第176話 幻竜・ジェロードの引き際や良し

 幻竜ジェロードは己の力にうぬぼれていた。

 自分よりも優れたドラゴンなどいるはずもないと考えており、帝竜バルナルドと冥竜ナポルジュロは同格であり、彼らと同じだけの時を生きれば自分の方がより偉大な古龍となる事を信じて疑わなかった。


 まさか、ドラゴンですらない人間に右腕を奪われるなどとは夢にも思っていなかった。


「カァァァァァッ!! おのれぇ! よもや、噂の逆神がこれほどとは! 噂通り、いや、それ以上だ!! ……認めよう、人間たち。貴公らは強い」


 だが、ジェロードは自分の弱さを認める強さを持っていた。

 強者になればなるほど、己の弱い部分を肯定するのは難しくなっていく。

 それができるのは、真の強者の証明でもあった。


「我が爪の一撃は、たとえ片腕となっても貴公らの小さな体では耐えられまい!! いささか卑怯であるが、許せよ! 『幻惑の爪撃クロウ・ダンズバル』!!」


 六駆は幻竜のスキルを見て、すぐに「まずい!」と判断した。

 続けて、彼は両手を地面に付けて叫ぶ。


「3人とも! 僕の後ろに!!」


「分かった!」

「あいあいにゃ!!」

「みみっ! とっくにいるです!!」


「『回転の銀筒サイクロン・シルバリオ』!! 遠隔展開!! おっと! これは厄介!! 『瞬動しゅんどう』!!」


 ジェロードの爪は幻竜の名に相応しく、幻を見るかのように一振りで100の衝撃が襲い掛かる。

 だがそれは幻などではなく、しっかりと実在している。

 芽衣に教えた『分体身アバタミオル』に近いものだと理解した六駆は、まず大事な3人娘を強力な防御スキルで保護した。


「ほほう、貴公は護りに入らぬのか? 女子おなごを第一に守るとは見上げた騎士道精神だが、言っておくが、手加減はせぬぞ?」

「ヤダなぁ。喋りながら爪の真空破止めてくれないとか。僕もあなたの事を見誤ってました! まさか堂々とした武人タイプだったとは!!」


 ジェロードの凄まじい速さで繰り出される幾百の幻惑する爪撃を、こちらも尋常ならざるスピードで躱していく六駆。

 お互いに、この攻防で決着がつくとは考えていない。


 次の一手に踏み出す瞬間を伺いながら、けん制し合っている。


「どうした? 少し足が遅くなっておるが?」

「いてっ! 本当だ! 肩に2発も喰らっちゃった! ただ、こっちも準備ができました!!」


 六駆は爪撃を躱しながら、実は煌気オーラ力場を7か所ほど構築していた。

 ジェロードの死角を突くためには、最低でもこのくらいは用意しなければならなかったし、もっと言えば12か所あれば盤石だったのだが、相対している古龍がそれを許してはくれなかった。


「また小賢しいスキルか! よかろう、撃ってみよ! 我の爪と勝負しようではないか!!」

「あ、すみません! 僕、そういうやあやあ我こそは! みたいなノりって嫌いなんですよ! だって、それやってもお金にならないでしょう?」


 六駆は3歩下がって距離を取ると、地面に右手を当てる。


「これ、イメージ悪いんだよなぁ。便利そうだから使っちゃうけど! 『ガイアスコルピウス・七連砲セブンス』!!」


 かつて、山嵐助三郎と言う男がいた。

 初めて現れた時には、このスキルで莉子とクララを陥れ、時は流れて異世界ルベルバックの戦争では何度かこのスキルで活躍もした。


 六駆が逆神流ばかり使うと思われていた方には、それは誤りだと伝えなければならない。

 彼にとって、スキルの模倣など容易い。

 逆神流スキルの方が使い慣れていて楽だという理由で、滅多に他人のスキルは使わないが、今回のように有用性が認められた場合は話が別である。


「これがね、意外と良いスキルなんですよ! 土の槍は僕の煌気オーラで作った特注品です! では、ごゆっくり味わってください!! 撃てーっ!!」


 巨大なバリスタによって七方から放たれる煌気オーラの土槍。

 これには鋼の翼を持つ幻竜ジェロードもひとたまりもない。


「グヌゥゥゥゥッ!! くっ、これで右の翼も使い物にならぬか。確かに逆神と言ったな! この勝負、預けるぞ!! 我は1度退かせてもらう! しかし、貴公の首を獲るのは我である! 幻竜ジェロード、その名をゆめゆめ忘れるなかれ!!」


