第480話 【久坂隊その10】じいちゃんのささっと治療! 逆神六駆、再起動!! 日本探索員協会本部・医療室

 日本探索員協会本部。

 医療室では、かつてない治療行為が始まろうとしていた。


 治療される側が「うっかりメタルゲルの外皮を食べた」と言う時点で前代未聞ならば、治療する者は「転移スキルを使って直接体内に侵入し異物を排除する」と言う常軌を逸したものであり、極めて高い注目が集まっていた。


「私が治癒スキル使いの代表として見学させていただきます! 楠木監察官室所属のAランク探索員、山本大山と申します!!」


 山本やまもと大山たいざんAランク探索員は31歳。

 元々はダンジョン攻略を専門にしていたAランクだったが、治癒スキルのスペシャリストである和泉正春Sランク探索員にその才能を見出され、20代半ばで現場を離れる事を決意。


 その後はフリーSランクである和泉の指導を受けながら、楠木監察官室にて治癒スキルを鍛えており、本作戦における本部待機組の中では医療班のリーダーを務めていた。

 元から治癒スキル使いの数は少ないため、Aランクに到達している者でもかなり希少なのだ。


 向上心のある大山は、「空前絶後の大治療が行われるらしい」と聞き及び、治癒スキル使い全員の後学に役立てばと記録係と補佐の任に立候補していた。


「これはすみませんですじゃ。ワシのような老いぼれの、実に古臭いスキルを使った荒療治などが若い皆様の参考になるかは自信がありませんがの」


 逆神四郎の噂は既に協会内でも広がっており、最初は「構築スキルの達人」として、雷門監察官を超える出自不明のスーパーじいちゃんとして。

 次いで、カルケルにおける任務は一部の者にしか知らされていないが、そののち久坂監察官室へと所属し臨時顧問の役職に就いてからは、教えを乞うものに広く指導をする傍らで【黄箱きばこ】と言う新技術を提供した。


 それだけの実績を残しても常に謙虚な逆神四郎。

 このような経緯によって、既にこの老人は協会内でも超の付く有名人となっていた。


「おじいちゃん……。六駆くん、大丈夫ですよね? ふぇぇぇ……」

「莉子ちゃんや、元気を出すのじゃ。六駆が食あたり程度でどうにかなるはずがないからの。ほっほっほ」


 そう言うと、四郎は30センチ程度の正方形を空間に展開する。

 それは紛れもない『ゲート』であった。


「ワシは六駆や大吾と違って、そもそも『ゲート』を習得しとらんかったじゃて。年を取ってから覚えたものですからの。このサイズを維持するのが精いっぱいですじゃ」


 大山は謙遜しているのか自分の力を恥じているのか分からない四郎の発言に息を呑む。

 そもそも、空間転移スキルは数多ある煌気オーラ使用方法の中でもトップクラスに習得が難しく、ゆえに協会本部の名だたる猛者たち、果ては監察官の大半も【稀有転移黒石ブラックストーン】に頼っているのが現状である。


 それを「年取って覚えました」と軽く言う四郎の底知れぬ能力に、彼は恐怖に近い尊敬の念を抱く。


「さ、逆神臨時顧問……!! 質問よろしいでしょうか!?」

「そのように大層な名前で呼ばんでくだされ。ワシの事は四郎で結構ですじゃ。探索員として先達の孫も逆神ですからの。紛らわしかろうかと思いますのじゃ」


「で、では、四郎さん……! これからどのような治療を?」

「治療と言うほど大げさなものでもありませんのじゃ。このように、現在ワシの『ゲート小盛ショート』は六駆の体内にある異物の付近と連結しとりますじゃ。これは、体内にある六駆の煌気オーラを含んでいないものを『基点マーキング』として応用しただけですの」



 既に何を言っているのか理解できなくなってきた山本大山Aランク探索員。



 だが、彼はとりあえず四郎の言葉を全て記録していく。

 それから治療に入るのだが、それは実に呆気ないものだった。


「そいや! 『吸着大掃除ダイソンフルパワー』!!」


 四郎がスキルを使うと、シュゴゴゴと何かを吸い出す音が聞こえる。

 大山は「あ。歯医者さんで口の中に溜まった水とかを吸い取るヤツの音に似てる!」と思ったという。


 そして感想を抱き終えた頃には、治療は終わっていた。

 四郎の右手には、球体で固まったメタルゲルの外皮が700グラム分握られている。


「……え? あの、今のスキルは!?」

「これは、ワシが家で掃除をするときに使っておるスキルですじゃ。対象の座標を指定して、とにかく吸い込む事に特化した、しょうもないスキルですじゃ。ほっほっほ」


 そう言うと四郎は『ゲート小盛ショート』を閉じて、莉子の肩を優しく叩いた。


「莉子ちゃんや。あとは少しだけ六駆に煌気オーラを与えてくれるかの? それが気付けになるのじゃ。ワシの煌気オーラなんぞよりも、莉子ちゃんのものの方が六駆も嬉しいじゃて」

