第432話 待っているのは4つの未踏ダンジョン

 五楼京華の再起動を待っている間に、作戦の一部について話を詰める南雲修一。

 一部とはいえ、非常に重要な事項である。

 これをないがしろにすると、戦いはほぼ負ける。


「ダンジョンについて話に入る前に、協会本部の防衛担当を決めておきたいと思います。皆さんには言うまでもないと思いますが、念のため。今回の作戦は過去に類を見ない程の大掛かりなものですから、協会本部の防御が一時的に極めて弱くなります」


「なるほど。私と楠木さんは後方指令と言う事ですか」

「雷門の。お主、そろそろ泣いちょかんとまずいような気がするで」



「せ、せやかてぇ! わた、私はヒィーフゥゥハァッ! 好きで号泣のキャラ付けを受け入れたナッハンイィヒィー、訳では、訳ではなくてぇ! ただ、マジメに喋っただけだとンンァァイッ! 誰か分からへん言われて!! もうどうして良いかウウゥードゥフゥハァアン! 分からな、分からナ゛ッ!!」


「雷門の。なんかすまんかった。ワシが悪いわ、今のは」



 雷門善吉、久しぶりに号泣する。

 その様子を見て「雷門監察官は元気そうだなぁ」と感じた監察官たち。


「概ね雷門さんのおっしゃる通りです。後方防衛司令官には楠木監察官を。防衛戦力として木原監察官と雷門監察官。お三方には、協会本部に残留して頂きます」


 楠木が「ええ。お任せください」と頷いた。


「ボクのような半端に衰えた者は前線に出ても邪魔になるだけですからね。久坂さんのようにはなかなかいきません。その分、皆さんの背中はきっちりと守ります」

「楠木のおじきがそう言うんじゃ、オレ様もワガママ言えねぇじゃねぇのよ! 南雲ぉ! 盛り上がってきたら呼んでくれよぉ?」


「はい。木原さんの力は緊急時の予備兵力として考えています。必要に応じて、逆神くんの『ゲート』でお迎えにあがることがあるかもしれません。その点を心に留めておいて頂けると」

「うぉぉぉんっ! 任せとけぇ!! ここは芽衣ちゃまの職場でもあるからよぉぉ!! 敵は全部叩き潰してやるぜぇぇぇ!!!」


 南雲が「まあ、そうならないのが一番なのですが」と答えたところで、五楼が会議に復帰した。

 「すまん。最近は南雲と行動を共にしていたせいか、痴れ者の名前を聞いて前後不覚に陥ってしまったようだ」と彼女は非礼を詫びた。


「では、01番くん。待たせてすまなかった。ダンジョンについて説明を」

「了解しました。ミスター・南雲。01番、解説シークエンスに移行します」


 そう言うと、01番の目から地図がスクリーンに投影された。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 01番は最初にドイツの南東を指す。


「これはコラヌダンジョンです。ワタシのデータベースには、最重要拠点と記録されています」

「なるほど。軍事拠点・デスターに通じていたフォルテミラダンジョンはイギリスだったから、位置関係的にも重要性を感じますね。すみません、もう号泣できません」


 五楼が「泣かんでいい」と言って、雷門の言葉に捕捉する。


「私と南雲は事前に情報を確認しているのだが、このコラヌダンジョンは出現するモンスターが極めて強い。自然のものなのか、アトミルカの手が加わっているのかは分からんが、異界の門に到達するまでに部隊が息切れを起こす恐れがある」


 そこまで聞くと、探索員の生き字引が仕上げにそっと言葉を添える。


「ほいじゃったら、煌気の回復ができる六駆の小僧がおる南雲隊が適任じゃろ。最重要っちゅうことは当たりの可能性も高かろうて。異世界に入って『ゲート』出してくれりゃ、すぐに合流できるしのぉ」


 久坂の意見に異論は出ず、南雲隊の担当がまず決まった。

 01番は機械的に情報を提示していく。


「次は、ブラジルとチリの国境沿いにあるピーライダンジョンです。繋がっている異世界にはかつてアトミルカの技術局があったのですが、現在は別の用途で使われている模様。付記事項として、このダンジョンは3番によるトラップが多数仕掛けられています。ワタシの計算では久坂隊が適任と判断。生存確率は80パーセントを超えます」


