第2話 隠居生活のためにダンジョン探索を決意した男

 さて、逆神さかがみ家の崇高な使命(笑)に反旗を翻した六駆ろっくくん。

 一族の血で血を洗う波乱の展開になるのかと言えば、そうはならない。


「僕はもう疲れた。と言うか、異世界にトータルで29年も行ってたんだ。働き過ぎも良いところ。もうこれからは僕の好きにさせてもらう」


「オレは許さんぞ! 一族の歴史をお前の代で途切れさせるつもりか!!」

「そう言ったつもりだけど、言い方が悪かったかな?」


「ワシらが築いてきた伝統を台無しにすると言うのか!?」

「うん。だから、そう言ってるよね」


「こうなったら、親父、2人がかりで行こう!」

「うむ。ワシらじゃて、2人の力を合わせたらまだ六駆なんぞ!!」


 こうして、大人げない大人がタッグを組み、六駆に襲い掛かった。


「ワシのスキルを見よ! 『瞬動しゅんどう』! ふははは! 目では追えまい!!」

「そしてオレが後方から攻める! 距離を詰めると危険! 『岩石群メテオール』!!」


 六駆のじい様、四郎は1度の踏み込みで5メートルもの距離を一瞬で移動し終える、超スピードのスキルを。

 六駆の父親、大吾は亜空間から巨大な岩を出現させ、それらは隕石のように降り注ぐ。


 家の中でそんなスキルを使って平気なのか。


「……『瞬動しゅんどう二重ダブル』。……ふんっ」

「がぁっ! おま、お前、じいちゃんになんてことするんだ……」

「ちゃんと手加減したよ。後は岩か。『糸刃ストリングル』、広域展開」


 天井から降り注ぐ岩が、細かい蜘蛛の巣のような糸を通り抜けると、チョコレートのようにバラバラと砕けた。


「おま、マジか! すごいな、六駆! あ、ちょ、待て待て、話し合おう!」

「『瞬動しゅんどう二重ダブル』、親父、覚悟しろよ。『紙矢カタアロー』」

「痛い!? ま、待って! お父さん悪かったから、痛い痛い! 待って、待って!!」


 3世代の序列がハッキリした瞬間であった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「親父。どうすんの。家の中で隕石の雨降らせてさ。屋根、穴だらけじゃん」

「いや、すまん。勢いで」


「じいちゃんさ。迷わず僕の目を狙って来たよね?」

「は、はて? ワシ、最近物忘れがひどくてのぉ」


「あのさ。僕、異世界で29年も戦ってきたんだよ。2人は? 何年?」



「わ、ワシ、5年……」

「オレは7年……」


「聞こえないんだけど!?」


「すみません! ワシら、鼻くそです!!」

「しきたりとか、伝統とか、クソ喰らえです!!」


 こうして、六代続いた逆神家の崇高な使命(笑)は静かに幕を下ろした。

 今日からついに始まる、六駆のウキウキ隠居生活。


 しかし、暗い影を早速落とすのは身内の不始末。


「あの、六駆? 六駆さん。言いにくいんだけど」

「もう良いよ。別にね、僕だって親父たちとケンカしたい訳じゃないんだから。分かってくれたなら、もう何もしないよ」



「屋根を修理するお金がないんだけど」

「……『豪拳ごうけん三重トリプル』」



「お、落ち着け、孫よ! だって仕方ないじゃない! ばあちゃんもお前の母さんも、崇高な使命、ああ、いや、崇高な使命(笑)に愛想尽かして出て行ったんだもん!」

「生活力のないオレたちが先代からの貯金使い果たすのも仕方なくない!?」


「……『太刀風たちかぜ』」


「待って! ちゃんといい仕事を見つけて来たの! 見て、この募集要項!!」


 大吾が差し出したチラシは、ダンジョンの攻略を担当する【探索員】の新規募集要項だった。

 探索員は、歩合給が魅力の、いやらしい言い方をすると、手っ取り早くお金が稼げる職業であり、職なし、資格なしの3人にとっては渡りに船。


「そういえば、29年前にダンジョンがこの辺にもできたんだっけ?」

「うん。お前時空ではな。オレたち時空だと、2週間前の話なんだけど」

「ワシらの代表で、六駆よ。パパっと稼いできてはくれぬか?」


「はあ? 親父とじいちゃんが行けよ」


「ワシ、年齢制限に引っ掛かるから」

「オレ、多分書類で落とされる。47歳で職歴なしだもん」


「……『大竜砲ドラグーン』」


「悪かったって! でも、お前が隠居するにも金は必要だろう!?」

「あと、いちいち強そうなスキル使おうとするのヤメてくれぇ! ワシ、漏らしそう!」


 六駆は悟った。

 これは、自分でどうにかしないと、本当にどうにもならないらしいと。


「随時面接、適性検査受付って書いてあるな。じゃあ、今から行ってくる」


 父親と祖父の万歳三唱を背に、彼は転生周回者リピーターからダンジョン探索員へとジョブチェンジを図るべく、その一歩を踏み出したのだった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 家から歩いて3キロのところに、御滝みたき市ダンジョン探索員課の仮設事務所が建っていた。

 六駆の感覚では約30年前でも、現世では2週間前に突如として発生した新規ダンジョン。


 管轄する市の探索課は、大急ぎで探索員の募集を始めていた。


「ここか。……日本語、ちゃんと喋れるかな」


 六駆の不安は、実力以外の、と言うか、人として基本的な部分にあった。

 長らく留守にしていた日本の、地元の生活をいかにして思い出すか。

 精神年齢は46歳。つまり、脳年齢も同じように年を取っている。


 書類選考は通っても、他で落とされる可能性がある。大ピンチである。


 そんな彼の元に、救いの女神が降り立った。


「あれ? 逆神くんだ! わたし、分かんないかな? ほら、同じクラスの、出席番号が一つ前の! 小坂だよ! 小坂こさか莉子りこ!!」

「……ああ! 小坂さん!! しばらく見ないうちに綺麗になったねぇ」


「へっ? 逆神くんも冗談言うんだ。あははー。ね、あなたも探索員の面接受けに来たの?」

「ああ。そうなんだよ。ちょっとお金が入用でさ」


「わたしもなんだよー。お母さんと二人暮らしなんだけどさ、最近体調悪いらしくて。探索員って学生でも適正あればできるじゃん? だから挑戦してみよって!」

「いい子だなぁ。今の若い子にしては本当に感心な子だ!」


「逆神くん、夏休みでなんか雰囲気変わったね?」

「うん。色々あってね。……色々あり過ぎてね」


 逆神六駆の17歳の夏休みは、もう29年と11日続いているのだ。

 しかし、心強い援軍を手に入れた六駆。

 莉子と一緒に、探索員の試験を受けるべく、履歴書を持って係の人に提出するのだった。


 果たして、六駆は日本語を流暢に喋れるのか。

 コミュ力はまだ生きているのか。

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