第403話 監獄ダンジョン・カルケル、最終局面に突入する

 監獄ダンジョン・カルケル第11層にて、かつてないほどの煌気オーラが弾けた。

 この階層は煌気オーラの遮断膜に覆われているが、それを踏まえても発現された煌気オーラ量は凄まじく、地上に出たアトミルカたちの中にも異常に気付いた者たちがいた。


 が、それは後述する。

 まずは逆神六駆と他2名の帰還を喜ぼうではないか。


「いやー! やっと帰って来られた! 莉子! 芽衣! 久しぶり!!」

「わぁぁぁ! 六駆くんだぁ! 会いたかったよぉー!! 元気そうで良かったぁ!!」


 囚人服姿の六駆にも迷わず抱きついていくのが莉子さんスタイル。

 体を密着させても邪魔する凹凸がない点は評価するべきだろうか。


「みみっ。芽衣は空気を読むです。さっき南雲さんから預かっておいた、六駆師匠の探索員装備だけをそっと差し出すです。みみみっ」


 莉子の頭を撫でて「ただいま」とおっさんにあるまじきイケメンムーブをかました六駆は、「おっと、いけない」と思い出したかのように右手を破壊した異界の門の跡地に向ける。


「ふぅぅぅぅんっ! 『完全監獄ボイドプリズン三重トリプル』!! そこにちょっとだけ隙間!!」


 ウォーロストとの異界の門を破壊した手前、ここはきっちりと対策を講じておくべきである。

 発案者も実行者も六駆なので、彼は慎重だった。


 これで報酬が減額されたら堪ったものではないのである。


「くははっ。逆神よぉ。さっきまで張ってあった防御層よりも強力な壁作るとか、おめぇ相変わらず規格外だなぁ」


 六駆が「失礼して。着替えますよー」と言って半裸になっているタイミングで、芽衣が気付く。

 「みみっ。ルベルバックで戦った阿久津さんが、なんか普通に味方面してるです」と。


 なお、莉子さんは六駆くんの着替えの観察に忙しいので、その事実に気付くのは莉子マントを旦那が羽織った後だった。


「阿久津さんは一時的に強力してくれてるんだよ。親父の5倍は頼りになった!」

「くははっ。そりゃあ褒めてんのかぁ? それとも貶されてんのかぁ?」


「……ふっ。力を比べる事など無意味。心のない力など、必要ないのだ」

「いっけね! 南雲さんの事を忘れてた! 『受取古龍力ゲッタードラグニティ』!!」



「う、うわぁぁ!! 私は、私もう死にたい! なんかもう、取り返しのつかない事を色々言ったの全部覚えてる!! アラフォーのおじさんが言っちゃダメなヤツぅぅ!!」

「南雲さん! 今は時間が惜しいんです! 状況を教えてください!!」



 お前が言うんじゃない。


 南雲はひとしきり泣いた後、「山根くん。お願い」とだけ呟いた。

 サーベイランスが飛んできて、今の地上が割と最悪な事実を伝える。


『と言う訳で、アトミルカの本隊がまさにカルケルから逃げようとしてるっす。今は監察官の皆さんが中心になって応戦してるっすけど、あちらさんは逃げる事が目的なので、捕まえるなら急いだほうがいいっすね! ……ふっ』



「おおおい! 最後のヤツぅぅぅぅ!!! やーめーろーよぉー!! 逆神くんと山根くん組ませたらもう、最悪だよ!!」

『南雲さん。今は緊急時っすよ。そちらのお二人、酷い恰好っすね。支給品の探索員装備が1人分ほど南雲さんの収集箱に入ってるので、よろしければ! ……ふっ』



 通信は終わり、時間がない事を理解した六駆。

 ならば、やる事は決まっている。


「よし! 『ゲート』出しますから、みんな準備してください! すぐに戦闘のど真ん中に移動しますよ! お金は待ってくれないらしいですから!!」

「六駆くん、南雲さんが泣きながら装備品を出してくれたよぉ?」



「阿久津さん! すぐに着替えてください!! みんなの準備も3分以内ね!! 芽衣は煌気オーラ回復! こっちにおいで!!」

「えええっ!? 六駆ぅ!? パパにくれるのが普通じゃね!? お父さん、もう腰みのしか身に付けてないんだけど!?」



 六駆は冷たく言い放つ。


「地上に行ったら、好きなアトミルカさんから着るもの奪えばいいよ」

「なーるほど! その手があったかぁ!! さすがオレの息子! 冴えてるぅ!!」


 残念だが、逆神家の倫理観について議論している余裕はない。

 その辺りの事は、未来の莉子さんに任せるとしよう。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 少し時計の針を戻して、5分前。

