異世界転生6周した僕にダンジョン攻略は生ぬるい ~異世界で千のスキルをマスターした男、もう疲れたので現代でお金貯めて隠居したい~
第1173話 【きっと最後の日常回・その9】リャン・リーピンちゃんの「ザールさんが何かと戦っています!」 ~旦那様を応援するひまわり系乙女~
第1173話 【きっと最後の日常回・その9】リャン・リーピンちゃんの「ザールさんが何かと戦っています!」 ~旦那様を応援するひまわり系乙女~
リャンちゃんは見つめていた。
悩める先輩を。
そして、ナニかと戦う旦那を。
「シミリート様! バッツ様!! そしてアリナ様!! お力をお借りできた事、恐悦至極!! 私の個人的なご恩返しの機会を頂戴できた旨、生涯忘れません!!」
虚空を睨みつけるザール・スプリングくん。
リャンちゃんと両想いになり、周囲もそれを祝福しているというこの世界では珍しいカップル。
両想いと周囲の祝福が珍しくなったらもうその世界は終わりである。
少子高齢化にブーストがかかって、一瞬のうち肉眼で確認できないところまですっ飛んでいくだろう。
「あなたは……! 今! この場に、このタイミングで現れるべきではない!! 然るべき時、然るべきタイミングを弁えて頂きたい!! 少なくとも今ではないという事は私にでも分かる! 皆、戦っているのです!!」
シミリート技師が掃除機の先端みたいな部分を宙に向けて、光線を浴びせる。
アリナさんが空間を抹消しようとして「くっ。おのれ……!!」と唇をかむ。
バッツくんが「照り焼きをどうぞ! 皆様!!」と食による支援を試みる。
これ、ゴーストバスターズで見たヤツだ。
「ザールさん! 何をしていらっしゃるのか分からないですけど! 私もお役に立てますか!?」
「いけない! リャンさん! 近づいてはなりません!! この方は! この方を!! 今、この場に出すわけにはいかないのです!!」
日常と呼ぶには余りにも非日常なものが始まっていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
ザールくんにしか見えない、思念体的なナニか。
ここで世界の意思が動く。
観測者諸君は観測するのが仕事であるからして、この凄惨にして矮小な戦いを見届ける義務もあろう。
スーパーパワーによって、思念体を可視化する日常回時空の措置を承認。
では、どうぞ。
『どうして邪魔をするんですか! ザールさんっ! あなたという人は! リャンさんをゲットしたから良いでしょうに!! 自分の仁香すわぁんにまで、守ってやるよ。お前を。ムーブキメる気ですか!? この欲張りんぼ!! 自分は帰って来たんですよ! 仁香すわぁんの胸に! いや! おっぱいにね!!』
やっぱり君か。
十四男ランドでの戦いで最終的に異空間に取り残されて生死不明になっていた、水戸信介監察官。
ついに帰還せしめようとしていたところ、ザールくんたち心ある有志によってそれが阻止されようとしていた。
水戸くんの立場的なヤツとこうなった経緯を考えたらば、まあ戦争中の職務復帰が望ましいはずである。
が、出て来たのが日常回時空なのは良くなかった。
日常回のメインヒロインがどら猫ならば、日常回を蝕む毒がこちらの男。
リャンちゃんとの巡り合いを演出してくれた大恩あるお姉さんの精神衛生のために、ザールくんが立ちはだかっていた。
『自分もかなり貢献したでしょう!! 恩なら自分にだって感じてくれても良いのでは!? ザールさん!』
「あなたの恩と害を計算をしたところ! 害が結構な勢いで勝ったのです!! 今は私も守るべき女性ができた!! その女性は今! 水着なのです!!」
『くそぅ! 羨ましい! なんでマウント取って来るんですか!!』
「第一声が心からの謝罪であればこのような無礼は働きませんでした!!」
なお、この穢れた思念体が見えているのはザールくんだけです。
「シミリート殿。妾にご教授願いたい」
「くくっ。私もサッパリなのだよ。ナニかがいるという観測値は検出しているが。ザール殿の言う穢れた魂なる存在が明確に把握できない。それはそれで技術者、研究者としては大いに興味があるのでね。是非とも捕獲したい」
「……そこまではどうにか納得しよう。辛いが。妾はなにゆえ呼ばれたのであろうか」
「くくくっ。アリナ殿の抹消スキルは空間であろうと、思念体であろうと構わずに抹消できる。違いますか?」
「相違ないと申し上げるべきでしょうな。妾の『
「くくっ。分からないからこそ興味がそそられるのです。急ごしらえですが、こちらでその悪辣なる魂とやらを捕獲しましょう」
シミリート技師が掃除機みたいなマスィーンの先端をザールくんの指示する方角へと向ける。
これ、やっぱりゴーストバスターズで見たヤツだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇
何かと戦っている自分の旦那候補(ほぼゴール済み)を見つめる瞳が2つ。
リャン・リーピンちゃんである。
彼女は誰でも分け隔てなく尊び、良い所が全体の1%に満たずともそこを的確に探し出して「了! 勉強させて頂きます!!」と学習を試みる、とてもまじめで素直な乙女。
それが良くない。
