第4話 逆神六駆と小坂莉子、新人探索員になる

「やった……。やったぁ! 逆神くん、わたしやったよぉ!!」

「うんうん。いやぁ、お見事! 素晴らしい!」


 六駆ろっくは知っていた。

 おぼろげな記憶で、転生前の高校時代に愛読していたライトノベルの内容を思い出していたのだ。

 静かに暮らしたい実力者は、適性試験で悪目立ちして、なんか知らないうちに特例で妙な地位を与えられて崇め奉られる事を。


 それだけは絶対に避けなくてはいけない。


 六駆の目標は、ダンジョン攻略でその最深部にある異世界の入口を目指す事ではない。

 異世界なんてもうお腹いっぱいなのだ。

 彼は、探索員として小金を稼いだら、高校を卒業して、1日中縁側でお茶をすすりながら盆栽をたしなみ、たくさんの猫に囲まれて暮らす事を目的としている。


 無意味な社会的地位など、邪魔以外のなにものでもない。


「で、では、あの、そちらのあなた様。ええと、逆神六駆さん。すみませぇん、恐縮なのですが、お力を見せて頂いてもよろしゅうございますか?」


 本田林ほんだばやしもまた、六駆と同じく学習する男であった。

 「自分のヘアースタイルだけを器用に刈り取った死神のような娘と親し気に話す、こいつも絶対ヤバいヤツ!」と、本田林は既に断定していた。


「いや、僕なんて大したことないですよ。あなたに向かって撃てばいいんですか?」


 六駆はアームガードを装着しながら確認した。

 本田林は鼻水を噴出しながら否定する。


「違いますぅ! こちら、こちらの的にめがけて、ちょっぴりだけ、かるーく『ライトカッター』を撃って頂ければ! もう、ホントに、それだけで充分ですので!!」


 必死な本田林。

 一方で、六駆も少しばかり困っていた。



「ヤバい。アームガードにはまってる源石から、何も感じねぇ!!」



 どうやら、邪道を極めた逆神家のスキルの力が、源石の持つ効果を打ち消しているようだった。

 何が困るかと言えば、六駆は『ライトカッター』なるスキルを知らないのだ。


 現時点で知り得ている情報は「なんか風が出る系のスキルっぽい」と、実にほんわかぱっぱした内容のみと言う、割と崖っぷち。

 しかし、ここで正直に「撃てません」と言えば、探索員への道は断たれる。


「的に撃てばいいんですね? あなたにではなくて?」


 六駆は時間稼ぎをしながら、どうしたものかと考えた。


「いやぁぁぁ! ちょ、ちょっと、ご冗談が上手いんだから! ホントに、ガチのヤツで、的に撃ってくださいよぉ!? 私に撃たれても、高得点とかないですからぁぁ!!」


 そして、その時間稼ぎの適当な言動が、本田林の精神をゴリゴリとすり減らす。


 彼らは何と戦っているのだろうか。

 六駆が冷や汗を流す一方で、本田林は股間をじゃじゃ漏れにさせていた。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「分かりました。撃ちます」


 六駆は覚悟を決めた。

 「風系のスキルで、なんか適当に撃とう。ダメなら本田林をさっきと同じ要領で撃っちまえ」と、彼の脳内で行われていた会議で回答が出された。


「ほ、ホントに、的にですよ!? もう舐めた口なんて利きませんから!! ね、ね? おぼっちゃま!? ほんまにお頼み申しまっせ!? なんでこっち見てるんですかねぇ!?」


 本田林も、勝手に精神的に追い詰められた結果、何やら自分の身に降りかかりそうな悲劇を予想するという小さな奇跡を起こしていた。

 もう2度と人を小馬鹿にすることなく、マジメに生きようと彼は誓った。


「……弱めに、弱めに。『風遊びエアドリフタン』っと」


 六駆の放ったスキルは、突風で対象を切り刻むものであり、奇跡的に『ライトカッター』の効果と類似していた。

 が、『ライトカッター』は1度に1か所しか切る事ができない。

 対して、『風遊びエアドリフタン』は細かく8か所を切り刻む。


 ひとまず、無事に的を捉えた六駆のスキルだったが。


「い、いやぁー! お見事! コントロールが良い! もうステキ!! 惚れ惚れしちゃう! でも、威力はお嬢さんほどでは……なにこれ」


 『ライトカッター』で複数の傷を同時につけることは不可能。

 考えられる可能性としては、目にもとまらぬ速さでスキルを連発したか、源石の内容を書き換えたか。


 本田林は論理的に考えた。


 前者であれば、それはもうヤバい。

 後者であれば、そんな前例聞いたことがないので、より一層ヤバい。


 どっちにしろヤバいので、彼は考えることを放棄した。

 正しい判断だったと思われる。


 どれだけ考えたところで、正解にはたどり着けないのだから。



◆◇◆◇◆◇◆◇



小坂こさか莉子りこさん。逆神さかがみ六駆ろっくさん。お二方を、探索員ランクDとして登録いたしますぅ。いやぁ、本当はAにしたいところなのですが! 新規登録は上限がDと決まっておりましてぇ! すみません、本当にすみません!!」


 探索員のランクは、下限がF、上限がAの6段階で分けられており、2人は下から3番目。上から4番目と言う、新人としては最高の評価を得たことになる。


「わぁー! わたしがDランク……!! こ、これから一生懸命に励みますね!!」


 莉子の適正ランクは、当然ながらF。

 と言うか、F以下である。


「あの、僕はもう少し下で構わないんですが」


 六駆の適正ランクは存在しない。

 異世界を目指してダンジョンを攻略する探索員の中に、異世界帰り、しかも6度目の帰省などという訳の分からぬ者はいないからである。


「と、とんでもない! ご冗談はお良しになってくださぁい!」

「いや、本当に。僕なんて大したことないですから」


 本田林は勇気を出して、六駆の申し出を無視した。

 彼の精神力が、ここに来て成長の兆しを見せ始めていた。


 どんなに性根しょうねが腐っても、人はやり直せる。

 そんな希望を示しているようだった。


「あの、それでですね、新人は2人以上のパーティーを組むことになっているのですが。いや、お二方でしたら不要ですけどね!? 規則なんですぅ、すみませぇん!!」


 そろそろ帰りたくなってきた六駆くん。

 面倒なので、一番手っ取り早い道を選択した。


「じゃあ、彼女と一緒にしてください。小坂さん、それでいいかな?」

「わたしはもちろん大歓迎だよ! 顔見知りの逆神くんと一緒なら心強いもん!!」


「はいぃ! それじゃあ、お二方はコンビですね! 申請書は私が書いておきますのでぇ、あの、印鑑だけ頂けます? あ、はい、はぃぃ、恐縮ですぅ! それでは、こちらが契約書ですので。お帰りになられたらお読みくださいませぇ!!」


 そんな訳で、六駆は探索員としての資格をゲット。


 あとは適当に小金を稼ぐだけなのだが、そうは問屋が卸さないのだから、問屋と言うのも融通が利かないものである。

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