「ふああっ!! おじいちゃん……!! はい、小坂莉子! 煌気オーラを送ります!!」


 その時の莉子さんは張り切りまくっていたため、協会本部の煌気オーラ計測器の実に4割が異常値を感知し、そこかしこから警戒アラートが鳴り響いたという。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 その頃、久坂剣友監察官は55番と共に木原監察官室を訪れていた。


「うぉぉぉんっ! じいさんじゃねぇの!! なんだ、オレ様の出番がついに来たのか!?」

「おーおー。もう既に仕上がりまくっちょるのぉ。近くにおるだけで煌気オーラの圧がきっついわ。木原の。お主に仕事持ってきちゃったで!」


 楠木秀秋後方防衛司令官との協議の結果、木原久光監察官に特別任務が下されることとなった。

 それは、各拠点で倒されたアトミルカシングルナンバーの身柄確保である。


「うぉぉぉぉん! なんだよぉぉぉ!! それ、すっげぇつまんねぇヤツじゃねぇかよぉぉぉ!! 最前線に行かせろよぉぉぉぉ!!」

「そうは言うがのぉ。今回の敵さんは搦め手を使つこうてくるらしゅうてのぉ。お主の相手にするっちゃあ相性が悪いんじゃよ」


「オレ様の仕上がったこの体はどうすりゃいいんだよぉぉぉ!? もう、たぎってたぎって、仕方がねぇんだぜぇぇぇ!!」

「55の。楠木のから預かって来た地図を投影してくれぇ」


「了解した! 久坂剣友! 木原久光、こちらを見て欲しい!!」


 そこには各異世界で既に倒されたアトミルカのシングルナンバー。

 6番。7番。9番の位置座標が表示されていた。


「おいおい、じいさん! まだうちの味方がいるとこが多いじゃねぇのよ!!」

「そうは言うがのぉ。五楼の嬢ちゃんのとこと、修一のとこはまだ交戦中なんじゃ。お主が転移する頃には終わっちょるかもしれんけどのぉ。疲弊が激しかろうて。多分、身柄確保してこっちに転移する余裕はないじゃろっちゅうのがワシらの見解じゃ」



「木原久光! ちなみにこの中には、木原芽衣が参加している南雲隊も含まれている!! 恐らく木原芽衣は大活躍したあとで、疲労が大きいと思われる!!」

「じいさんとこの弟子!! おめぇ、見どころあんじゃねぇの!! よし、芽衣ちゃまのお手伝いにオレ様は行くぜぇぇぇぇ!!」



 久坂は「ほんに、55のは人を動かすのが上手いのぉ」と感心する。

 そののち、「まずは誰もおらん状態になっちょる、クモリメンスから頼むで」と言うと、必要な【稀有転移黒石ブラックストーン】を全て置いてから、久坂と55番は部屋を退室した。


 木原監察官が発進したのはそれから30分後の事である。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 医療室に戻った久坂と55番の前には。


「あ、どうも! 久坂さん!! おかげさまで元気になりました! ところで、ウナギ食べに行くんですって!? それ、僕も数に入ってます!?」


 すっかり元気になった逆神六駆の姿があった。


「おーおー。若いっちゅうのはええのぉ。食あたりから回復して、まず食い物の事を考えるっちゃあ。……まあ、ウナギはこれからの働き次第じゃの」

「任せてください! もう万全ですよ! 莉子とじいちゃんのおかげで!」


 六駆の右腕には莉子さんがくっ付いている。

 オマケと言うには、余りにも強大な付属品。


 久坂は言った。


「これからワシらは、アトミルカの本拠地であるヴァルガラに飛ぶで! 雨宮のがどさくさに紛れて転移座標を作うちょってくれてのぉ! 状況が分からんが、多分あやつら捕まっちょると思うけぇ。援軍としてワシとお主が選ばれたんじゃわ。莉子の嬢ちゃんも離れそうにないから、こりゃあ戦力さらにアップじゃの! ひょっひょっひょ!!」


 逆神六駆、ついに再起動。

 行先は南雲隊とは別のアトミルカ本拠地。


 最強の男がようやく動き始めた。

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