仮に自身がリャンちゃんの婚約者だとして、目の前に水戸くんがまた変なパワーアップをキメて凱旋しようとしていたとして、あなたはそれを享受できるだろうか。
享受という言葉のチョイスが既にアレである。
辞書を引くと「味わい楽しむ事」と出て来る。
アレを味わい楽しめるのならば、世界のどこにイッテQしても愉快にやっていけそう。
黄色い水着のフリフリしたスカート部分をキュッと握りしめて、リャンちゃんが言う。
「わぁー! ザールさんがとてもカッコいいです! 何をしておられるのか全然分からないですけど! そのお背中を見ていると応援して! 勝利を願いたくなります!!」
この状況をまさしく享受しようとしているリャンちゃん。
これはいけない。
彼氏としては頭痛が激痛になるくらいに痛くてたまらない事案。
アレが凱旋して「ほほう。なかなかですよ。おっぱいはまあ。……35点ですが!! ふふふふふ!」とかすれ違いざまに呟いた瞬間に、胸ぐら掴んで大外刈りまでは想定の範囲内。
大外刈りは受け身を投げる側もある程度サポートすべき必殺の技なのだが、絶対に受け身なんか取らせてなるものかという強い意志で投げ飛ばしそう。
「ザールさん! 頑張ってください!!」
よく分からない。
リャンちゃんは基本的に知らない事の方が多い。
台湾からやって来た留学生なので日本の風習にも疎い部分は多く、探索員としても未熟であると自覚している。
男子たちと綺麗なお姉さん(アリナさん)が今ナニしてんのかも全然分からん。
それでも大好きになったザールくんが自分のために汗を流しながら「堕ちるんですよ!!」と叫んでいるシーンを眼前に捉えたらば、それはもう小さな手をキュッと握ってエールを送る。
これがリャンちゃんという乙女。
その「何してんのかまったく分からんし、男子ってそういうのマジで好きなー? それはそれとして、彼ピがんばれー」という、『意味は分からんが好きなんだから全肯定』なる超グッドステータス。
これを付与されると男子の戦闘力はだいたい300%程度向上する。
学生時代のクラスマッチで全然話もしたことない、それほど自身の好みでもないクラスメイトが「
そうして、戦いは終わった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「ザールさん! これをどうぞ!」
「リャンさん。すみませんでした。急に訳の分からぬことを。さぞかし戸惑われたかと思いますが」
ダズモンガーくんの冬毛タオルを受け取ったザールくんが申し訳なさそうに頭を下げるので、リャンちゃんは「いえいえ!」と首を元気よく横に振った。
「本当に私、こういうのに疎くて! 一緒に楽しめたら良かったんですけど!」
「……一生疎いままでいて欲しい。そう思うのはワガママでしょうか。あなたにはこれから先、綺麗なものだけを見ていて欲しいです」
「わ、わー!! ドキドキします! 了! リャン・リーピン、ザールさんのご指示に従います!!」
「いえ。リャンさん。指示ではありません。これはお願いです。アリナ様に先ほどお叱りを受けました。夫婦になるのであれば、願い願われ、お互いを支え合うべきであると」
「……!! はい! ザールさん!! お疲れさまでした!! 私のちんちくりんなおっぱいでよろしければ、どうぞ!!」
ザールくんが柔らかく笑ってから言った。
「全力であの方を止める事が叶い、これほど安堵している自分に驚いています。ああ。本当に良かった。リャンさん。あなたの可憐なお姿をアレの視界に入れずに済んで」
本当にそれ。
こののち、ザールくんはリャンちゃんと共に職務に復帰。
仁香さんが悩んでいるので事務関係から手を付けて敬愛する先輩の答えが出るまで2人で頑張ることにしたのであった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「シミリート殿。それの中に、ナニかが入っておるのか? 確かにとんでもなく邪悪な気配がするように思うが……。個人的に、妾は触れぬ方が良いとすら思える」
「くくっ。私は魔技師。目に見えぬものなどという存在はあまり許したくない性分なのだよ。しばし研究の時間を頂戴して、このナニかを可視化。そののちは……。どうしたものかね。私の研究材料としてはいささか未知の要素が多く手に余る。呉に協力を頼むとしようか。くくっ。やはり探索員というものは実に興味深いのだよ。この寿命が尽きるまでまだ数百年。ダズが戻って来たら、健康に良い食事を任せようかね。長生きをせねばと私に思わせるとは。まったくまったく、面白いのだよ……」
掃除機の先端みたいなところから吸い込まれたナニかが、今は掃除機の中で蠢いている。
よく分からないが、リャンちゃんの彼ピの活躍で多くの乙女たちの安全性が確保された。
ただ、魂は消滅していないのできっとどこかでまた何かを囁くだろう。
悪は消せども滅せない。
ならば束の間の安寧を願う。
ミンスティラリア魔王城では戦争の間に1つ、別の大きな戦いを経たが、それを知っているのはわずか、限られた者たちだけである。
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