第1132話 【芽衣が頑張るです・その1】このみみみと鳴く働き者は16歳です ~芽衣ちゃまと練乳チュッチュとトラさん、戦闘開始~

 逆神チンクエ次郎。

 兄者ガチ勢。


 情報は以上である。


 スキル使いとしても兄者リスペクト属性という、もう何なのか誰にも分からないものを扱う、説明しようと思ったら3日は頭を悩ませなければならない男。

 純粋な戦闘力ではその兄者をとっくに超えており、何なら最初から超えていた。


 スキルはメンタル勝負。


 このチンクエという男、メンタルが極めて低空飛行で安定している。

 世界的なA級スナイパーが仕事の前にとりま女抱くのと同じように、チンクエも行きずりの女に誘われると生物の欲求と種の保存の使命を果たすべく義務的に抱く。



 現世では致したか致してないかで戦闘力が変わる乙女もいると言うのに。



 食事の好みも特になく、趣味もないのでとりあえずスキルの研鑽をする。

 酒は飲まない。鮭のおにぎりは食べる。

 タバコは吸わない。昔、カッコつけて吸おうとして死にそうになった兄者を見て満足した。


 ギャンブルにも興味はない。

 兄者が人生をチップに物凄い高レートのギャンブルをしているので、それを見て満足する。


 野に咲く花のように、風が吹けばそれに従い、雨が降ればそれに濡れる。

 事なかれ主義と言えば何となく人間味も出て来るが、現在の彼も「兄者のラブコメは良い……」と、全ての敵を相手にして足止めする自信はあれど、ほぼ確実に負ける事は想定した上で「オタマが2割。六宇が3割。玉砕が19割。良い……」と算数ではないナニか、多分クイント算とかそういう計算でちょっとだけ興奮して、それで満足して命を賭ける。


 遠い国の湿地帯に生えている名前も知らないけどなんかちょっとキモい植物の様な得体のしれない不気味さだけは売るほど漂わせていた。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「私の攻撃は止まらない。……『兄者の伸びる鋭い腕の手刀リスペクトアーム・スライサー』!!」


 とりあえず今は皇敵認定済み、どう見ても利敵行為を犯したシャモジとカサゴを目標に攻撃を繰り返していた。

 テレホマンは粛々と仕事をするが、チンクエは黙々と仕事をする。


 似ているようで結構違う。

 黙って仕事してる同僚が急に変な事し始めたら、かなり怖い。


『チンクエ様。もうシャモジ様とカサゴ様は捨て置いて問題ないかと』

「テレホマン。その優しさは良い……。ただし、かける相手を見誤るな。邪魔者は消した方が良い……。『兄者の伸びる斬れる腕の手刀リスペクトアーム・ブレイカー』!!」


 総参謀長としては一応同じバルリテロリの民であるシャモジとカサゴよりも、急に出て来たデータのない敵の増援みみみ部隊をどうにかして欲しい。

 意思疎通は取れているのに、命令系統が機能していない。

 しかも階級的にはテレホマンの方が上だが、立場的にはやんごとないので強く指示も出せない。



 すごく面倒な同僚である。



「み゛ー!! 敵さんが死んだお魚みたいな目で攻撃し続けて来るです!!」

「ふん。芽衣ちゃま、臆するな。現に攻撃は一度も通っていない」


 サービスさんの言う通り。

 チンクエの兄者リスペクトスキルによる被害は出ていない。


 まだ。

 現時点では。


 門番の伸びる腕が多彩に変化して襲い掛かっているのは、ダズモンガーくん。

 彼は咄嗟にシャモジ&カサゴの前に飛び出しいつも通りる予定だった。


 が、そのアイデンティティが聞こえない。


「ふん。『ピンポイント・サービス・タイム・フィーチャリング・タイガー』だ。トラの時間を停めた。いくら攻撃したとて無意味」


 ニィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ。


「みみみっ? ダズモンガーさんはカチカチになってるです?」

「ふん。芽衣ちゃまの想像力には心が悶える。説明しよう。トラの身体は普通に柔らかい。時間が停まっている空間に攻撃が加わったとて、対象が停止している以上何も起きん。俺のスキルの効果が切れるまではな」


「助けてもらっといてこんな事言うのって申し訳ないけどさ。あんた、人としてどうなんだ、それ」

「ふん。お前の立つ場所は低いな。……シシャモ」


「カサゴですが!?」

「見ろ。気高きトラを。スキルの効果が切れる」


 サービスさんが指をパチンと鳴らした瞬間、ダズモンガーくんが動き出した。

 というか、爆ぜた。



「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 他のピース最上位調律人バランサーと違って、サービスさんは別に改心していない。

 人の心があったら侵攻なんかせず、もっと別の道を模索しているのだ。



「みっ! シャモジおば様とカサゴさん! 帰ってです!! 連れて来てくれて、ありがとうです!! ここからは芽衣たちのお仕事です!! みっ!!」

「ああ……!! この光が永遠にバルリテロリの道となりますように……!! 芽衣殿下、万歳!!」


「みーっ!! ヤメてです!!」

「はっ! ではヤメます! 戻りますよ、カサゴ様!! 『太った男の転移術ポートマンジャンプ』!!」


 結構な時間の会話をこなしてから、シャモジ母さんとカサゴが再転位した。

 犠牲はダズモンガーくんが引き受けたので、今のところはプラスマイナスゼロ。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 六駆くん率いる、南雲傀儡部隊。


