第1174話 【きっと最後の日常回・その10】土門佳純さんの介護日和(さっきまでは致し日和) ~もう致しません。嘘じゃありません。信じてください。~

 前回の佳純さん回。

 和泉さんが逝った。


 世界の意思としてはもう充分に戦って、戦って戦って、戦い尽くした性善説の申し子のような和泉正春監察官にはただ安寧を差し上げたい気持ちは震えるほど高まっており、それはもう本当にガチのマジでお疲れさまでした、あとはエピローグまでゆっくり休んでいってね! と申し上げたいところもやまやま。


 さりとて日常回。

 もう予定になかった日常回であり、佳純さんなんかジャージに着替えてしまったものだから、これはもう超法規的措置と申し上げるしかない。


 この世界の法規はどうなってんだ。

 それってとっくに放棄してませんか。

 諸君の言いたい事や考えている事、近くに転がっている石を握りしめてオーバースローで投げつけても良いかな等のマンネリに対する義憤、よく分かる。


 だが、このカップルの日常を描くに単騎では足りないのである。

 致す、致さないはこの際ちょっと置いておいても、とりあえず佳純さんだけではピンク色の妄想が垂れ流されて終わる。


 ピンク色の妄想が垂れ流されるにしても、隣で「ごふぅっ」と血を吐いてくれる聖人がいるかいないかで色々と色も変わって来る。

 尺の調整とか、そういうヤツも変わって来る。


 つまり、和泉さんには安らかな時からリブートし、再び蜂起して頂くほかない。

 前回、1人の戦士が長い休息を得てからわずか数十分ののちのお話である。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「ごふぁ! げふ、ごふごふごふ!! ごふぅ!!」


 医療班に囲まれた和泉監察官室の連結ベッド。

 その中心では血を吐く虚弱な聖人。

 多くの同僚に慕われている和泉監察官が何かを訴えていた。


 氏の治癒スキルは現世において非常に稀有で、なおかつ独学に近い形で習得したもの。

 治癒スキルそのものは再生スキルから派生した属性なのだが、そちらを使える雨宮順平上級監察官は指導者としてあまり適性がないため、和泉さんが医療班の指導にあたっている。


 彼を囲んでいる医療班は皆、教え子。


 その前に、「雨宮さんはエヴァちゃんを筆頭にピュグリバーの乙女たちを凄まじい勢いで仕上げたのだから、指導者の適性はあるじゃないか」という声を一撃で封殺しておく必要がある。

 結論の出ている議論ほど無為なものはない。



 「」です。

 これだけで勝ち確である。


 多分大会によってはレギュレーションで禁止カードに指定されるレベル。



 では、聖人が吐血を始めた現場の様子を見守ろう。


「ごっふ! ごふごふ!」


 何かを訴えかけているような和泉さんの瞳。

 周囲では「ど、どうする!?」「どうって……。和泉先生を相手に我々の治癒スキルを使っても……」「ですが! 苦しみを緩和して差し上げる程度ならば!!」と侃侃諤諤の論争が起きている。


 喋ってねえで手ぇ動かせが現場の合言葉ではあるものの、こと医療に関してはまず喋って意見を交わし、ついでに責任の所在についても明らかにしておく必要がある。


 和泉さんが殉職したら、責任者の背負うアレがものすごく大きい。

 雨宮さんの霊圧が本部から消えているのである。


 未確認の情報だが、本部どころか現世から消えているらしい雨宮おじさんが仮にこのまま戻って来なければ、再生スキルおよび治癒スキルの未来は和泉さんの双肩にかかって来るため、ただでさえひ弱な氏の肩が脱臼するのは必然、それで済めば御の字、粉砕骨折あるいはシンプル、安いフィギュアみたいに肩が取れるまである。


「ごっふぅぅぅぅ! げふげふ!!」


 1人の女性探索員が言った。


「もしかして! 私たちではなく、この立てかけてあるスマホに何か言っておられるのでは!?」


 和泉さんの顔の横にはスマホが横向きに置いてあり、ビデオ通話状態になっている。

 そこからは絶えず妙齢の女性ボイスが流れており、これは一種の治療行為なのだろうと医療班は判断していた。


 彼らが駆け付けた時にはもうそこに置いてあったし、なんか声が漏れ聞こえていたし。

 師事している人のプライベートに土足で踏み込むのってなんか気が引けるし。



『和泉さんば、ご出身は東京っち佳純が言うとったけんが! 佐賀は何もなかけん、つまらん言うて女遊びばされちゃ敵わんってうちのばあ様が騒いどると! そげんかこつ言うたらいかんってあたしも言いよったとよー! せからしぃお義母さんですまんこってす! ……それで和泉さん。女遊びの相手。……それはお義母さんでも良かね?』


 原因は多分これである。



 和泉さんにしか聞こえない絶妙の音量で繰り広げられる、義母と義息の赤裸々トーク。

 なお、義息は聞いているだけ。

 そういえば佳純さん回にだけ実装した、和泉さん心トークシステムがあった。


 忘れていた訳ではなく、心の中では結構雄弁に語るタイプの和泉さんにこちらを再び差し上げるとお義母さんの声と和泉さん心の叫びがリンクせずに観測者諸君が混乱する懸念があったからなのだが、致し方ない。

 起動させよう。



(人の心はおありですか?)



