第1006話 【南極の空に乳が凪ぐ・その5】青山仁香さんのダークネス ~今、おっぱいの話しました?~

「あ! 大変です! スプリングさん、肘を怪我しておられます! 出血が!」

「この程度のかすり傷に心配はご無用です。ですが、お借りしたミンスティラリアの装備は獣人の皆様に向けられているので簡素な事を失念していました。気を遣わせてしまい恐縮です」


「私をフォローしてくださった時ですよね!? 清潔な布がないのですが! これで間に合わせてください!」


 ピリッと自分のチャイナ服のヒラヒラした部分を裂いてザールくんの手当てをするリャンちゃん。


「これは……。こだわりの装備を私のために。申し訳ありません。本当に大丈夫ですので」

「いいえ! 仁香先輩もよく言っておられます! 放っておけないと感じた時は放っておいてはいけないと!! ですので、放っておけません!!」


 アトミルカ基準だと腕や足の切断の危機が出てやっと応急処置が行われるため、本当のかすり傷でここまで懇切丁寧な気遣いを受けている事に戸惑うザールくん。

 尊敬する先輩のように放っておけない人のお世話をしたいリャンちゃん。


 大変微笑ましい。


「青山さん! どうした!? なんだ!? その黒い煌気オーラは!! それ、どうなっているんだ!?」


 川端さんはストウェア勤務からカルケルの潜入任務のために転属し、その後は再びイギリスに戻りストウェア勤務、直後にピースの襲撃で流浪の旅に出てそのままずっと大事な戦いにはノータッチで生きて来た。


 彼は仁香さんダークネスを知らないどころか、莉子ちゃんのガルルルルル化も知らない。

 急に女の子が豹変するのを見たら、おじさんは戸惑い、判断に迷い、最終的に恐怖する。


「リャンが幸せになるのは嬉しい。嬉しいのに。なんで私! ちょっとだけもやっとしたんだろう!! 私、知らないうちに汚れちゃってる!! 自分でも気づかないふりしてた事に今、気付きました!! ……どうしてこんな事に。自己嫌悪です」


 仁香さん発露がゴウッと短く轟き煌気オーラとなって表面化する。


「ヴィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ!!」

「……あれが私の? なんか機械音みたいな声で鳴いてるあれが? ……そっか。運命は変えられないってもう知ってるけど。少し呪うことくらいは許されるかな?」



 絶対に許されるかと思われた。



「……驚いたぞ、現世の戦士! よもや女子がこれほどの煌気オーラを!! 戦いに女を巻き込みたくはないが!! これを放置すれば皇国の脅威となる!! 致し方なし!! 気を失ってもらうぞ、白く可憐な女子よ!!」

「敵だって褒めてくれるのに!! 私もチャイナ服姿を可愛いって思ってたのに!! 水戸さんはとりあえずおっぱい、次に太もも! 青山仁香が褒められてない!!」


 煌気オーラ爆発バーストする仁香さん。

 いや、これは少し趣が違う。


 煌気暴走オーラランペイジである。


 それを見つめているリャンちゃんとザールくん。


「仁香先輩……すごい……!! あと、やっぱり水戸さんに褒めて欲しかったんですね! 女の子って新しい服を着るとそうなっちゃいます!」


 ザールくんが「我が師、バニング様。どっちを選んでも転ぶ時は、どちらを選べばいいのですか」と心の中で問いかけたが、当然答えが返って来る事はないのでリャンちゃんの方へと転ぶことにしたらしい。


「リャンさんもよくお似合いです。あなたの快活な印象をしっかりと表現できているかと。体術を専門にされているので煌気オーラの循環が装備で阻害されずに機能的でもあります」

「わっ! ありがとうございます!! えへへ。少し照れくさいですね。仁香先輩も水戸さんに褒めてもらった時はこんな感じなんでしょうか? 心がほかほかします!」


 仁香さんの心でプチンと何かが切れて、小鳥が羽ばたく情景が見えた。

 16号さんが踏みつぶされた時の悟飯ちゃんみたい。


「……すぐに終わらせます。返してもらいますから。うちの宿六!! そして! 私を褒めさせます! おっぱいでもない! 太ももでもない!! 私! 青山仁香を!!」


 川端さんが「ああ。青山さんもこれ、恋愛沼にハマっているじゃないか」と思ったが、そう思うだけで背筋が寒くなったのでナディアさんのおっぱいを思い浮かべて平静を保った。


 南極の空で各々の乳が凪る。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 先に動いたのは十四男・拳。

 彼もオリジナルと同じく「女子供は戦争になど出てきてはならん!!」という思考を共有しているが、仁香さんの脅威判定が一定値を超えてしまったため愛国心が勝る。


「これはいかん! 放置してはシャモジもオリジナルも危うい出力!! 我がここで仕留めねば!! 許せよ、女子!! 殺しはせぬ! 体に傷も残さぬゆえ!! 『鬼神動きじんどう』!!」


 ここに来てギアを上げた十四男・拳。

 リャンちゃんとザールくんが目で動きを追いながら「私が手を出せる次元じゃありません!」「それは私とて同じです。青山様の邪魔になってしまう」と身を寄せ合う。


「君たちが青山さんのブースターになっている気がする。リャンさん、私が君の父親だったら物申したくなるくらいに密着しているが。そして私にはもう敵の動きを視認すらできない。そうか。ストウェアにいる間に外の世界では戦闘力がこんなに上がっていたのか」


