第157話 ついに異世界を宿屋みたいに使い始めた逆神六駆 ミンスティラリア・魔王城

 ミンスティラリア魔王城では。

 ダズモンガーが大きな煌気オーラの揺らぎを察知して、謁見の間に急いでいた。


 「吾輩、この感覚は何度目であろうか」と、なんだか元気がない虎の武人。

 だが、答えが9割9分出ていたとしても、万が一に備えるのが魔王軍親衛隊長の務めである。


 謁見の間に到着したダズモンガーは、スキルの特訓をしていたファニコラと近衛兵たちに告げる。


「何者かがこちらに現れようとしておりますぞ! ……もう、分かっておられると思いますが、本当に念のためにご用心を! ちょっとだけで結構でございますゆえ!!」


 警戒心が随分と薄くなった虎の武人。

 そろそろ牙が抜け落ちて、本格的にネコになりそうな予感さえ抱いてしまう。


 煌気オーラの揺らぎが極限まで高まり、謁見の間に具現化されたものは。

 もう、もったいぶった言い回しをするこちらが何だか恥ずかしい。


「よいしょー。やあやあ、ダズモンガーくん! 久しぶり!」

「やはり六駆殿でしたか。いや、謁見の間にダイレクトで出現する御仁は貴殿だけですぞ。今更ですが、『基点マーキング』の場所を移動させてもよろしいですか?」


「『石牙ドルファング』!!」

「ぐあぁあぁぁぁぁぁっ!! ファニコラ様ぁ! 何をなさるのかぁぁぁ!!」


「六駆殿は我が国の英雄! それに莉子とクララと芽衣は妾の親友じゃぞ! 大事な客人にダズモンガーは玄関から入って来いと申すのか!!」


「……はあ。そう申しておるのですが。あと、それ言うために吾輩を石の牙で貫く必要がございましたか? 吾輩でなければ重傷を負うレベルにファニコラ様のスキルも進化しておるので、ゆめゆめ使う相手をお選び下され」