 足音が近づいて来た。


「土門佳純Aランク探索員! 戻りました!! 以降は私が和泉監察官のお世話を致しますので! 皆さんは他の負傷者の救護へ向かわれてください!!」


 佳純さんが帰還したので、心の声システムはシャットダウンいたします。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 医療班が退室。二人きりになった監察官と副官。

 致すのだろうか。


 カマキリは交尾の際にメスがオスを食べる、物理的に食するという事はあまりにも有名だが、和泉さんも食べられるのだろうか。



(人の心がおありでしたら、後生です。一思いにやってください)


 自力でテレパス能力を開眼したらしい和泉さん。

 これで言葉を介さずにファミチキが買える。



「もう。そんな目で見ないでください。私だって時と場所とシチュエーションくらいはしっかり守りますから」

(重複しておりませんか?)


 していないのである。


 時はいつするか。今でしょ。

 場所はどこでするか。ここでしょ。

 シチュエーションはどんな格好でするか。


 ここで佳純さんのお召し物を再度確認すると、ジャージであった。

 どうせ脱ぐから関係ないのだろうか。


「はい。起こしますよ。私の胸に寄りかかってくださいね。無駄にサイズがあるので、ちょうどいい緩衝材になりますから。まだ血は吐かれますか?」

(………………………………?)


 我々も同じ感想を得ていた。

 佳純さんがまるでナースのお仕事をしているようである。


 ピンク色のナースではなく、白衣の天使の方の。

 あーさーくーらーの方。


「点滴刺しますね。和泉さんから習いましたので、私もそれなりに自信ありです。というか、これ和泉さんの造られた煌気オーラ注入型の点滴ですから。刺す場所なんて体のどこでも構いませんって教えてくださいましたもんね。でも、一応腕にしておきます。はい、チクッとしますよー」


 刺すではなく、挿すではないのか。


「あっ。お母さんとまだ電話してたんですか? うるさいですよね。すみません。でも、母は母で結構心配性なんですよ。女子探索員って本当に少ないですから。実家に戻る度に結婚とか孫とかの話してて」

(…………………………??)


 和泉さんの顔色が急速に回復していく。

 土色だったものが真っ青まで一気に戻った。


 和泉さんの顔が真っ青とか、それはもう普段よりちょっと健康な状態である。

 ならば会話も可能。


「ごふっ……。か、佳純さん……? 小生は、これから何をされるのでげふっ?」

「元気になってもらいます!」



「ごふっ、ごふっ……。は向こう1ヶ月、とても元気になりませんが?」

「もー。何を言ってるんですか! そんな冗談が言えるのなら安心ですね!」


 和泉さんの方がバグっているという不思議。

 この佳純さんも誰かがモシャスで化けているパターンか。



 ツインテールをほどいて、ひとつ結びにした佳純さんがジャージの袖を捲った。

 続けてにこやかに告げる。


「だって! やっぱり長く楽しみたいじゃないですか! 春香さんに聞いて来たんですよ! あのですね! 世の中には休憩するためだけのホテルがあるらしいんです!! そこには色々な楽しみ方のできる設備や道具が揃っているらしくて!! じゃあ! そっちのアミューズメント施設で一晩を過ごした方が良い思い出になるかなと!!」


 佳純さんは直線一気で大捲りを、怒涛の勢いで恋愛乙女街道を驀進した豪脚の持ち主。

 ラブホテルの存在を詳しく知らなかったという、なにそれちょっと可愛いな事実が判明。


 同時に先ほどオペレーター室に戦術指南役として一時出頭した際、人妻の先輩である山根春香さんから大量の入れ知恵をされたご様子。

 その全てをここに列挙すると3話構成くらいになって、諸君も食事時にちょいとこの世界を摘まめなくなるだろう。


 それは双方の利益を逸する行為であるからして、できる限り避けたい。


「ですので! 私! 和泉さんの回復に努めます!! ここに宣言します! 不致いたさずを!!」

不致いたさず……!? げふっ……。それは、小生としては、ええ。助かりますが……。佳純さん、よしいのですか? いや、小生が自殺志願者みたいなことを申しておりますが」


 桃色爆裂天使がるろうに佳純さんに進化する。

 ただの介護天使になった佳純さんがニコッと微笑んだ。


 それはまるで春の陽光のようであったと和泉正春氏はのちに語る。

 春を名に持つ氏にとって、これほどマッチする乙女はやはりいないのだ。



「和泉さんが元気になられたら! 2泊3日で休憩しましょうね!!」

「ごふぅぅ……! げふっ……? それは休憩ではないげふがはっ……」


 つまり和泉さんは命を拾ったのち、その命を賭けて佳純斬り抜刀斎になれと、そういう事である。



 一見すると平和な日常。


『佳純! 佐賀のモーテルば押さえるけんが! 2週間ほど貸し切りにするっち! 角の酒屋のケンちゃんが副業でやりよるモーテルあったばい! 山道にある、お城みたいなヤツ!』


 見方を変えると将来また死ぬのが確定している、ブラックジャック先生とドクターキリコが背後でかごめかごめしている、そんな非日常で和泉さんは生きている。


 最後になりますが、これは佳純さん回です。

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