「ほぉ! 01嬢ちゃんのご指名か! ほいじゃったら、ワシらが行こうかのぉ! ハズレの2割を引かんように祈るだけじゃ! ひょっひょっひょ!」


 久坂隊の進軍先も決定。

 「縁起でもないことを言わんでください」と南雲と雷門、そして五楼がほぼ同時に言った。


 後進に愛される老人。

 できる事ならば、こういう風に年を取りたいものである。


「3つ目は情報が最も古いので、推察すらできません。情報適合率32パーセント。ですので、ダンジョンの特徴だけに注力します。台湾に存在するルブリアダンジョン。極めて階層が深く、ワタシのデータベースには第32層まであると記録されています」


 五楼が「これが面倒なのだ」と唸った。


「階層が深いという事は、自軍にとって重要な拠点として運用している可能性が高くなる。ヤツらが我々の【稀有転移黒石ブラックストーン】の類似品を使用している事は、先のカルケル防衛任務で確認済みだ。01番。最後のダンジョンについても説明を頼む」



「かしこまりました。ビッグボス・五楼」

「ビッグボスはヤメてくれ。なんか縁起が悪い」



 01番は「では、ミス・五楼」と言い直して、最後のダンジョンのデータを投影した。


「エドレイルダンジョンは北極海の海底に入口があります。階層は不明。現在の運用実績も不明。ですが、常に毒属性の瘴気が充満しています。アトミルカ構成員は【転移白石ホワイトストーン】による転移でダンジョンを通らない事を考えると、こちらも重要拠点にする根拠は揃っていると判断」


 南雲が「ありがとう」と言って、モニターの向こうにいる上級監察官に質問した。


「雨宮さんのスキルであれば、毒の瘴気の中でも活動できるのではありませんか?」


 雨宮の代わりに、モニターの向こうの水戸と川端が声を大にして発言する。

 何なら腹立ちまぎれにモニターをぶっ叩いた。



『毒で満ちてるところに雨宮さんと行くんですか!? 冗談がひど過ぎますよ!!』

『毒は嫌だ。乳房がいい。毒は嫌だ。乳房がいい。毒は嫌だ。乳房がいい』



 だが、彼らの祈りは届かない。

 雨宮が「うふふ」と笑って、ドンと胸を叩いた。


『私の再生スキルで常に周囲の大気を変質させ続けたら楽勝ですよ! あららー、おじさん活躍しちゃうじゃないですか、やだー!!』

『……自分、作戦の前に休暇を申請します。実家の両親に会っておきたいです』

『私もです。ジェニファーちゃんにお別れくらいは言いたい。胸に顔を埋めながら』


 雨宮隊が一番のハズレくじを引き受けてくれたため、自動的に五楼隊は残った世界でも類を見ない深さのルブリアダンジョンを担当する事となった。


 だが、現時点ではどこのダンジョンが当たりかどうか、その点も不明なのだ。

 4つのダンジョンはいずれも国際探索員協会に未登録であり、これまで探索員が1度として足を踏み入れていない魔窟。


 安全が保障されている部隊など存在しない。


 その後、作戦の詳細について方針を共有した監察官たち。

 3時間におよぶ会議はこれにて閉幕となった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「逆神くん! 逆神くん!! 会議が終わったよ!」

「えっ!? ああ、南雲さん。えっ、終わったんですか!? いつの間に!?」


「パフェ食べ終わってすぐに居眠り始めるから! 君の意見も聞きたかったのに、01番くんに全部任せてしまったじゃないか」


 憤る南雲に六駆は笑顔で応じた。


「01番さんが言ってくれた事が全てですよ! あとは現場に行ってみないと! 机上の空論で戦争が済めば苦労しませんからね!」

「……そのセリフを笑顔で言える君が恐ろしいよ。それ以上に頼もしいけども」


 探索員協会はアトミルカとの決着をつけるべく、作戦決行日に備えるのであった。

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