第5話 初陣 御滝ダンジョン第1層

 夏休み中の高校生は、宿題さえ済ませてしまえば暇である。

 部活に青春をかける同級生の爽やかな汗を尻目に、逆神さかがみ六駆ろっくはとりあえず穴の開いた実家の屋根を修理すべく、今日からダンジョン攻略へと繰り出す。


「六駆! お弁当作ったぞ! 持って行け!」

「親父さ。用意して貰ってこんなこと言いたくないけど。キャラ弁作る技術があるのにどうして屋根は直せないの?」


「そんな酷いこと言うなよ! 屋根の上って怖いんだぞ!」

「親父。本当に異世界救ってる?」



「おう。3国も救った」

「異世界って全然大したことないんじゃないかと思えてくるよ」



「六駆、なんかお嬢様が迎えに来たが。今日はデートかの?」

「じいちゃん、ボケたふりしても、僕は優しくしないからね」

「なんじゃい。冷たい孫じゃのぉ。パーティー組んだ相手だって事くらい知っとるわ!」


「しかし、考えたなぁ! おぼろげな記憶を頼りにするよりも、現役の同級生と組む方が絶対に効率いいもんな! よっ、この策士!!」

「うるさいな。もう行くよ。小坂さん待たせるの悪いし」


 そして六駆は、ごくつぶし2人との会話を打ち切った。

 悲しい事に、これが彼の家族の全てである。


「おはよー! 逆神くんの家、おっきいねー! ビックリしちゃった!」

「おはよう。それよりもビックリした事があるはずなのに、敢えて口に出さない小坂さんは優しいね」


「えっ、あ、あははー。……屋根、どうしたの?」

「クソ親父がスキルぶっ放して穴だらけにしたんだ。できれば、雨が降る前にダンジョンで荒稼ぎしたい」


 莉子りこは、六駆の通常ではあり得ない妄言について「きっと複雑な家庭なんだね」と優しいスルーをして、後半の部分にだけ同意した。


「うん! そだね! わたしも、早くお金稼いで、お母さんに楽させてあげたいもん!」

「本当に、小坂さんは若いのに感心な子だなぁ」

「ちょいちょい逆神くんがおじさんみたいなこと言うのはなんでなのかな?」


 今度は六駆がデリケートな質問をスルーして、2人は出陣する事にした。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「あっ、お待ちしてました! チーム莉子のお二方!」


 本田林ほんだばやしは学習する男。

 現状、最もヤバいと思われるルーキーには下手に出る。

 彼は、無駄な会話をはぶいて、速やかに国から支給される装備品を取り出した。


「こちらが新人探索員に支給される、基本装備です。イドクロアを素材に作られているので、耐衝撃性に優れ、オマケに軽くて動きやすく出来ています! 男性は1パターンのみですが、女性はスカートタイプとショートパンツタイプの2種類がございます。小坂さん、どちらになさいますか?」


「ショートパンツの方が良いんじゃない? ブーツと長い靴下で防御力高そうだし」

「いやぁ、さすが逆神さん、ご慧眼! 絶対領域に目を付けましたか!!」


 スカートタイプも防御力は変わらないのだが、六駆の「女の子がスカートひらひらさせているのは少しはしたないよ」と言う中年の意見を述べて、莉子は「むぅー。スカート可愛いのにぃ」と言いながらも、承知した。

 しかし、彼女は別の事で納得できない事があった。


「あの、ところでなんですけど。……チーム莉子ってなんですかぁ!?」

「ひぃっ!? いえ、逆神さんが登録されたんですけど!?」



「いや、なんか響きが良いなと思って」

「良くないよぉ! なんでわたしの名前をパーティーに付けるの!? わたしがすごい自己主張してるじゃん!! せめて相談してよぉ!!」



 「まあ良いじゃないの。若いんだから、そんなに気にしなさんな」と言って、更衣室へと消えていく六駆を見送った莉子は、言い知れぬ不安を覚えるのだった。


 探索員の装備に着替えた2人は、本田林から採取したイドクロアを保管する収納ケースと、その他基本装備のセットを受け取る。


「イドクロアの中にはもろいものもございますので、保管はしっかりとお願いします。価値が下がってしまいますので」

「それはまずい。命に代えても守り抜きます」

「逆神くん? 命は大事にしよう?」


 ダンジョンの入口は防壁で塞がっており、これは中からモンスターの類が出て来ないようにする措置であると説明を受ける。

 それは「1度中に入ったら、こっちじゃどうにもできませんよ」と言う宣告であった。


「じゃあ、行こうか。チーム莉子の旗上げだ!!」

「はぁ。なんだか、先行きが不安過ぎるけど。うん。とにかく、がんばろー!!」


 こうして、チーム莉子の初陣が始まる。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「中って結構明るいんだね。ダンジョンって言うから、真っ暗なところかと思ってたよ」

「ええ……。逆神くん、授業で習ったでしょ? 発光性のイドクロアで内壁が覆われているから、常にダンジョン内は一定の視覚が保たれるって」


「いやぁ、昔の事が最近は思い出せなくてさ」

「ほんの3年前だよね!? しっかりしてよぉー。あ、見て! グアル草!」


 莉子が指さす先には、ぼんやりと光を放つ草が生い茂っていた。


「なに!? もしかして、早速お宝発見した感じ!? よし、摘もう!!」

「あー。逆神くん? グアル草って、グアルボンのふんから生える、ただの草だよ?」

「ちくしょう! もてあそばれた!!」


 六駆は確信に近いものを感じていた。

 結論から言えば、それは正しかった。


 「莉子がいないと、自分は何もできないぞ!!」という悲しき事実。

 だが、彼はおっさん的な穏やか思考を習得済み。


 「むしろ、莉子とパーティーが組めて良かった!」と思い直した。

 希望の光を絶対に守り抜こう。それが実家の屋根を直す最短ルート。


「とりあえず、色々と歩いてみよ! まずは慣れなくちゃだよ!!」

「なるほど! 確かにその通り!!」


 第1層には危険が少ない。

 誰もそんな事は言っていないのに、何故だか人はそう思う。

 これは、人類が積み重ねてきた経験則なのかもしれない。


「結構歩いたけど、なにもないねー」

「これじゃあうちの屋根が……」


「まあまあ、まだ先があるみたいだから、どんどんうひゃあぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

「えっ!? どうしたの!? こんどこそレアな素材見つけた!? うん?」


 経験則は時として予期せぬ裏切りを見せる。


「な、なに? なに、これぇ!? た、助けてー! 逆神くーん!!」

「おお。なんか異世界を思い出すなぁ!」


 莉子が右足を植物のツタのようなものに掴まれ、そのまま宙に浮いた。

 六駆は慌てない。

 冷静に状況を分析して、まず莉子にこう言った。


「ほら! 言ったじゃない! スカートタイプはヤメといた方が良いってさ!!」

「い、今その話、必要かな!? わたしだってそろそろ怒るよ!? 助けてってばー!!」


 六駆の希望の光である、小坂莉子。

 まだ何もしていないのに、早速ピンチを迎えていた。

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