第156話 ダンジョンで迎える初めての夜

 ダンジョンの中で一夜を過ごす事はあるのか。

 結論から言ってしまうと、割と普通に行われている。


 Bランク以上の探索員は「ダンジョンで数日過ごしても問題なし」と協会本部に判断され、そのための道具も貸し与えられる。


 探索員がいかにしてダンジョンで夜を過ごすか、一連の流れを見てみよう。


 最初に【安心香セーフティ】を四方に設置する。

 これはモンスターの嫌う煌気を周囲に放つ事で、安全地帯を作り出す事のできる探索員アイテム。

 名前に「香」と付くのは、ラベンダーのような匂いがする事に由来するらしい。


 続いて、【白銀宿舎プラチナコテージ】を用意する。

 お馴染み、南雲監察官室発の煌気オーラ回復機能付きテントである。

 彼の装備の『双刀ムサシ』や、クララの新装備『ディアーナ』と同じ素材を布に織り込んでおり、中で休眠を取るだけで煌気オーラが一定量回復するという便利なもの。


 最後に【竜山光体ガードライト】を天井に設置して準備完了。

 これは【安心香セーフティ】で防ぎきれない強力なモンスターが現れた際、激しい光を放って探索員に危機を知らせると同時に、モンスターへの目くらましによるけん制も兼ねる、探索員の命綱。


 この3つを合わせて野営セットと呼び、パーティーメンバー2人につき1セット貸し出される。

 つまり、チーム莉子には2セット貸与されている訳である。


 では、早速実際に設営に取り掛かろう。


 と、思ったのだが、その前に問題が発生していた。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「2人1組だから、あたしと芽衣ちゃんがコンビって事で良いかにゃー? そっちのテントは六駆くんと莉子ちゃん、どうぞどうぞー」

「みみっ! まったく異議を唱える必要性を感じない班分けです! みっ!!」


 クララは年長者らしく、場の空気を読むのが得意。

 普段から空気のように存在感を消すのも得意なので、空気そのものと相性が良い可能性もある。


 芽衣は「迷った時はクララ先輩に着いて行くです!!」と言う、確固たる行動指針がある。

 人間、最初に「困ったらこうする!」と決めていると、いざと言う時に決断が早くなり、その分色々と得をする事が多いので諸君も是非試してみてほしい。


「も、もぉぉ! 六駆くん、困っちゃうね! 一緒のテントで寝なくちゃいけないんだってぇー! もぉぉぉ!!」



「あ、いや。僕は外で寝るから、お構いなく」

「ふぇ? ごめんね、よく聞こえなかったな! どーゆう事か、分かるように説明して?」



 莉子さんの煌気オーラが急速に高まっていく。

 六駆よ、どうしてそこで空気が読めない。


 4人中3人が「これでええんや!」と言っているのに、なにゆえ異を唱えるのか。

 今さら「女の子と一緒の空間で寝るなんて、できないよ!」とか、思春期みたいな事を言い出すのか。

 見た目と肉体年齢は思春期かもしれないが、お前の中身は壮年期ではなかったか。


 もう思春期は終わったのだ。無駄な抵抗をするのはよせ。


「あああっ!? 莉子さん、痛い!? 違う、別に莉子と一緒が嫌とかそういうのじゃないんだよ! 聞いて! 僕の話を聞いてちょうだいよ!!」


「わたしの乙女心は傷ついたよ? 一応、言い訳を聞いては上げるけどさっ」

「莉子ちゃん、おっとなー! よっ、さすがリーダー!!」

「芽衣も莉子さんみたいな女子高生になりたいです! みっ!!」


 ここぞとばかりに結託する乙女たち。

 クララと芽衣は知っている。


 六駆と莉子のパワーバランスは既に格付けが済んでいる事を。


「ああああっ! いや、僕はね、莉子さん! 狭いところで寝るのが苦手なんだよ!!」



 六駆くん、意外と繊細な理由を述べて来た。これは予想外。



 聞けば、長い異世界暮らしの中で閉所にて休息をとっていた際に敵の急襲を何度も受けて、自分でも気付かないうちに狭い場所では落ち着いて寝られない体になってしまったと言う六駆おじさん。


