第437話 【五楼隊その1】張り切るダメ親父・逆神大吾は上級監察官を苦しめる ルブリアダンジョン第3層

 台湾の東部にある森林地帯に構築されていた『基点マーキング』より出現した門をくぐって、五楼京華上級監察官が現れた。

 目的のルブリアダンジョンは現在地から6キロほど先にある。


「よし。全員、現在の健康状態を申告しろ」


 五楼が部隊を率いてダンジョン攻略をするのは、実に12年ぶりの事である。

 だが、彼女も元は1人の探索員からキャリアをスタートさせ、実績を積み重ねて上級監察官まで上り詰めた女傑。


 その経験と感覚は錆びついていない。


「押忍! 屋払文哉Aランク探索員、バリバリなんでよろしくぅ!!」

「なんて失礼な態度を取るんですか、屋払さん!! このバカ上官!! 青山仁香Aランク探索員、問題ありません」


 五楼は「ふっ」と笑ってから続けた。


「普段通りのままで構わん。妙にかしこまって実力を発揮できんのでは本末転倒も甚だしいからな。屋払、青山。経験豊富な若手の貴様たちには期待している」


「押忍!! やってやるんで、よろしくぅ!!」

「屋払さんが目に余る時は私が引っ叩きます!」


 健康状態が良好なのは、ここまでである。


「げふっ。い、和泉正春……ごふっ。Sランク探索員……。どうにか生きております……。小生の事はここで見捨てて、先へと進んで下さいぶはぁっ」

「どうして部隊の防御と回復の要をダンジョンに入る前に失わんとならんのだ。屋払、和泉を背負っての行動は可能か?」


「押忍! よゆーなんで、よろしくぅ! よく青山がひよっこの頃は担いでやってたけど、ぜってぇ和泉さんの方が軽いんで、よろしべぇぇぇっ」

「すみません、五楼隊長。もう引っ叩いてしまいました」


「あ、ああ。構わん。では、屋払には和泉を背負っての作戦行動を命じる。その分、索敵は青山に負担をかける事になるが。和泉、貴様もその状態ならスキルは使えるな?」

「げ、げふっ。もちろんですとも。小生、体調と煌気オーラはリンクしないタイプですゆえ。屋払くんの背中を血で汚してしまうのが忍びないですがはっ」


 五楼は「よし。では、進むぞ」と言って、先頭を歩く。

 だが、何かをお忘れではないだろうか。


「京華ちゃん! オレは!? ねえ、オレのコンディション確認してくれよぉ! ほら、顔色とか見て! 恥ずかしがらないで!! うふふふふっ!!!」



「青山。私も先ほどの貴様のようにちょっと手を出して良いか?」

「多分ですけど、それをすると作戦が一瞬で失敗する気がします」



 逆神六駆に押し付けられた、稀代のお排泄物。

 お排泄物界でも50年に1人の逸材として、主に行きつけのパチンコ屋で恐れられている。


 平然とした顔で夕方ごろに10万円をサンドにぶち込み、「こっから11万勝つからよ!!」と笑顔を見せる精神力は並のパチンカーでは到達できない領域だとか。


「全員。煌気オーラを消して私に続け。肉体の鍛錬もしている貴様らならば、煌気オーラなしでも素早く移動ができるだろう。……行くぞ」


「了解なんでぇ、よろしくぅ!」

「了!!」


 五楼隊がルブリアダンジョンの入口に到着したのは、それから25分後であった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 ダンジョンの入口には草木が生い茂っており、門番のような者は見受けられない。

