第50話 武力には圧倒的な力を 高度な話し合いと言う名の急にキレるおっさんの圧迫面接

 黒いマントをはためかせて、悪魔が降臨した人族の軍事基地。

 その背中には莉子の名前が宿る。


 余談だが、この日を境にミンスティラリアでは、種族の垣根を超えて「莉子」と言う文字を「地獄の使者」と読むようになったという。


 地獄の使者で悪魔の六駆おじさん、怒りも解消されて、それなりにスッキリした表情で勧告した。


「首長を出して貰えます? 話し合いがしたいので」


 人族は往生際が悪い。

 これは何も彼らに限った事ではないが、人は窮地に陥ってなお、「自分だけは例外で助かるだろう」と幻想を抱くことがある。

 一種の防衛本能から起きる現象なのかもしれないが、この場においても、自業自得にも関わらずそのような身勝手な考えをする者がいた。


「……死ねぇ! 『フレアボール』!!」

「バーカ! 『アイスニードル』!!」


「英雄殿ぉ!!」

「はいはい。トンバウルさん。ちょっと味方を上空に退避させてもらえますか? 少しだけ手荒な方法で彼らに立場をお分かりいただくので」


 六駆は虫を払うように手をあおぐ。すると残党の不意打ちが無に帰する。

 トンバウルは「もう英雄殿に叫ぶのはヤメよう。私がバカみたいだ」と独り落ち込んでいたが、六駆からの危険な気配を察知して「全軍、すぐに上空へ逃げよ!! 少しでも遠くに!!」と叫んだ。


「『土神槌ガルグランド』!!!」


 六駆の拳が地面に突き刺さると、まるで水たまりに張った薄氷を踏みつけたように、いともたやすく地面が砕ける。

 瓦礫だらけの人族の武装基地の掃除を兼ねた六駆のスキルは、彼らに完全なる敗北を知らしめ、これ以上の抵抗は無意味だと分からせる最後通告だった。


 さすがに人族も学習能力はある。

 現状、死人が出ていないのが奇跡のようなもの。

 当初は一斉蜂起を「これこそ神の意志!」などと息巻いていた者もいたが、この現実こそが六駆と言う名の悪魔の意志だと理解して、10000に迫る軍勢がミンスティラリア全土で一斉に膝をついた。


「はい。それじゃあ、もう一度聞きますね。首長は? 面倒なんで、指名しますね。そこの一番強い魔法を撃って来た、あなた! 名前は?」


 魔術師団の団長が悪魔に指をさされる。

 彼の名前はアントニオ。46歳で17年前の全面戦争のタイミングで妻に離縁されていた。原因は酒を飲むと暴れるから。実にどうしようもない。

 今回の武装蜂起で師団長を拝命したのも、自分の身に起きた不幸は全て魔族に敗れたことが原因だと考えている身勝手なおっさんである。


 ちなみに、六駆と精神年齢が同い年という偶然。


「あ、アントニオ……」

「声が小さい!! 分かりました、別の人に答えてもらいましょう。あなたはもういいです。『大竜砲ドラグーン』」


 スキルを撃つ構え、もちろん威嚇であるが、六駆が両手を合わせた瞬間にアントニオの股間がじゃじゃ漏れになった。

 彼は涙と鼻水を流しながら答えた。


「アントニオと申します! 首長は、自分の隣におります! 右がカンドル、左がヤンドル! 殺せと申されるのであれば、今この場で!!」


「大きな声が出るじゃないですか。あと、そういう考えは良くないなぁ。さっきまでノリノリで攻めてたのに、旗色が悪くなったらトップのせいにするとか、中間管理職の人間が吐いて良いセリフじゃないですよ」


「は、はぎぃっ!!」


「や、やあ! あなたは話が分かるお方だ! 私はカンドル! そうだ、和平交渉をしましょう! 今回は、引き分けと言う事で!」

「言いたい事は言いましたか?」


「え? あの、何か気に障りましたかな?」

「だいたい全部が気に障るので、あなたはもう喋らなくて良い。『豪拳ごうけん』っ!!」


「しょげっぷぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」


 カンドルが先ほど標高を下げた山のふもとまで飛んで行った。

 インパクトの瞬間に防御の姿勢を取っていたのを確認していた六駆。

 多分死なないだろうと思い、三分の力でぶっ飛ばした。


「それじゃあ、今度こそ話し合いをしましょう。僕が喋って良いと言う時以外に口を開いたら、分かりますね? ヤンドルさん?」

「……………っ!!!」


 ヤンドルは必死に頷いた。

 六駆も満足そうにその様子を見て、突然キレた。


「返事はどうしたぁぁっ!!!」

「ええええっ!? あああ、はい! はい!! はい!!! はいっ!!!!」



「うるせぇぇぇぇぇぇっ!!!」

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」



 おっさんが急にキレる場面に遭遇した経験が諸君にはおありだろうか。

 彼らは、突然情緒不安定になる事がある。

 原因は、更年期障害や日頃のストレスなど、その他多く挙げられるが、そんな場面に出くわしたら不運だと思って諦めるのがよろしい。


 下手に反抗すると、とんでもない目に遭う事がある。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「よくもまあ、うちの可愛い嫁入り前の娘たちと可愛い魔王の女児を危険にさらしてくれやがりましたね? まだ確認してないですけど、怪我とかしてたら、そのままの勢いで滅ぼしますよ? あなたたち。……返事ぃ!!」


「はい!!」

「なに返事してんだ! てめぇのやったことが分かってるのかぁ!!」


 六駆がドンと近くの壁を殴ると、粉々に砕ける。

 「次はお前がこうなるぞ」と警告されている旨を察知したヤンドルは、もはや体中の水分を放出し切っていた。


「さて、あなた方は魔法を使いますよね。なるほど、強力だ。でも、力は魔族のみんなに比べて弱いですよね。違いますか?」

「ち、違いません! 私どもは、非力で矮小わいしょうな卑怯者です!!」


「よろしい。それで、大気中にある魔素まそとやらがなくなったら、どうなります?」

「えっ? あの?」


 ヤンドルの反応が悪いとなると、首長を売って安全を確保したアントニオに矛先が向くのはもはや必然。


「はい! そっちのおじさん! どうなるの!?」

「はっ、はひっ! 魔素がなければ、魔法なんて使えません!!」


 六駆は「結構」と満足げに答える。

 ただし、現在、六駆おじさんの情緒は極めて不安定なので、何をきっかけにキレるか分からない。

 人族の大半がそれを理解しており、悪魔の心証を損ねないように必死だった。

 ある者は呼吸を止め、またある者は心臓の鼓動さえも止めようとしたとか。


「トンバウルさん。確認なんですけど、魔王軍って魔法使う人もいますよね。僕が魔法の代わりになるスキルをお教えしますから、魔法をこの世界から消滅させてもいいですか?」


「しょ、消滅でございますか!? す、すみません。私の一存では……」

「ああ、それもそうだ。じゃあ、拡声器で。これ、ここからでも届くかな。ファニちゃーん! ダズモンガーくーん!! 聞こえてるー!?」


 六駆は拡声器で魔王城に呼びかける。

 人族の本拠地壊滅の報はあちらにも届いており、戦闘は既に終わっていた。


 六駆は「聞こえていたら空にスキル撃ってもらえる?」と更に呼びかけると、しばらくして莉子の『閃光花火せんこうはなび』が打ち上がった。

 それを確認したのち、端的に本題へと移った。


「この世界から魔素を消したいんだけどさ! 問題ないかな!?」


 悪魔が悪魔的発想で、なにかとんでもないことを考えている事実だけが、ミンスティラリア全土に伝わった。

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