 インフレはないはずのこの世界。

 ただし、乳の世界に閉じこもっていた川端さんは置いて行かれたご様子。


「……はぁぁぁ!! 『瞬動しゅんどう』!!」

「ぬう!? こやつも逆神元流を!! ……待てよ、待て待て。これは異なことぞ。陛下がお創りになられた流派がどうして現世の戦士に伝わっておる? 逆神の直系ならばまだ分かるが、この女子は違う!!」


 現世で逆神流がねずみ講みたいに増えているという事実はバルリテロリ皇宮でも共有されている事実。

 シャモジ母さんはもちろん、東野カサゴをはじめとする東野家おさかなネームド軍団も知っている。


 が、逆神十四男は知らない。

 「偉大なる陛下の御業を流出などォォォ! それは良くないィ! 伝統と高潔なる技術が出て行くのはァァ! とても良くないィィィ!!」と興奮して血圧が上がり心身に不調をきたす恐れが高かったため、誰も教えていない。


 記憶と意思を共有しているアバタリオン。

 十四男・拳も同様に「なにゆえ!!」と少しばかり憤慨し、心を乱した。


「……あの。私を見下されましたか? 今。ちょっと私、さっきからそーゆうのに敏感になってまして。リャンみたいに可愛いおっぱいでもなければ、小鳩ちゃんや佳純ちゃんみたいに大きくもない中途半端な私のおっぱいを今、見下しましたよね?」


 良くない感じにキマっている仁香さん。

 十四男・拳がすぐに冷静さを取り戻した。


 「この女子を興奮させると良くない! ここはまず、相手の発言に共感するが得策ぞ!!」とすぐに考え直し、それを言葉にして放つ。

 十四男・拳は39歳。


 酸いも甘いも嚙み分けて、1周回って少し油断しがちなおっさん年齢。


「いや、待て待て! 女子!! そなたは可憐! その身のこなしは舞うが如し!! 戦場で舞わせるは実にもったいなき美しさよ!!」

「えっ。そ、そうですか?」


 好機到来。

 曲がらない変化球が飛んで来たら、フルスイングするだけである。



「然りも然り!! 良きおっぱいである!!」

「……今、おっぱいの話してませんよね?」


 仁香さんが先におっぱいの話したのに。



 フルスイングした結果、自打球が直撃した十四男・拳。


「くうう! 許せよ、女子!! 命の危機を覚えたゆえ!! 『鬼動乱身刺突連オーガニックピストン』!!」


 十四男・拳が慌てて極大スキルを繰り出した。

 だが、待って欲しい。


 メンタル勝負のスキル合戦において、「慌てて」というのは良くない。

 「怒りに任せて」や「追い詰められて」ならばまだ良いが、慌てることはすなわちメンタルが揺らいでいるという事。


「はぁぁぁぁぁ!! 鬱陶しいです!!」

「我の乱撃を……!! 手で払っただと……!!」



「おっぱいの話をする時は!! 命をかけてください! うちの宿六は少なくとも! そこだけはちゃんとしています!!」

「まずいぞ。青山さんがどうにか水戸くんの良いところを探し始めた。リャンさん。スプリングくん。身を守ろう。この流れは分かる。来るぞ。デカいのが」


 川端さんが機動力で置いて行かれたので余力のある煌気オーラを使い、水スキルでぶ厚い盾を構築した。



 仁香さんの拳が黒く閃いた。

 次の瞬間には十四男・拳が無数の連打で撃ち抜かれていた。


「たぁぁぁ!! ……これが『音速乳神拳おんそくNEWしんけん』です。さあ、返してください。うちの宿六。これからじっくりお話しますから。あれ? もう聞こえていませんか?」

「無念なり……。恐ろしきは現世の戦い方よ。剣。我はどうにかこの記憶だけお主に遺すぞ。行け。忌まわしい記憶!」


 十四男・拳は攻撃に出た瞬間にカウンターの形で仁香さんの極乳スキルの直撃を喰らう。

 無防備どころか自身の推進力も反転して不慮のダメージになったため、これはもう一瞬で消失しなかったことを称えるべきである。


 最後の力を振り絞って、残ったアバタリオン十四男・剣に情報を送った。

 「おっぱいには気を付けよ」と。



 しょうもない事に聞こえるが、この世界では最も気を付けておくべき重要事項である。



 仁香さんは死せる十四男・拳に見向きもせずに壁に突き刺さっている水戸くんのところへ向かい、足を掴んで引っこ抜く。


「本当に放っておけませんね。水戸さんは。自分で脱出もできないんですか?」

「に、仁香すわぁん。ああ……。やっぱり仁香さんは特別な人だなぁ。いい匂いがするぅぅぅぅ。すぅぅぅぅぅぅ。はぁ。すぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」


 水戸くんが仁香さんのおっぱいでもなく、太ももでもにない事に言及する。

 匂いである。


「そ、そうですか? 私、そんなにいい匂いします? 匂いって大事らしいですよね! 京華さんが言っておられました!!」

「仁香すわぁん! おっぱい少しよろしいですか!?」


「よろしくないです!! ……黙って見てください」


 川端さんは身の安全とこれからの作戦行動を鑑みた結果「……不用意な発言は控えよう」と静かに頷くのであった。


 十四男・拳、おっぱいによって撃破。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る