第1005話 【南極の空に乳が凪ぐ・その4】川端一真監察官(FA・来季契約先未定)VS十四男・拳 ~拳の使い手乙女が心を曇らせているので私が戦います~

 我々は1人のお排泄物を失った。

 しかし、これは敗北を意味するのか。


 否。


 エコだよ。これは。


「ゔぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ」

「面白き、面白き!! まるで打ち上げられた気味の悪い魚が如き!! 現世の戦士よ! 貴官は何を思って全裸で特攻して参ったか!! いっそ興味を引かれる! 是非とも教えてくれ! 死する前に!!」


 水戸ミサイル、十四男・拳に通じず。

 ブルブル振動しながら直立不動で固くなっている水戸くんを文字通り拳で受け止める。


 殴り飛ばせば良いのに。


「……あの。川端さん。すみません」

「ああ。そうだな。ここは青山さんを中心に隊列を立て直そう。君が部隊の中で最も拳闘に秀でている。我々は援護だ。リャンさん。スプリングくん」


「あ。いえ。何と言いますか。申し上げにくいのですが」

「君らしくもない。数多の戦いを潜り抜けて来たのだから、戦闘中において言いにくい事だろうとメンバーで共有する事の重要性は理解しているだろう」


 仁香さんが俯きながらぽつりとこぼした。



「あの……。チャイナ服の下に私、インナー着たんです。その下にはスポブラしてるんです。南極に来て寒いかなと思いまして、隙を見て着込みました。それでですね、服の膨らみを見せただけで興奮する水戸さんを敵に投げつけて、結果……敵が無傷というのは。なんだか私、さすがにちょっと罪悪感が。その上、水戸さんが人質みたいになっているので。私、先陣を務めてもなんだか上手くいかないような気がして……。あの、こんなメンタルじゃスキルすらまともに発現できない気も……」


 本当に言いにくい事だったので、うっかり共有した川端隊の士気が下がった。



 考えて欲しい。

 確かにチャイナ服は魅力の塊である。


 好きな子が着てくれたらそれだけで世界は輝くし、明日への希望で満ち溢れるだろう。

 ただ、服である。


 素肌の上にダイレクトでサテンの、あるいはレーヨンの、本場であればシルクの生地を纏っているのならば2時間くらい見つめるだけで一万円札が何枚か喜んで財布から飛び出るだろう。

 しかし、仁香さんは普通にインナーの上から着ている。


 非日常体験ではあるが、コスプレレベルの可愛いセクシー。

 それでホイホイとテンションぶちアゲて覚醒する水戸くんが悪いのだが、そのアゲアゲ水戸信介を極大スキルで発射したのは仁香さん。


 ちょっと罪悪感が勝っていた。

 こちらの乙女、極めて面倒見の良いお姉さんでダメな子でも見捨てない。


 莉子ちゃんをダイエットさせたと言えばその偉大さが伝わるだろうか。

 何度知らないうちにミスドへ渡航されても突き放すでもなければ牧草地帯に放置して来るでもなく、「頑張って食べちゃった分を取り戻そう」と方針を変えないほどに誰も見捨てない。


 ただ、水戸くんは見捨てて、兵器に転用して射出した。

 結果、水戸くんが無意味にダメージを負って今もビチビチしている。


 世界にとっては有益だが、仁香さんにとってはちょっと心がモニョっとして曇るに充分な事実。

 このお姉さんはお排泄物と相性が良すぎた。


「よし。私が出よう」


 そんな訳で、川端一真監察官。

 十四男・拳と相対する。


「私は正々堂々とした勝負をしたい気持ちもあるが。負けるわけにはいかない。リャンさん。スプリングくん。援護を頼む。……私と敵の相性は考えるまでもなく、すごく悪い!!」


 敵は高機動性を駆使して接近戦で勝負を仕掛けてくる手数の多い武闘家タイプ。

 対して、川端さんは水スキルで隙を作って蹴りメインの威力に重きを置いた体術タイプ。


 似ているが、大振りの一撃を繰り出す間に10発くらい拳を叩き込まれるのはスピードの差で明らかであり、十四男・拳の一撃は一般的な観点から見ると充分に重いので、川端さんが何かを繰り出そうとすれば多分初手でやられる。


「……あはは。私、何してるんだろ」


 それでも退けない。

 25歳の乙女が自分のおっぱいを捧げて勝利に貢献しようとして、結果、なんかすごく悲惨な曇り方をしている。


 ここで引けば、おっぱい男爵の名折れ。

 爵位を返上するくらいならば戦場に散るのもまた一興。


「2人とも。念入りにフォローしてくれ。耐久性にはそれなりの自信がある。ただ、勝てる気はしない。良いか。フォローというのは私をフィニッシャーにするためのお膳立てではない。好機と思えば仕留めにかかるんだ。私は一向に構わんッ!!」


 やっぱり戦場に散りたくはない。

 爵位なんか放棄して、フランスでムッシュ川端になってナディアさんとよろしくするのだ。


 情けない勝ち方だって、そんなの関係ねぇのだ。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 十四男・拳は待ってくれる。

