第106話 軍議 目前に迫る帝都・ムスタイン

 アタック・オン・リコは荒野を走っていた。

 その先にはルハイオ湖と呼ばれる大きな水源があり、そこを超えると帝都・ムスタインまではもう15キロもない距離となる。


 反乱軍はルハイオ湖を拠点とし、最後の休息をとる事と相成った。


 いくら移動要塞の中が快適でも、冷房完備で各椅子にはマッサージ機能が付いていても、やはりずっと室内に閉じこもっていると迫る戦いの時を意識してしまい、焦燥感と閉塞感に襲われる兵だって出て来るのが人間の精神構造。


「クララ先輩、その辺で停めてください」

「あいあーい。よいしょっと! 見た!? この完璧なブレーキング! どやぁ!!」


 六駆が煌気オーラの供給を切ったので自然と停止しただけなのだが、その事実を伝えない優しさを標準装備したおじさん、笑顔でクララを褒める。


「たいしたものですよ! これは現世でもクララ先輩の運転で出かけたいですね!」

「えっ、ホントに!? いやぁー、困るにゃー。でも、六駆くんが言うならー」


 莉子の動きは速かった。


「芽衣ちゃん! 六駆くんを押さえて!」

「はいです! 師匠、身の安全のためならば芽衣は鬼になるです!!」


「あああっ!? なんで!? ちょ、莉子さん!? 僕、今回はまだ何もしてないよ!?」


 クララの運転でドライブ。

 その言葉だけで魂が3度は抜ける莉子と、莉子が幽体離脱している間に賽の河原で一足お先に石を積みにかかる芽衣。


 妙なフラグが立つ気配を感じたら、問答無用でぶっ壊す。

 莉子が六駆から学んだ戦闘スタイルがここでも生きた。


「やあ! 若いって言うのは良いですね! 明るい彼らを見ていると、こっちまで元気になってきますよ!!」

「そうだな。私からすれば、加賀美くんも充分に若いのだが。さて、キャンポムくん。ここで全員に休憩を取らせてあげてくれるか。少量であれば飲酒も許可する」


 キャンポムも、南雲の意図を汲んで「了解しました!」と敬礼する。

 ツギッタートの街では補給をしてすぐに出発したため、久しぶりの地に足を付けた休養に反乱軍の兵士たちも大いに沸く。


「ねね、六駆くん、六駆くん! わたしたちもちょっとだけ遊んで来てもいい?」

「あー! あたしも行きたい! リーダーがこう言ってるぞな、六駆くん!!」

「うん。いいよ。3人で気分転換しておいでよ」


「芽衣は大丈夫です。多分、湖には未知のモンスターが住んでいて、その怒りを買った芽衣はパクリと食べられるのです。危ないです。危険です」


「まあまあ、芽衣ちゃん! ルベルバックなんてもう来られない場所なんだから! ちゃんと異世界を堪能しておかないと!!」

「そうだそうだー! 何事も経験だぞなー! さあ、行くにゃー!」


「みみみみみみみみみみっ!! みみみみぃぃぃぃぃっ!!」


 チーム莉子の乙女たちが楽しそうに要塞から出て行った。

 アタック・オン・リコに残ったメンバーは、話し合いを始める。


 当然、帝都・ムスタイン侵攻作戦についてである。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「とりあえず、ギリギリ話ができるレベルまで回復させた猿渡さるわたりくんです」