 そう言うと、残った翼を羽ばたかせて土埃の煙幕を作り上げる幻竜。

 原始的な攻撃だが、新たなスキルに備えていた六駆の虚をつくことに成功。


「あーあ。逃げられちゃいましたか。いやぁ、最後の思い切った逃げの一手は見事!」


 スカレグラーナの地にどうやら無事にやって来る事のできたチーム莉子。

 だが、幻竜ジェロードの潔い引き際は、今回のミッションもなかなかにハードだと六駆に予感させるには充分であった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 とりあえず、チーム莉子のメディカルチェックがバトル後の六駆おじさんに課せられた使命。

 『観察眼ダイアグノウス』で様子を見ながら、サーベイランスで南雲と相談である。


『実に古龍らしい、堂々とした戦い方だったな。3匹ともにあのようなタイプだと、苦戦するのは必至だぞ』

「そうですねー。ただ、あのタイプが使いパシリさせられているってとこにちょっと引っ掛かりますね。普通はプライドが邪魔してスムーズに交渉できないでしょうから」


『ふむ。つまり、頭の切れるドラゴンが後ろに控えていると?』



「多分、後輩の使い方が上手い上級生のヤンキーみたいなのがいますね!」

『逆神くんの喩えが急に俗っぽくなるとさ、脅威が薄れるからヤメてくれない?』



 『観察眼ダイアグノウス』終了。

 芽衣の煌気オーラが際立って減っている以外は特に問題はないようで、六駆も一安心。

 『注入イジェクロン』を芽衣の太ももにブスリとやったら、回復完了。


 こうなると、次の目的地を決めなければならない。

 この場に留まっていて、別のドラゴンと連戦なんてことになると、六駆が「疲れるから嫌だ」とか言って現世に帰りかねないからだ。


 そんな時は原住民のルッキーナにお任せである。


「あの、私の村がドラゴンの眷属によって制圧されています。できれば、早く助けて欲しいのですが」


「ルッキーナちゃん。そこに金目のものはあるのかい? あああっ! 莉子さん!?」

「六駆くんのバカぁ!! 六駆くんの恥はわたしの恥なんだよぉ! あっ、今のちょっと夫婦っぽかったぁ! えへへへへへへ!」


 莉子さん。せめてちゃんと叱ってから手遅れになって欲しい。


「か、金目のものかは分かりませんが、村には代々伝わる秘宝の剣があります! 再びこの地に現れた勇者に渡すことになっています!」



「南雲さん! 現地で手に入れた秘宝の剣の所有権はどうなりますか!?」

『金勘定だけは驚異的な速さだなぁ。いいよ、逆神くんのものってことで』



 目的地が決まった。

 ルッキーナの住むヌーオスタ村の解放が次のミッション。


 ドラゴンの眷属が村を囲んでいるらしいので、またしても戦闘が予想される。

 とは言え、莉子とクララは既に一線級の戦力であるし、芽衣は使い方によって戦局をひっくり返せるトリックスター。


 そこに百戦錬磨の悪魔が加われば、負ける事などないだろう。


『では、私と山根くんはスカレグラーナの上空写真を撮ったり、煌気オーラ感知でマッピングしたりするから、一旦離れるぞ? そっちは任せて大丈夫だね? 逆神くん』

「ええ。任せて下さい、秘法の剣は200万くらいしますかね?」


『うん。頼む相手を間違えたね。小坂くん。頼んだよ』

「えへへへへへへ。あ、はーい」


 「頼む相手の選択肢がどんどん減っていく」と南雲は思った。

 厄介なパーティーの後見人になってしまった南雲監察官に敬礼。

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