第481話 【呉の老人会その1】牙を剥く、異次元の老婆たち 異世界・ゴラスペかつて第一砦があった更地

 逆神みつ子、異世界に堂々見参。

 初めてやって来たとは思えない落ち着きっぷりは年の功だろうか。


「逆神くんのおばあ様!? ああ! 監察官会議で議題に上がっていた、呉の煌気オーラ爆発の!?」



 南雲監察官。違う。それは小坂莉子さんがやらかした件である。



「うにゃー! 莉子ちゃんが言ってたぞなー! 六駆くんのおばあちゃんはすごいって!」

「いえ、凄すぎませんこと? 先ほどの煌気オーラ砲、六駆さんの『大竜砲ドラグーン』とほとんど出力が変わりませんでしたわよ」


「みみみっ。九死に一生を得たです! さすが師匠のおばあさんです!! みみっ!」

「いや、本当にね。逆神家って規格外の人しかいないんだなぁって、今更ながらに実感するよ」


 一方、突然出現した老婆に必殺のスキルを防がれるどころか、軽く相殺された5番。

 パウロ・オリベイラの心がほとんど折れていた。


「もうダメだ……。お年寄りにスキル弾かれるとか……恥ずかしくて死にたい。19番さん、ボクの死体は故郷のブラジルに埋葬してください……」

「何を申されますか! あなたのスキルの特性をお忘れか!? ネガティブが極まった時こそ真価を発揮するものでしょうに!! さあ、想像の世界にお逃げなさい!!」


 パウロの創造スキルは、彼の「もう現実に耐えられない!」と言うネガティブな感情がきっかけとなり、空想に耽ることで発現される特殊なもの。

 つまり、現実に打ちのめされるほどに強くなる。


「ああ……。そうだ、空想の中でくらい無双したい……。いっぱい兵隊を出して、数で押せばどうにかなる! 気がしないでもない……かもしれない……」


 パウロの煌気オーラが上昇し始める。

 みつ子は動かない。


「はぁ……。『ギガントソルジャー・フォッシル』!!」


 パウロが発現したイメージは、巨大な兵士たち。

 それぞれが全長10メートル近くあり、深刻な現実逃避がうかがえた。


「なんてスキルだ……! こんな煌気オーラの構築は見たことも聞いたこともないぞ!! ある意味では、逆神流のような極めて特異なものだ! おばあ様、ここは一時撤退しましょう!! 我々のためにご無理をなさってお怪我でもされては……!!」


 みつ子は「なっはっは!」と豪快に笑う。


「あんたが南雲さんやね? 莉子ちゃんからよう聞いちょったけど、本当にええ上司じゃねぇ! こねぇな人の下で働けるなんて、うちの孫は幸せ者っちゃねぇ!!」

「いえ、おばあ様! 本当に、もう充分なほど助けて頂けましたから!!」


 と、ここで芽衣が気付く。

 煌気オーラ感知能力では南雲修一監察官を抜き去り、部隊で一等賞の彼女。


「みみぃ!? 強力な煌気オーラがまだ『ゲート』から出て来るです!! みみみみっ!!」

「あらぁ! 小さいのによう気付いたねぇ! あんたが芽衣ちゃんかね? 聞いちょったよりも可愛いねぇ! あたしゃ自分を過信するのは性に合わんけぇね。ちょっとお友達も誘うて来たんよ! ねぇ、みんな!!」


 みつ子の声に呼応して、さらに3人ほど影が増える。

 そのいずれもが凄まじい煌気オーラを保持しており、何もしていないのに南雲の『古龍化ドラグニティ二分の一ハーフ』に匹敵していた。


「紹介しちょこうね! この紫の髪がセクシーなんは、『呉の紅い弾丸レッドバレット』で有名な節子さん! こっちの久恵さんはひ孫ができたんよ! 『呉の断頭台ギロチンキラー』の異名で通っちょるの! ほいでね、よし恵さんは老人会の副会長してくれよるんよ! 『呉の鮮血の雨合羽ブラッドレインコート』って言えばこの人いね!!」



「……山根くん。私はもしかして、瀕死になって幻を見ているのだろうか?」

『その理屈で行くと、自分も瀕死になってる事になるんで。多分現実っす』



 置き去りにされた南雲と山根を残して、呉の老人会の進撃が始まる。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 パウロの具現化した巨人兵たちは、単純な攻撃力だけならば一体がSランク探索員クラスの力を有している。

