第1407話 【エピローグオブ南雲の接待キャバクラ・その1】ヤメてよぉ!! 私、子供が産まれてまだ2週間なのよぉ!! ~アメリカからクレメンス上級監察官が来る~

 またしても季節がちょっと進んで、エピローグ時空にお盆がやって来た。

 これは確実にそのうち来る六駆くんや莉子ちゃんのエピローグで時系列が乱れまくり、観測者諸君に負担をかける時間の経過である。


 さて、探索員協会にもお盆休みはちゃんとある。

 もちろん全員が一斉に休んで「今日はもう終わりだよ!!」と何が起きてもシャッターを開けない商店街の定食屋みたいな事はできないので、監察官は順番に休みを取るし、高ランク探索員もそれは同じ。


 南雲家では、南雲さんがスーツに袖を通していた。


「じゃあ、すみません京華さん。今日はちょっと帰りが遅くなると思いますので」

「まったく、お前というヤツは。何を謝ることがある? 何度も聞いた。クレメンス氏と会談があるのだろう? 日本の代表として、堂々とした態度で行かんか」


「いえ。あの。本当にすみません」

「まったく、困ったヤツだ。日本で一番の男前がそのような顔をしていては困るな。私の自慢、いや。もう違うか。ふふっ。私と瑠奈、京一郎の自慢の修一だ! 胸を張っていけ!!」


 本日、予定されていたアメリカ探索員協会のトップ、ジャック・クレメンス上級監察官と日本本部の代表である南雲修一上級監察官の会談が行われる。

 長らく冷え込んでいた日米探索員協会間であるからして、先方がわざわざ日本に足を運んで「胸襟おっぱいを開いて話をしましょう」と言って来たのは異例中の異例。


 それもこれも逆神家の宿怨、人殺助討伐任務がアメリカのナンシーの家で行われた事を良い感じに勘違いしてもらえた状態で、2週間前に逆神六駆の「ナグモを崇めよ演説」がキマった成果。

 これほど怪我の功名と呼ぶに相応しい状況もなく、これを利用、活用しない手はない事など南雲さんも重々承知している。


 しかし、その上でなお、南雲さんの足は重い。


「じゃあ、行ってきますね……」

「大和魂を見せつけてやれ!!」


 両脇に瑠奈ちゃんと京一郎くんを抱えた京華さんに見送られて、南雲さんは家を出た。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 車で日本本部の駐車場に入った南雲さん。

 道中で3度ほど「やっぱりお腹痛くなったって言ってひとりカラオケにでも行こうかな」と不埒な事を考えた。


 それでも不承不承で自分の監察官室までやって来た氏を副官が笑顔で出迎える。

 開口一番、山根くんが言った。



「南雲さん! キャバクラの予約は完璧っすよ!!」

「やーめーろーよー! やぁぁぁぁぁまぁぁぁぁぁねぇぇぇぇぇぇ!! せめて部屋の中に入ってから言いなさいよ、それぇぇ!! 壁に耳あり障子に目ありって言うでしょうが!! 私、子供が産まれたばかりなんだよ!!」


 日米探索員協会首脳会談の舞台はキャバクラ。



 実はキャバクラやホストクラブといった文化はワールドワイドな視野で見ると実に珍しく、日本独自の文化と言っても過言ではないくらいには珍しい。

 最近はオーストラリアやアジア圏、ヨーロッパ圏などでキャバクラっぽいサービス業が広がりつつあるものの、アメリカでは日本人街でもなければまずお目に掛かれないという。


 そのため、海外からの観光客がキャバクラやホストクラブを目当てに歓楽街へ繰り出す事も多いらしく、歌舞伎町では外国人向けのサービスを拡充させているお店もあるとか。

 イギリスに川端さんと雨宮さんの行きつけのお店『OPPAI』があったやんけとご指摘頂けるのは光栄の至りであるが、あれはキャバクラではなく、もっとセクシャルなお店。


 アメリカにある最もキャバクラに近いお店も似たような形態であり、少しセクスィーなショーを見せてくれたり、直截な表現をすれば売春が合法とされる場所もあったりなかったりするのだが、もっとディープな情報を求める場合は極大スキル『全知全能グーグル』を活用して各々で最深部を目指して欲しい。