「傀儡って付いちゃったよ……。私ね、せめて自分の責任は自分の判断で取りたい。ライアンさん。まだ飛べますか?」

「はっ。しばらくは飛べます。瑠香にゃん特務探索員が煌気オーラを譲ってくれましたので」


 瑠香にゃんが「猫の譲渡会みたいな言われ方はとても不満です」と、もう完璧に人並の嫌悪感は確立したと思われるジト目で上空を見つめていた。


「よし! バニングさんも何となく回復しましたし! ここは芽衣に任せて僕たちは先に行きましょうか!!」

「ええ……。六駆さん、せめて何人か援護できる人員を割くべきではありませんの? 芽衣さんだけに責任を背負わせ過ぎですわよ」


「大丈夫ですよ! 芽衣も僕の弟子ですよ? しかも1番マジメで1番修業してて、1番成長した!! 思い出してくださいよ、小鳩さん! 芽衣、初めて会った時は逃げてばかりだったんですよ?」


 小鳩さんが「あ。はい」と返事をしてから、続けた。



「六駆さん? わたくしが加入したの、芽衣さんよりも後なんですけれど。まさか、その辺の記憶すら曖昧になっておられますの?」

「小鳩さん、小鳩さん! 六駆くんは基本的に曖昧な感じでしか生きとらんにゃー!!」


 「そう言えばそうでしたわ」とすぐ膝を打たせる、どら猫の鳴き声。

 初期メンバーの言葉には重みがある。



 言いたい事を言ったので六駆くんが先陣を切って城門へ走り始める。

 最強のアタッカーが先頭で走り始めたら、もう追随するしかない。


 その場に留まると的になるし、後方が狙われて吶喊するアタッカーの邪魔になるとか攻城戦においてちょっと何してんのか分からない行動。

 信長の野望だったら統率のパラメーター数値が12とかで、とても使えたものではない。

 もうどこかの城で内政に割り振って放置推奨である。


「ふぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅん!! 『使途不明金ブラック・スモッグ』!!」



 なんか危険な名前のスキルで煙幕を発現させた六駆くん。



「ああ、もう行くしかない! 全員、城門に向かって全力疾走! 具合悪い子には手を貸してあげてね!! ごめんね! 私、ライアンさんに抱えてもらってるのになんか偉そうで!!」


 南雲さんの信任も付加されたので、全員が走り始めた。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 チンクエが相手をする敵の数が既に2桁に迫ろうとしている。

 かつてここまでブラックな戦局を任された敵はいただろうか。

 しかもこの男、自薦である。


「……良い。こうなると取りこぼしは仕方がないと割り切れるから良い……。私は近場の敵から順に消して行こう。ただし、ひ孫は行かせない。『敬愛する兄者の輝き光線リスペクト・ビクトリービーム』!!!」


 スキルはメンタル勝負。

 何度繰り返してきただろうか。この世界の鉄則である。


 兄者ガチ勢のチンクエ。

 兄者が「うめぇぞ、これ!!」と言って1週間連続で三食のりたまご飯でも文句を言わないほどのメンタルを持つチンクエの中でクイントの株価が下落しない限り、この男のスキルは強く、そして異質である。


「うわぁ! 変なのが飛んできた!! なんだろう、これ!! 気持ち悪いな!!」

「兄者の良さを分かるのは私だけで良い……。出力を上げる!」


「ええ……。本当に気持ち悪い人だった!! ふぅぅぅぅぅぅ」


 気合を込めようとした六駆くんの前に3つのシルエットが現れる。


「ふん。逆神。お前は高みに立つ者。ここで立ち止まるのが正しい選択か? 『ブロック・サービス・タイム』!! 俺のスキルは割と種類がある。お前のせいで披露できなかった。ここで使う事に文句はあるか?」


 自身の前方に向けて発現する『サービス・タイム』で時間の流れを遮断しスキルを防ぐ、サービスさんの防壁スキルである。

 なお、燃費がクソ悪い。


「ふん。トラ。やれ」

「ぐーっははは!! エプロンを付けていなければ即死でしたな!! 『猛虎奮迅ダズクラッシュ』!!」


 ダズモンガーくんの必殺技。

 実は六駆くんが初めての弟子に授けたオリジナルスキルだったりする。


「ふん。トラ。お前、俺の出した防壁は避けろ。砕けたぞ」

「ぐあああああああ!! 吾輩、不器用でありますゆえ!!」


 コンビネーションに問題があった練乳チュッチュとトラさん。


「みみみみみみみっ! 六駆師匠! 芽衣に任せてです!! 『分体身アバタミオル二重ダブル』!! みーみーみーみー!! 『発破紅蓮拳ダイナマイトレッド二重ダブル』です! みぃぃぃぃぃ!!」


 だが、六駆くんが「うちの芽衣はすごいから」と評価したみみみと鳴く可愛く強い生き物が仕事をやってのける。

 2人に増えた芽衣ちゃまのダブルなダイナマイトパンチ。


 チンクエの謎光線が砕かれた。


「みっ!! 芽衣が頑張るです!!」


 ここは任せて先に行け。


 これが頻発し始めると、クライマックスである。

 クライマックスのあとに真のクライマックスがある事はあまり知られていない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る