 地上では。


「……3番。気付いたな?」

「申し訳ございません。私の防御層を突破されるとは」


「ふっ。あれを超えて来るのならば、どのような対策を講じてもいずれ突破されただろう。あの猛者の煌気オーラを少しでも消費させただけ良しとしよう」

「はっ。しかし、いかがしますか? 転移装置は用意しておりますが、設置と発動までに時間がかかります。当然、監察官どもが邪魔をしてくるでしょうし」


 アトミルカたちは、既に戦闘を始めていた。

 囚人とZナンバーが中心となり、転移装置を使用できる空間の確保に励んでいる。


「回りくどい言い方を私は好まん。ふっ。私にもお前の盾になれと言うのか。……よかろう。これもアトミルカが完全な形になるためならばな」


 ところで諸君、これが正しい「ふっ」である。


 2番が乱戦状態の戦局に加わる事を決める。

 さらに混迷を極める地上であった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 Z3番とZ5番を相手に、久坂剣友監察官を雷門善吉および楠木秀秋両監察官がサポートする形で、元中央制御室跡で戦闘が起きていた。


「こりゃあ、ちぃときついのぉ! どがいして囚人じゃったもんがこんなに元気なんじゃあ!」

「わたくしたちは2番様のお力によって、完全回復しているのですよ!!」


 久坂の問いにはZ3番が応じる。

 彼は60歳になるが、過酷なウォーロストで煌気オーラなしに生き残って来た男。


 本来、アトミルカの3番は研究職が務めるものだが、このZ3番は皮肉なことにウォーロストの環境に適合する事で、強靭なフィジカルもを手に入れていた。


「Z3番様。回復は現3番様のイドクロア装置で……」

「おだまりなさい! Z5番さん!! わたくしのいない間に3番の座を横取りしたクリムトの話はヤメるのです!! ああ、忌々しい! あのような男を弟子になんてするんじゃありませんでしたよ!!」


 3番クリムト・ウェルスラーは、Z3番ロブ・ヘルムニッツの弟子である。

 だが、生粋の研究者である3番は師が捕縛された際にも「そうですか」とだけ述べるにとどまり、感想めいた言葉は残さなかったと言う。


「雷門の! そっちのデカいのを近づけせんでくれぇ! ワシらとは相性が悪いけぇのぉ!」

「分かりました! 『土器土器壁作りの街道ドキドキウォールストリート』!!」


「うっ! これは……! Z3番様! 迷路に迷い込みました!!」

「おバカですねぇ、Z5番さん! そんなもの、自慢の怪力で壊してしまいなさい!!」


 Z5番バッツ・ホアン・ロイ。

 説明するまでもなく、脳筋タイプである。


 考える事が非常に苦手だが、勤勉で真面目な性格が災いして戦場で迷子になる事がままある。

 よって、Z3番のように知略に長けるタイプと組ませるのが正しい用兵術。


「ボンバァァァァァァ!!! ファイアァァァァァァァァァ!!!」

「……マジかいや。こりゃあ、間違いなく木原の小僧の出番じゃろ。もう、この敵さんがのぉ。完璧にあやつとキャラ被りしちょるで。木原のはどこ行ったんじゃ!?」


 木原久光監察官は未だに『封印玉シール』によって煌気オーラを封じられていた。

 少しだけ複雑な構成のイドクロア武器で、解除するのは実力者になればそれほど難しくない。


 はずなのだが、ご存じの通り。

 木原必光は脳筋を極める事で監察官最強の座にたどり着いた男。


「うぉぉぉぉん! ナイフ引っこ抜こうとしたら、柄だけ砕けたぜぇぇぇ! 刃が取れねぇんだよぉぉぉぉ!!」


 ご覧の有り様である。


 なお、逆神六駆が転移してくるまで残り6分と30秒ほどかかる。

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