 自力で異性とコミュニケーションを取るだけで結構な額のお金が取られるという摩訶不思議なおもてなし文化は日本ならではのエンターテインメント。

 今回の会談の場として南雲さんは日本料亭を提案したが、山根くんが「キャバクラが良いんじゃないっすかって先方に打診しときますね」と腹案を混ぜた公文書を送ったところ、アームストロングオペレーターが腹案の方を「キャバクラなる場所で会談が日本の希望のようです」と受理した。


 世界共通語を用いても意思疎通は難しい。

 副官とオペレーターが悪ふざけをした可能性もないと断言できないので、人間関係はもっと難しい。


「大丈夫っすよ! 南雲さん!! セクキャバじゃないっすから!!」

「声が大きいんだよ、君ぃ!! 部屋の中で打ち合わせしよう! 場所はともかくとして、やる事は重要機密なんだからね!! はい、入った入った!!」


 南雲さんが山根くんの背中を押して部屋の中に入った。

 会談まではあと5時間ほどある。



「えっ!? 南雲さん! キャバクラに行くんですか!? お金かけて得るものは特にない、非効率を極めたみたいな場所に!? そこに奥さんと子供たちを置いて行くんですか!? 南雲さん!!」

「いるんじゃないかなって思ってたよ! 逆神くん!! 君、わざと言ってるよね!? だって首脳会談の打ち合わせしてる時、だいたい君はこの部屋にいたじゃないか! 嫌だなぁ、もう!!」


 今日もやる事がなかったので上級監察官室にちゃんといた、逆神六駆。



 とりあえずコーヒーを欲した南雲さん。

 六駆くんが「僕、淹れますよ」と立ち上がった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 今回の日米探索員協会首脳会談は、これから発足されるであろう国協に代わる組織の組閣人事も内容に含まれている。

 国協がぶっ壊れているせいで日本本部にばっかり任務が回ってくるし、他国の探索員協会は機能しないし復興しないし、ピースの裁判なんか始まる気配もないし、このままでは困る事しかない現状は早急に打破すべきというのは日米のみならず、世界の共通認識。


 そのための第一歩が本日、南雲さんとクレメンス氏によっていっせーので踏み出される。


「南雲さん、山根さん。コーヒーどうぞ!」

「あざっす。逆神くんもコーヒー淹れるの手慣れてきたっすねー」


「隠居してから暇な時はだいたいここにいますからね! うふふふふ!! どうですか? 南雲さん! 僕の淹れたコーヒー!!」

「ああ、うん。なかなか腕を上げたと思うよ? 豆の焙煎してるのは私だし。……ん?」


 南雲さん、何かに気付く。


「ねぇ? 逆神くん? 私のコーヒーに茶柱が立ってるんだけど」

「えっ!? 縁起がいいですね!!」



「君ぃ!! また私のカップでお茶飲んだでしょう!? 別にいいけどさぁ! 使ったら洗いなさいよ!! それともあれかな!? わざわざ茶柱立ててくれたの!? 緊張してる私のために! だったらありがと……いやちょっと待ってこれ茶柱じゃない!! ゴミだ!! ゴミが浮いてる!! 君ぃぃ!!」


 コーヒーに茶柱が。再臨。



 前回コーヒーに茶柱が立ったのは南雲さんちに双子が産まれた日の事である。

 これはつまり、吉兆のしらせ。


「いや! 前回のはちゃんとお茶の葉だったけど! これゴミでしょ!? 埃だよ!!」

「えっ!? 南雲さん、コーヒーに誇りを持ってるんじゃないんですか!?」


「そっちの誇りじゃないよ!! ゴミの方だよ、綿埃だよ! 窓枠とかに付いてるヤツ!!」

「えっ!? 南雲さん、窓枠にも誇りを持ってるんですか!?」


「山根くん!! 私、すごく不安になって来た!!」

「うーっす。なら有識者でもお呼びするっすかね。カタカタターンっと」



「ちょっと!? 誰が来るのかもう予想がつくけど、その人たちって役に立つかな!?」


 もう来援を乞うた後だった。

 今日も仕事が早いぞ、山根健斗Aランク探索員。



 後の祭りという言葉がある。

 取り返しのつかない事についての喩えとして用いられる言葉だが、ならば先に祭りをしてしまえば後の祭りは開催されないのではなかろうか。


 試してみる価値はある。


 次回。

 後の祭りを先に祭る。


 日本語は難しい。

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