第438話 【雨宮隊その1】水戸信介「自分たちだけ攻略難易度が違いませんか?」川端一真「そうだな。もう死にそう」 エドレイルダンジョン第3層

 雨宮隊の担当になったエドレイルダンジョンは、北極海の海底に入口がある。

 ダンジョンが発生する場所は陸地であるとは限らない。

 過去には、活火山の中や枯れ井戸の底にダンジョンの入口が発生した事例もあるため、ならば北極海の底にダンジョンがあっても不思議ではない。


「……寒くないですか」

「寒いな。酔いが一気に覚めていく」


 今回、『ゲート』の出現する『基点マーキング』を六駆と01番が担当しているのは前述の通り。

 そして、北極海は寒い。

 寒い場所に長居をしたくないのはだいたいの人間が思う生き物としての本能である。



「ほらほら! 見てよ2人とも! 私たちの流氷の上にセイウチがいるー!! ちょっと写真撮っとこう! 帰ったらジェシーに見せるんだー!!」


 逆神六駆、あろうことか流氷の上に『ゲート』を生やしていた。



 確かに、北極には陸地がない。

 だが、彼ら3人の乗っているのは全長がせいぜい5メートルあれば上出来な流氷の上。


 六駆にとって、人工の陸地を創り出す事など造作もない。

 アトミルカに発見される可能性を避けたのかと言えば、そうでもない。


 異世界を6つも渡り歩いた最強の男の手に掛かれば、完全に煌気オーラを遮断した場所の構築くらい何の事はないはずである。

 せめて、向こうに見える氷山の平らなところに作ってあげなよと思わずにはいられない。


 だが、雨宮順平上級監察官はいつになくやる気だった。


「じゃあね、私が常時周囲の大気を新鮮なものに再生し続ける煌気膜を張るから! そしたら海の底に飛び込むよ!!」



「えっ!? ……水戸くん。君から行くと良い。若いうちは経験こそ成長の糧だ」

「嫌ですよ!? 雨宮さんのスキルですよ!? ノーロープバンジーしろって言ってるようなものじゃないですか!!」



 監察官の地位にある水戸信介と川端一真。

 彼らの態度を「情けない」と糾弾できるだろうか。


「さあさあ、京華ちゃんに怒られるの私なんだからね! そぉい! 『青い新鮮な空気の青クンカクンカブルー』!!」


「じ、自分は嫌ですよ!? そんなふざけた名前のスキルに命かけるのは嫌だ!!」

「ちょ、落ち着け、水戸くん。流氷が割れる! 暴れないでくれ。……あっ」


 パキンと気持ちのいい音を残して、流氷が真っ二つになった。

 当然だが、3人は海中へと沈んでいく。

 セイウチが迷惑そうに泳ぎ去って行った。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 エドレイルダンジョンの入口が割と発見しやすいものだったのは幸運だった。

