第158話 監察官・南雲修一のチーム莉子はみんなどこに行ってしまったん? 有栖ダンジョン第11層

 南雲修一監察官の朝は早い。


 彼は毎朝6時に起床し、自宅の近くにある公園へと向かうとジョギングで汗を流す。

 現場に出る機会は監察官になって減ったものの、探索員時代のルーティンワークをしっかりと守るのは彼の性分だった。


 多くの探索員を束ねる、8人しかいない監察官。

 その職に就いている以上、有事の際に動けなくていかがする。

 そんな日頃の努力が、先のルベルバック戦争での活躍にも繋がっていた。


 ジョギングを終えると、自宅に帰りシャワーを浴びて体もリフレッシュ。

 いつもと同じ朝の情報番組を見ながら、新聞に目を通す。


 朝食はトーストにサラダとスムージー。

 普段からメニューは基本的に変わらない。

 これは、常に同じものを食べるようにしておくことで、慣れによる準備の効率化を図る狙いがある。


 7時半になると、探索員協会本部へと向かう。

 監察官に出社時間もタイムカードもないのだが、彼はいつも8時ちょうどに監察官室へと到着するように心がけている。


 「研究の閃きは規則正しい生活から」が彼のモットー。

 そんな訳で、今日も8時きっかりに監察官室のドアを開ける。


「おはようございます。南雲さん」

「うん。おはよう、山根くん」


 意外に思われるかもしれないが、南雲監察官室の筆頭助手である山根健斗は、常に部屋の主よりも先に出勤している。

 ついでに軽く掃除まで済ませていたりするのだから、人間と言うのは多面的な生き物である。


 理由は「最低限の仕事しとかないと、南雲さんを堂々とおちょくれないじゃないですか」だそうだ。


「さあ、今日も1日頑張っていこう。まずはコーヒーの用意だな」

「ごちそうになりまーす」


 再三語っているが、何度でも言おう。

 南雲の監察官としての1日はコーヒー豆の焙煎から始まる。

 自慢のブレンドを用意していると、心が落ち着くらしいのだ。


 しばらくすると、コーヒーのかぐわしい香りが部屋を満たしていく。

 南雲はカップを2つ持って、片方を山根に手渡す。


 コーヒーを飲みながらその日の予定について確認するのもまた、彼のルーティン。


「そろそろ逆神くんたちも起きる頃ですから、とりあえず確認しときます? まあ、チーム莉子ですから、間違っても野営で何かアクシデントに見舞われる、なんてことはないと思いますけどね」


 南雲は「それはいかんぞ、山根くん」と首を横に振る。


「どんな人物にだって、想定外の事態と言うものは起きうるのだ。逆神くんだって例外じゃない。サポートする我々が楽観的に考えてどうする」


 さすがは監察官随一の知恵者。

 言う事が違う。


 どこかのほんわかぱっぱとしたおっさん高校生に聞かせてやりたい。


「それじゃ、サーベイランス起動させますよー。はいはい、はいっと。映像出ます」

「うむ。煌気オーラ感知システム、起動。……いないな。今のサーベイランスの位置は?」


「第8層ですね。結構なペースで進んじゃったみたいですねー。さすがはチーム莉子」

「【安全香セーフティ】の場所を調べてくれ」


 南雲の指示に「はい」と短く答える山根。


「第11層に反応がありますね。いやー、ホントにさすがだなぁ。1日で初めてのダンジョンを2桁進んじゃうとか、末恐ろしいですよ」

「まあ、逆神くんはもちろんだけども、小坂くんと椎名くんも優秀だからな。木原くんも順調に育っているようだし、もはや彼らは一流のパーティーだよ」


「おーっと、ありましたよ。野営のセッティングも完璧じゃないですか。あの子たち夜を越すのも初めてなのに。若い子って順応性高いっすねー」

「逆神くんは見た目だけだけどな、若いの。よし、呼びかけてみるか。んんっ、あー。チーム莉子のみんな、おはよう! 南雲だ!!」


 だが、その呼びかけに反応がない。

 南雲は「まだ寝てたら悪い事をしたな」と考えたが、山根が煌気オーラ感知システムを操作すると、返事のない理由が判明した。


「南雲さん、南雲さん。悪いお知らせがあるんですけど、聞きます?」

「……ええ。嫌だ。聞きたくない」


「チーム莉子、いませんね!」

「ははあ。野営を片付けずに進んでしまったのか。これは少しだらしがないな。後で注意しておこう」



「いえ。有栖ダンジョン内に彼らの反応がまったく、これっぽっちもありません」

「……。コーヒー噴かなかった私を褒めてくれるか?」



 南雲監察官、早速のピンチである。

 チーム莉子消失の原因究明をすべく速やかに調査を開始した。


 諸君、事の顛末を知っていても、どうか彼には教えないで欲しい。

 南雲にだって、リアクションを取るタイミングと言うものがある。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 もはやチーム莉子の有識者と呼んでも差し支えない南雲修一。

 サーベイランスを山根と2人で稼働させていると、ものの1分で原因にぶち当たった。


「ねえ、山根くん? これさ、もしかして『ゲート』じゃないか? 逆神くんの」

「そうっすね。見事なまでに彼のスキルですね。逆に、ダンジョンにこんな門生えてたら引きますよ」


「あれかい? ダンジョンの寝心地が悪かったから、家に帰ったのかな?」


 南雲監察官、ニアピンである。

 前半は当たっている。さすが、監察官随一の知恵者。


「『ゲート』の先の煌気オーラ感知してみますか?」

「……怖いからヤメておかないか。もうなんか、私の想像を軽く飛び越えてる気がする」



「出ました! あー、この先、ミンスティラリアって異世界ですね! ルベルバックに南雲さんが行ってた時に採取したデータと完全に一致します!」

「ヤメてって言ったじゃん! どうしてあの子たちは異世界に行ってるの!? なにか!? ミンスティラリアには貸しがあるから、ホテル代わりにとか、そういうアレ!?」



 南雲監察官、カップイン。

 わずか2打でホールアウト。パー4なので、見事なイーグル。


 ここで山根がひとつ画期的な思い付をする。

 南雲はそんな彼の柔軟な発想力を高く買っている。


「南雲さん! サーベイランスで『ゲート』って通れますかね!?」

「……君、すごい事を考えるな。逆神流に慣れるのが早すぎる。確かに興味はあるが」


「有栖ダンジョンにサーベイランス、5基ほど入ってますし、試しましょうよ! 壊れても1基だけならサポートに支障ないですし!」

「言っとくけど、サーベイランスね、1基で300万と少しするんだぞ?」



「知ってますよー! 嫌だなぁ! 知ってて言ってるに決まってるじゃないっすか!!」

「山根くんはアレだ。もう、完全に逆神くん寄りの発想だよ。私の手に負えない」



 決断までに約15分を要した。

 そして、南雲は覚悟を決める。


 「発見のためには失敗がつきもの」とかつて月刊探索員で語った彼が、ここで恐れをなして退く事など、あるはずはないのだ。


「よし、じゃあ早速! アーム起動! おっ! サーベイランスにも『ゲート』が反応してくれてますよ! 行けますね、これ! それ逝け、ぶっ飛べ、300万!!」

「おおい! 不吉なことを言うな! 万が一壊れたら、来季の予算減らされるんだぞ!」


 こうして、南雲と目となり手足となるサーベイランスが、ミンスティラリアの地へと突入した。

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