果のスキルをちょいとひねり出すのは簡単なことだった。


 ガオンッと音がとどろいて、風の刃が本田林を襲った。


「ひいぃぃぃぃぃっ!? なぁぁ、なぁぁぁぁぁぁっ!! ぴぃやぁぁぁっ!?」


 風の刃は、本田林の整えたもみあげを切り裂き、長く伸ばした襟足を連れ去り、見事なテクノカットへと仕上げていた。


「へっ? あ、あれ? 今の、わたしがやったの?」

「そうみたいだね。すごいじゃないか、小坂さん。もう一発撃ってみたら? ほら、念のために。なんか係の人の髪型もバランス悪いし。もう一発! もう一発!」


「まぁぁぁっ!! ちょまぁぁぁぁっ!! もう良い! ああ、いや、よろしゅうございますぅぅ!! 危ないので、ヤメてくださいぃぃ!! もう本当に、完璧です! 合格ですぅぅぅぅ!!!」


 スーツの股間をナニで濡らして、頬を流した涙で濡らした本田林が、絶叫に近い形で莉子の探索員としての適性を認めた瞬間だった。


 この日以降、本田林は人を見た目で判断する事をヤメたと言う。

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