 水戸と川端は競うように海底を走り、ダンジョンに駆けこんだ。


 ダンジョンは繋がっている先の異世界の影響を受けている場合が大半であり、入口が火の中、水の中でも入ってしまえば空気がある。

 だが、お忘れだろうか。


 このエドレイルダンジョンは、強い毒の瘴気で大気が汚染されている事を。


「いやー。ダンジョン攻略って久しぶりだからねー! ワクワクすっぞ! あ、オラって言い忘れた! もう一回言おう! オラ、ワクワクすっぞ!!」


「こちら、川端監察官。オペレーター。応答してくれ」

『はい。こちらは木原監察官室所属、福田弘道Aランク探索員です。ご無事でなによりです、川端さん』


 雨宮隊の担当オペレーターは福田弘道。

 なお、彼は久坂隊のオペレーターも兼任している。

 相変わらずの有能っぷり。


「無事にダンジョンに入る事ができた。まず聞きたい。情報通り、エドレイルダンジョンの大気は汚染されているか?」

『サーベイランスで確認いたしました。元の情報とは少々齟齬があるようです』


 水戸が少しだけ表情を明るくした。


煌気オーラを体に纏って防げるレベルだったんですか!? 良かった! 雨宮さんの危なっかしいスキルに頼らないで済む!!」

『いえ、水戸さん。齟齬はありますが、ご期待には応えられません』


 水戸は思った。

 「その先、聞きたくないな」と。


 だが、福田は事実をありのまま伝える。

 いつものように。淡々と。


『現在、雨宮上級監察官の『青い新鮮な空気の青クンカクンカブルー』によって3人の体は守られていますが、想定よりも瘴気が強いようです』

「それは、どの程度だ?」



『具体的には、その保護膜から10秒以上出ると溶けてなくなるレベルです』


「くそぉぉぉ!! 騙されたぁぁぁ!! 話が違うぞ、逆神くんと01番さん!!」

「ふっ、ふふふ! おっぱい! おっぱい!! ジェニファーにオプション全部乗せコース頼んでおいて良かった! さよなら、現世!!」



 水戸と川端の精神も結構な勢いで汚染されていた。


「はいはい! 先に進むよー! あのね、攻撃スキルは煌気オーラ放出系にしてね! 水戸くんの鞭とか、川端さんの蹴りはね、膜が割れちゃうから!! おじさんも緊急時に備えるつもりだけどさー。なんか最近ね、年のせいか注意力が散漫でねー」


「雨宮さん!! お願いします!! 向こう1年アホな事してて良いですから!! 今日だけ、今日だけは集中してください!! 自分たち以外の事は考えないでください!!」

「雨宮さん。私はあなたよりも年上ですが、『OPPAI』のキャスト全員のフルネームを言えます。ですから、ご自分を信じてください。間違っても疑わないで。そこが崩れると、私たちが死にます」


 時に、モンスターがこのダンジョンに生息しているのだろうか。

 人間の体にそこまでの悪影響をもたらす環境を考えると、モンスターも瘴気の中では生きられないのではないか。


 そんな風に考えている時期が水戸と川端にもありました。


 第1層、第2層と何もいない階層が続き、ホッとした頃合いを見計らってモンスターが現れた。

 正確な表現をすると、機械の獣である。


「見て、川端さん! これさ、アトミルカの作った人造モンスターだよ! 私ね、今回久しぶりに資料読んで来たの!! よーし、おじさんやっちゃうぞー!」


 水戸と川端は「もう下手な事はしないで、雨宮さんに任せよう」と彼の後ろで見守る事に決めた。

 だが、上官が割と早くうっかりを披露する。



「あー! ごめーん! 言い忘れてた! その煌気オーラ膜、射程距離があってね! 私から10メートル離れると、バァン! だよ!!」


「うぉぉぉぉぉ!!! 危ない!! か、川端さん!! 端っこが溶けてますよ!!」

「つりゃあっ!! 『跳躍飛翔脚ちょうやくひしょうきゃく』!! はぁ、はぁ……! ありがとう水戸くん。私は今、多分1回死んでいた」



 エドレイルダンジョンには、大量の『機械怪物マシーンキメラ』が放たれていた。

 彼らは機械でできているので、当然毒に耐性を持っている。


「にー、しー、ろく……。8体もいるよー! じゃあ、私4つ引き受けるから、残りは2人で割り勘ね!」

「なんで飲みに行った時みたいに割り振るんですか!! 飲みに行っても会計の時になったらすぐトイレに逃げるんですから、今は全部引き受けてください!!」


「えー。分かったよー。間違って煌気オーラ膜消しちゃったらごめんね?」


 水戸の隣から、硬化された水の塊が放たれる。



「つっりゃえい!! 『剛水気弾ウォルタラショット』!! ここは私に任せるんだ、水戸くん!! さっきの借りを返すぞ」

「か、川端さん……!! なんて頼りになるんだ!! 思えば、飲みに行ってもお会計してくれるのはいつもあなたでした!! さすがです!!」



 機械が相手なら水か電撃が相場と決まっている。

 川端は放出系スキルで機械モンスターを一掃した。


「あららー! 川端さんったら、張り切っちゃってー! ムービー撮ります?」

「いえ、結構です。福田くん。聞こえるか? このダンジョンは浅いな? 浅いだろう? 浅いと言ってくれ」



『こちら福田です。少なくとも第13層よりも深い事は分かりました』

「モルスァ。もう帰っておっぱい揉みたい」



 一歩間違えば死と隣り合わせな職業、探索員。

 だが、かつてこれほどまでに死を身近に感じた事はない水戸信介と川端一真。


「よし、進むよー!! 今日も1日、がんばるぞい!!」


 雨宮隊の地獄の行軍は始まったばかりである。

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