 そんな切ない事情を聞くと、莉子も「そうだったんだ……。ごめんね、訳も知らないでボコボコにしちゃって」と矛を収める。

 思い返してみれば、ルベルバックの遠征で使われた移動要塞アタック・オン・リコも、「そんなにデカくする必要ある!?」と言うくらいのジャンボサイズだった。


「僕は野宿にも慣れてるから、気にしないで! 3人はテントの中でゆっくり休むと良いよ! ほら、万が一の見張り番にもなれるし、一石二鳥!!」

「そっかぁ。六駆くんがそう言うなら、仕方ないね! じゃあ、みんなで手分けして設営しよー!!」


「「おー!!!」」


 気持ちを切り替えて、チーム莉子は野営の準備を開始した。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 探索員野営セットは、思ったよりも扱いやすかった。

 さすが、南雲が1枚噛んでいるだけの事はある。


 女子でも簡単に組み立てられるテント。

 ボタン一つで準備が完了する割に、中の居心地も悪くないと来ている。


 【安心香セーフティ】と【竜山光源ガードライト】も前者は置くだけ、後者は天井に放り投げると勝手に展開してくれる。

 ここだけの話だが、南雲監察官はこの野営セットの特許を協会に申請しており、実はそこそこの利益を計上しているのだ。


「じゃあ、わたしが1人で使っても良いのかなぁ? なんだか悪いよぉ」

「いーの、いーの! 莉子ちゃんは普段からリーダーとして頑張ってるんだから、こんな時くらい特別扱いしてあげなくちゃ!!」


「みみっ! 芽衣も莉子さんにはゆっくりして欲しいです!!」

「みんなの厚意なんだから、受け取っておくと良いよ。普段から莉子の奮闘ぶりを僕たちは知ってるんだよ!」


 莉子も「そう? そこまで言われると、断れないよぉ!」と了承する。

 こうして、各人がテントに入っていき、六駆は良い感じの岩を背もたれにして、「おやすみなさい」とこの日の活動は終了した。


 それから2時間。

 時刻は日が変わろうかと言う頃合い。


 六駆はまだ起きていた。

 パーティーメンバーを守るため? 違う、そうじゃない。



 思いのほか久しぶりの野宿の寝心地が最悪で、寝付けなかったのだ。



 思えば、異世界転生周回者リピーターをヤメてから3ヶ月と少し。

 常に快適な空間で寝食をする生活に慣れて来た事もあり、体が「もうこんな貧相なベッドでは寝られません!!」と反旗を翻していた。


 六駆も、1時間ほど頑張った。

 頑張って寝ようとした。

 羊の数だって数えたし、途中からカウントする対象をメタルゲルに変更してみたりもした。


 しかし、ダメだった。

 体は若くても、脳はおじさんの六駆。

 寝ないと頭が働かない。



 それは、やむを得ない行動だった。



「ふんっ! 『ゲート』!!」


 ズガンと大きな音を立てて、六駆がどこでもドア……ではなく、『ゲート』を創り出していた。


「ふぇぇ? 六駆くぅん? どうしたのぉ?」

「ごめん、莉子。全然寝られないんだ!! もう、これしか方法はないんだよ!!」


 寝ぼけまなこの莉子に続いて、片方のテントからクララと芽衣も出て来た。

 彼女たちにも六駆は「寝られないんですよ!!」と事態の深刻さを告げた。


 そして、こう続ける。


「思い付いたんですけど。僕、良い宿屋を知ってるんですよね。みんなも一緒に行きますか? テントよりずっと寝心地の良いところですよ!!」


 またこの男は、良からぬことを企んでいる。

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