 十四男・銃もそうだったが、逆神十四男は武人として正々堂々を好む。

 もちろん戦局によっては速攻必殺を仕掛ける事もあるが、今の状況だとそこまで焦る必要もないため、ちゃんと待ってくれる。


「これはしばらく脇に置いておくとしよう。陛下へ良い土産ができた」

「ゔぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ」


 不敬罪で処されそうなお土産水戸くんを防壁に突き刺して体をほぐし、川端隊の作戦会議を待つ。


「よし。では、打ち合わせ通りに行くぞ。君たちと組むのは初めてだ。そして最後だろう。だが! 思いはひとつ!! 勝つぞ!!」

「はっ!」

「了!!」


 待ってもらっていたのに「お待たせしました」は言わずに攻撃へ打って出る。

 戦いとは非情なものですな。


「スプリングくん。君も水スキルを得意とするようだな! 私も日本本部では屈指の水スキル使いとして名を馳せたものだ!!」

「そうだったんですか!! 私、存じ上げませんでした!! すみません!!」


 リャンちゃんは正直で素直で優しい子なので、合いの手はキッチリ入れるがそこに忖度が存在しない。

 「そんなでもないですよ!!」と応じられた川端さんは「確かにそんなでもなかった」と気を引き締めた。


「いえ。川端監察官の水スキルは大いに学ぶところがあると私は考えます。敵対していた頃に拝見し、アトミルカのデータベースにもあなたの蹴りと水スキルのコンビネーションは脅威であると記載されていました」

「……そうか。下柳さんが持って行ったデータか。……あの人、裏切り者だが意外といい人だな!!」


 川端さんのメンタル回復。

 煌気オーラ爆発バーストを済ませると噂になっていた水スキルを早速発現した。


 相手が待っていてくれる。

 この好機はスピードで劣る川端さんにとって千載一遇かもしれない。

 最初から本気で行くのがマスト。



「見るんだ!! バルリテロリの重鎮!! これが私の水スキル!! つぁ!! 『乳液にゅうえき』!!」

「それはデータがありませんでした。……水スキルですか?」


 違います。

 乳スキルです。



 川端さんの具現化した乳液でお肌が保湿される。

 このスキルで川端さんの肌年齢は27歳と傑出した記録を叩き出しており、乾燥する寒冷地帯の航行も乗り切ってきたのだ。


「つぁぁぁぁっ!! 『断崖集気弾だんがいしゅうきだん』!!」

「…………白い液体は何のために。いや、高度な駆け引きに私のような未熟者が口を挟む事の無意味さを知るべきか。援護します!」


 川端さんのお肌がプルプルになり、いつもの飛び上がってからの降下する蹴りと煌気オーラ弾のコンビスキルを発現。


「ぬう! これは見事な一撃!!」

「敵も意外と物分かりがある!! 続けていくぞ!!」


「続けはさせぬさ。見事なれど見事止まりよ。脅威にはなり得ぬ。『鬼動きどう』!! 『鬼死突きしとつ』!!」

「……やはり速い!! ちょっと私では対応できない!!」


 超スピードで移動しながらその推進力を突きの威力に変えて吶喊。

 どこかで見た事があると感じた諸君は大変に聡明。


 莉子ちゃんがムチムチしたりしてなかったりしていた時期に一瞬だけ使っていた、『瞬動しゅんどう』の上位スキル『閃動せんどう』からの『絶突ぜっとつ』による瞬攻一殺の型。

 煌気オーラをかなり消費するが敵に反撃の隙を与えない、体術スキルを使用した戦闘における1つの答えである。


「せぇいっ!! 『一陣の拳ブラストナックル』!!」


 川端さんがそんなに活躍していないのに何度目かの絶体絶命を迎えた瞬間、ザールくんが十四男・拳の横っ面を叩く。

 これはバニングさんの得意とするスキル。


 速度に特化すれば風の如き一撃に。

 強さに特化すれば豪風が如き圧拳に。

 飛ばせば煌気オーラ弾よりも強力な遠距離攻撃にもなる。


「ぬう!?」

「私ではバニング様の半分程度の出力も出せないか! リャンさん!! お願いします!!」


「了!! 『迅速回転脚ソニックサマーソルト』!! もう一連!! たぁぁ!!」


 リャンちゃんは小柄な体躯を活かした空中戦が真骨頂。

 飛び上がると十四男ランドの天井を蹴ってくるりと回転し二連脚。


「なるほど、なるほど! その大きな御仁は囮か!! 思い切った事をする!! 最も威力のあるアタッカーを敢えて捨てるか!!」

「そうだ!! 結果的にそうなった!! 個人的には久しぶりに極大スキルを発現したのに普通にいなされてショックだが!! 若者たちが頼りになるのでな!!」


 蹴りの勢い余って体勢を崩したリャンちゃんを空中で抱きかかえて着地したザールくん。


「大丈夫ですか? 素晴らしい反射神経ですね。すみません。お名前で呼んでしまい」

「ほわっ! こちらこそ申し訳ありません! お手を煩わさせてしまいました!!」


「なんの。当然の事です。お気になさらず」

「スプリングさん……! あの!」


「はっ。なんでしょうか」

「私、おっぱい小さいのですが! よろしいでしょうか!?」



「はっ。……は? …………よ、よろしいと思いますが」

「ありがとうございます!! 仁香先輩と屋払隊長に言いつけられていまして! 誠実な男性を見つけたらとりあえずアタックせよと! よろしくお願いいたします!!」


 リャンちゃんは素直で正直な子です。



 川端さんが「おや。若者たちの間で何か始まったぞ」と感じた刹那、もうそんな事は意識から消えていた。

 ぞくりとする悪寒、恐怖を覚えるに充分な圧を後背から感じたのだ。


「…………リャン? ううん。気にしないで。私が言ったんだから。ただ。ちょっとお相手が高め過ぎて! 私、すごく! この気持ち、どうしたら良いのか分からない!!」


 仁香さん、後輩になんか始まりそうな気配でダークネス化。


 水戸くんだんなは壁に刺さってビチビチしております。

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