 六駆がガブルスから受け取った、ミノムシみたいに拘束されている猿渡を雑に床へ放り投げた。

 南雲暗殺を企み、その過程で一般人を巻き込もうとした大罪人であるからして、この扱いに異を唱える者はいない。


「そうかよ、オレぁ浄汰じょうたの野郎に見限られちまったのか。はは、無様だねぇ」

「あ、そういう雰囲気出すのは良いんで、聞かれた事に答えて下さい」


 尋問するなら任せとけ。

 我らが六駆おじさん、出動である。


「猿渡くん。我々としても非人道的な事はしたくない。が、事態は緊急を要している。どうか、私たちに非情な選択を取らせないでくれ」

「かーっ。嫌だねぇ、この善人が集まった空間は。反吐が出そうだ!」


「僕も同感です。みんな甘いんだから。ガブルスさん、紙ください」

「承知しました! ささ、こちらを!!」


 六駆は紙を持って、もはやお馴染み『紙矢カタアロー』を次々に作り出す。

 利用方法は決まっている。


「ムスタインの軍備はどうなっている?」

「ちっ。東西南北に門があるんだが、北の門だけ交易に使ってるからよ。警備が手薄な場所ってんなら、北門じゃねぇ? あいたたたたたたたっ!!」



「逆神くん、何やってんの!?」

「あ、すみません。まさか素直に答えるとは。思わず攻撃しちゃいました!」



 猿渡の尻に突き刺さった『紙矢カタアロー』を引っこ抜く六駆。

 だが、ここで正義の人である加賀美が六駆に同調する。

 彼の磨かれた鏡のように澄んだ心にまで、六駆おじさんのけがれた魂は影響を及ぼすのか。


「猿渡さんが本当の事を言っているのか、判断が付かないのは問題ですね。結局、危険を承知で誰かが斥候に出なくてはならなくなります」


 失礼。

 加賀美は実に真っ当な精神を保っていた。


「疑うってんならよぉ。監察官様ご自慢の、探索メカ使って見て来いよ。知ってんだぜぇ? オレらの行動盗み見しようとしてたの」


 南雲は直ちに通信機で山根に指示を出す。

 彼からすぐに返事が届いた。


『どうもマジっぽいですよ。サーベイランス飛ばしてみましたけど、東、西、南はガチガチに大砲やら何やらで固めてありますけど、北門だけ薄いっすね』


「ありがとう、山根くん。しかし、敢えて北門だけ防御を薄くして、我々を誘い込むつもりかもしれんな。これに関しては、猿渡くんも知らされていない可能性がある。なにせ、彼は阿久津に殺されかけた訳だからな」


 キャンポムの持っている軍事機密の載った地図とサーベイランスで撮った上空からの映像が既にまったく違うため、今回はゴルラッツ砦の時のように、ルベルバック人の土地勘も頼りにできない。


「アーハハ! 突撃してみるしかないんじゃないかい? ヘイ、ユーたち!!」

「君は湖で水遊びして来なさい。梶谷くん」


 だが、実際のところ梶谷の言う通りなのだ。

 現状、これ以上敵の内情を知る方法はない。


「我らが斥候隊の出番ですかな?」

「いや、危険だ。私たち現世の探索員が黒幕だというのに、君たちにリスクを背負わせすぎる訳にはいかない。……現状、北門からの奇襲に賭けるのが最良か。しかし、まだ問題があるな」


 南雲の言う問題の内容については、全員が理解している。


「帝都を守る兵はおおよそ60000。異界の門の守護隊まで引き上げさせて帝都での決戦を選んだからには、60000人全てを相手にする事を想定すべきかと愚考します」


 キャンポムの読みは正しかった。


 阿久津にとっては、現世との道から遠く離れた帝都まで現世チーム、特に監察官である南雲をおびき寄せた時点で、半分以上の策が決まっている。

 彼さえ現世に逃げ帰らせなければ、監察官と言う極上の人質が手に入るのだ。


「こちらは200を少し超える程度か。……うん。厳しいな」


 沈痛な面持ちの一同。

 そんな中でもほんわかぱっぱとしている男がいた。


「とりあえず、兵力差を埋めたら良いんですよね? 僕に良い考えがあります!!」


 六駆おじさんである。

 かつて、1人でいくつもの異世界を平定した男には策があった。


 今回のヤツも、多分悪魔じみたものだろうと予想するのが正しい対応である。

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