 ファニコラは「もちろんじゃ! ダズモンガーにしか使わんぞ!」とロリ可愛いスマイルで応じた。

 ダズモンガーも「それでしたら結構でございまする」と頷いた。


 2人が結構ならば、外野は何も言うまい。


「それで、此度は何用でございますか? また戦でございますか?」

「違う、違う! ちょっとさ、ベッド貸してくれる? フカフカのヤツ! ほら、僕が魔王城に住んでた頃に作ってくれた貴賓室があったじゃん!」


「それは構いませぬが。……え? お泊りに来られたのでございますか!?」

「そうそう! いやー、今ね、有栖ダンジョンってとこを攻略しててさー。野営しようと思ったんだけど、岩が硬くて寝れないったらないの!! 参った、参った!!」


 ダズモンガーは部下を呼んで、速やかに貴賓室のベッドメイクを申し付けた。

 六駆の後ろには、半分寝ている莉子と、クララのお尻にもたれ掛かったまま寝ている芽衣と、割と元気なクララ。


 規則正しい生活を心がけている莉子は、いつもは既に寝ている時間のため意識が低下中。

 芽衣に至っては毎晩23時には床に就くので、クララの尻がいい枕になっている。


 クララは普段から深夜3時くらいまでゲームしているので、余裕の覚醒。


「と言うか、こっちは昼なんだね。時間の流れが同じになっても、時差があるのは当然か! あと、ファニちゃん『石牙ドルファング』上手になったねー!」

「そ、そうかの!? いつも特訓しておるのじゃ! 見てくりゃれ!! 『石牙ドルファング』!!」



「ぐああぁぁぁぁああぁぁっ!! ファニコラ様ぁ!!」

「うんうん! 筋が良いよ! さすが魔王様! じゃあ、帰るまでにアレンジスキルも教えておくからね! 宿代ってことで!」


「六駆殿ぉ!! 実に余計なお世話でございますぞぉ!!」



 貴賓室の準備ができたと知らせが来たので、莉子と芽衣はちょうど暇だったニャンコスに連れられて、お先におやすみなさい。

 クララはと言えば。


「のぉ、クララぁー! 麻雀しよう! ちょっとでいいのじゃー! のぉー!!」

「えー! しかたないなぁ! もー、ファニちゃんってば、あたしのこと大好きなんだからー! ヤダー、困るー!! 半荘だけだよー?」


 このお姉さん、多分徹マンする気ではないか。

 そこで六駆は柔軟に考えた。



 別に翌朝、律義に時間を守ってダンジョンに戻らないといけない事もないんじゃないか説である。



 現状、彼らに課せられた任務は急ぎの案件ではあるが、1分1秒を争うほど緊急かと問われれば、そんな事もないのである。

 六駆はクララに「1日くらいゆっくりしていきますか!」と提案する。


 クララが首を横に振る理由を知りたい。

 「おー! それはナイスなアイデアだにゃー!!」と、牌をジャラジャラ言わせながら応じる。


 こうして、チーム莉子のダメな2人によって、突然の休暇が決定された。


 麻雀に興じるクララに「ほどほどにしといてくださいよ」と言い残して、六駆も貴賓室へ移動する。

 3年以上も住んでいたその部屋は、もはやおじさんが大学時代の下宿を思い出す感覚であり、トイレのウォシュレットの水圧調整までお手の物。


 実に居心地のいい空間で六駆おじさんもおやすみなさい。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「六駆くん! 起きてよぉ! 六駆くんってばぁ!!」

「うう……。莉子に起こされると、なんだか学校に行く前みたいでテンション下がるなぁ。ああああっ! ごめん! いつも起こしてくれてありがとう!! あああっ!!」


 逆神六駆、ミンスティラリアの地で毎朝莉子が逆神家まで起こしに来てくれている事実を暴露する。

 何と言うダメなおっさんだろうか。


「なんとなく覚えてるけど、ミンスティラリアをホテルみたいに使ったら、魔王軍の皆さんに悪いよぉ! ほら、早くダンジョンに戻るよ!!」

「ええ……。せめて朝ごはんご馳走になってからにしようよ」


「ダメだよぉ! フカフカのベッドで眠らせてもらっただけでも申し訳ないのにぃ!!」

「よし、試してみよう! ……ダズモンガーくん! ちょっと来てー!!」


 30秒で貴賓室のドアが開いた。


「六駆殿、お呼びで?」

「お! テレパシーができた! やっぱり何でも挑戦してみるものだねぇ! 『念話もしもし』と名付けよう! そうそう、僕たちの朝ご飯ってある?」


「吾輩たちには夕餉ゆうげなのですが、もちろん皆さまの分もご用意しておりますぞ!!」

「ほら、莉子! せっかく用意してもらってるんだから、むしろ断るのが申し訳ないよ! 食材に罪はないんだから、食べてあげないと!!」


 すると、莉子さんのお腹がきゅーっと可愛らしく鳴いた。


「ダズモンガーくん! 大至急ご飯にしよう! うちのリーダーがお怒りだ!!」

「ははっ! 承知仕り申した! 皆の者、今宵の夕餉ゆうげは普段よりも早く始める! 急げ、急げ!! 莉子殿をお待たせするな!!」


 何故か自分がだしに使われているのに、お腹が鳴いたことが恥ずかしくて赤面する莉子さん。

 せめてもの反撃として、六駆に莉子パンチをお見舞いする。


「もぉぉ! ……バカぁ!」

「あ、今の感じは可愛くていいね! 今度から朝起こす時もそのトーンでお願い!!」


 ちなみに、現世の時刻はちょうど朝の8時になった時分である。

 チーム莉子はまったく戻る気配がない。


 ダンジョンで迎える初めての夜とは何だったのか。

 この先、何度同じシチュエーションが訪れても、多分六駆おじさんは秒で『ゲート』を出すだろう。


 おっさんが一度横着を覚えると、忘れさせるのは至難の業なのである。

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