 それらが、ネガティブな思考に導かれて動き始めた。


「みつ子さん! あたしゃ、一番槍をもろうてもええかね?」

「久恵さんは張り切っちょるねぇ! ええよ、ええよ! やりんさいや!」


 久恵が両足に煌気オーラを充填させ、上空高く飛び上がった。

 かと思えば、両腕に高密度の煌気オーラを集中。そのまま手刀を作り急降下しながら巨人兵に襲い掛かる。


「ひぃやぁぁっ!! 『獄門断頭台ヘルズギロチン』!!!」

「うわぁ。ボクの苦労して出した兵隊が……」


 次にかかろうとする久恵だったが、その足が止まる。

 彼女は言った。


「ごめんねぇ。ちぃと腰が痛いんよ。誰か代わってくれる?」

「久恵さん、若い子の前じゃからって張り切るけぇよ! じゃあ、あたしが代わろういねぇ!」


 次に立ち上がったのは、節子。

 彼女は遠距離攻撃を得意としており、協会本部が誇る名スナイパー雲谷陽介Aランク探索員のように銃を具現化する。


「山根くん。節子さんの出した銃さ。大きくない?」

『でっかいっすね。あれ、もう銃じゃなくて大砲っすよ』


 節子は銃を構えて、煌気オーラを込める。

 彼女は弾丸を具現化するのではなく、直に煌気オーラ弾を放出するタイプ。


「ほぉぉぉっ! 『狂弾クレイジー血の池地獄レッドショット』!!」


 彼女は1日に一射しか撃たないと決めている。

 それでストレス発散に事足りるからである。


 節子の放つ銃弾はあまりの速度と威力で視認する事が出来ず、後に遺る深紅の軌跡が敵の殲滅の証拠として存在していた。


「19番さん……。おばあさんたちにボコられるボクって、生きてる価値あります?」

「その調子です! どんどんネガティブになられてください!!」


 残った巨人兵のサイズがさらに大きくなり、硬度も増す。

 これはさすがの老婆たちでも厳しいか。


「……あたしが出ようかいね」

「まあ! よし恵さんのスキルが見られるん!? 久しぶりじゃねぇ!」

「本当にねぇ! よし恵さん照れ屋じゃけぇ、滅多に見せてくれんもんねぇ!!」


 よし恵は両手をクロスさせると、巨大な鎌を具現化した。

 身の丈よりも大きな鎌をヒュンヒュンと回転させながら、巨人兵へとゆっくり歩み寄る。


 次の瞬間、よし恵の目が開かれた。


「……かぁぁぁっ!! 『血雨の輪舞曲ブラッドロンド』! ……なんかいね。呆気ないねぇ」


 まるでダンスを踊るように動いたかと思えば、その手に持った鎌が狂気を放ち、次の瞬間には巨人兵がバラバラになっていた。

 煌気オーラを切り裂くスキルは希少であり、かつて異世界に老人会の旅行で出かけた際に現地の人獣に襲われた際にはよし恵が独りで30人以上を相手にしたという。


 彼女の踊りの後には真っ赤な血の雨が降り、その際に雨合羽を着ていたことから『鮮血の雨合羽ブラッドレインコート』の異名を誇るようになったとか。


「あの……。おばあ様。よろしいでしょうか?」

「どうしたんかね? 何でも聞いてええんよ! 六駆の上司はあたしの孫みたいなもんじゃけぇね!」


「いえ。皆さんの強さが異常と申しますか、凄まじすぎて理解が追いつきません。既にお一人が監察官クラスの実力なのですが……」

「監察官っちゅうのがよう分からんのじゃけどねぇ。あたしら、毎日暇しちょるんよ。ラジオ体操と煌気オーラの出力を上げる訓練を日課にしよるから、それのおかげかもしれんねぇ。ラジオ体操は体にええんよ? 知っちょるかいね?」


 南雲は何も言わなかった。

 何も言えなかったと置換することもできる。


「みんな、あたしが1番いいとこ貰ってもええかいね? 後で怒らんでよ?」


「みつ子さんは老人会の会長やけぇね。あたしら文句は言わんよぉ」

「ねぇ。こうやって慰安旅行企画してくれたのもみつ子さんじゃし」

「……好きにやりぃさん」


 仲間の信任を得た逆神みつ子。

 彼女は5番パウロ・オリベイラの前に立ちはだかった。


「それじゃあね、ちぃとだけ、ばあちゃんがお仕置きしちゃろうね! あんたも反省したらやり直せばええんじゃから!!」


 呉の軍勢。

 その頭目である逆神流の最年長者。


 実力の程はいかに。


 なお、南雲隊は既に言葉を失って久しいため、後方の岩場で邪魔にならないように身をかがめている事を付言しておく。

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