 だが、隠密スキルで煌気オーラを消している達人が潜んでいるとも知れない。


「こちらは五楼上級監察官だ。本部、応答しろ」

『はい! こちらは日引春香Aランク探索員です! 五楼さん、通信感度良好です!』


「よし。日引、サーベイランスによる索敵を開始しろ。可能な範囲で構わんが、貴様の処理能力ならば第7層までは行けるだろう?」

『お任せください! ……あっ』


 日引が軽く引いた。

 五楼はその声を聞いて、嫌な予感が華麗なステップで駆け寄って来る幻影を見たらしい。


『五楼さん。私、オペレーターなのに……。この情報を報告したくありません』

「何となく察した。今、部隊のメンバーを数えたところだ。覚悟はできている」


 日引は「そうですか……」と言って、悲痛な報告を上官に告げる。



『逆神大吾さんが先行しています。既に、第3層に到達済みです』

「よし。あの痴れ者ごとこのダンジョンを焼き払うか」



 メンタルがゴリゴリ削られて行く上級監察官を、屋払と青山が「落ち着いて!」と必死になだめる。

 五楼は「和泉。頭痛薬を持っていないか?」と尋ねた。


「小生の出番ですな。げふっ。『痛む前と食べる前に飲むフルライズ・リカバー』!!」

「……ああ。すまんな。頭痛だけではなく、胃痛の改善まで済ませてくれるとは。やはり、協会きっての回復スキル使いなだけはある」


 青山がちょっとだけ元気になった五楼に聞いた。

 控えめに。なるべく刺激しないように。


「どうしますか? 大吾さんの実力はSランククラスという話ですし、このままだとどんどん先に進んでしまいますが」

「是非もない。……屋払、青山! 隠密機動部隊の実力を頼りにしている。これより、全速力で痴れ者に追いつく。日引! 痴れ者以外の煌気オーラ反応は!?」


『人間は大吾さんだけです! モンスターの反応は第3層で多数! 推測ですが、大吾さんが手あたり次第に攻撃をしているものかと思われます!!』


 五楼は「分かった」と言って、驚異的な速度でダンジョンに突入した。

 その速さは機動力に特化している屋払と青山を置き去りにするほどで、2人は「さすが協会のトップだわ……」としばし呆然としたのち、必死で彼女の背中を追いかけるのであった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 その頃の逆神大吾。


「おらおらぁ! この大吾さんが出張って来てやってんのによぉ! 歯ごたえがねぇなぁ!! ダンジョン攻略ってこんなに楽勝なのかよ! オレも探索員になろうかな!?」


 雑魚狩りになると瞳が輝く男。

 なお、ルブリアダンジョンは最深部までの道のりが極めて長く、モンスターも序列を守って生息しているので、第3層で出て来るモンスターは探索員になりたての頃の小坂莉子でも簡単に対処できるレベルである。


「おっしゃ!! 必殺技出しちゃうぜぇ!? 『煌気極光剣グランブレード』!! 二刀流! 『虎刃抜哮こじんばっこう』!!」


 モンスターたちが一網打尽にされていく。

 繰り返すが、この階層のモンスターは加賀美隊所属・坂本アツシBランク探索員でも鼻くそほじりながら倒せるレベルである。


「ひゃおぅ! まだまだいくぜぇ」

「させるか、この痴れ者が!! 『皇光大砲カイザーカノン』!!」



「おぎゃあぁぁぁっ!! いった!! 体の内側からパチッと来た!? ちょ、待てよ!!」

「仕留め損なったか……」



 五楼京華のスキルは基礎スキルを一撃必殺の位まで鍛え上げたものであり、シンプルだが威力は絶大。

 『皇光大砲カイザーカノン』は対象の煌気オーラを爆ぜさせることで内部から破裂させるスキルである。


 なお、大吾にはバラエティ番組の罰ゲームで電気ショックを受けた芸人くらいのダメージしか与えられていない。

 もはや説明不要の生命力に五楼はめまいを覚えた。


「貴様たち。聞け。我々の部隊は他のダンジョンに比べて進むべき階層がかなり深い。ゆえに、速足で行く。スピード重視だ。モンスターとの戦闘も必要最低限に抑える。なにか意見のある者は遠慮なく言え」


「押忍! 異存ないんでよろしくぅ!!」

「了! 露払いはお任せください!」


「ごふっ。小生は屋払さんのおかげで快適ですゆえ。少しでも怪我をしたらお知らせください。すぐに回復をいたしごふっ」

「よし。では、進むぞ! 日引、索敵を頼む!!」


 五楼隊の出だしは上々。

 だが、「逆神大吾が生理的に受け付けないため基本的に視界に入れない」スタイルを選択している五楼。


 当然だが、その選択によって道はより困難なものになるのだった。

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