第1172話 【きっと最後の日常回・その8】青山仁香さんの「幸せについて本気出して考えてみた」 ~たくさん気付いたお姉さん~

 今回の仁香さん。

 色々と考える。


 ノアちゃん回からまさかのキラーパスを受けてしまった青山仁香放っておけない探索員兼後方司令官代理兼後輩カップル見守り乙女。

 「あなたは今、幸せですか?」とかいう、玄関開けて開口一番キメられたら「ぜってぇこのババア! 宗教の勧誘じゃあ!!」と初対面のご婦人に対して使っちゃいけない蔑称が飛び出してしまう、そんなシチュエーション。


 仁香さんが喰らう。

 ノア隊員から。


「え。あの。私、割と幸せでしたけど。……なんなんですか。そんな風に言われると。ちょっと真剣に考えなくちゃって気持ちになっちゃうじゃないですか!!」


 宗教の勧誘にも気を付けて欲しい仁香さん。

 こちらの乙女は根が真面目で放っておけない系という、世の中に転がるありとあらゆる心にすがるタイプのトラップに引っ掛かりそうな危うさを秘めている。


 なにせ、水戸くんにハマったのである。

 じゃあ宗教とか怪しいオンラインサロンとか高額セミナーとかその辺りは全部射程範囲内であり、過疎っているVouTuberの配信を見かけたら「スパチャ投げてあげないと!!」と使命感に駆り立てられるまでは想定済み。


 確かに、悪辣な魂が異空間に封じられている今こそ、今後の幸せについて本気出して考えてみる時期なのかもしれない。


 仁香さんはタイミングよく、戦争中なのにとっても不思議だが今は休憩時間。

 戦争に休憩時間なんかあるのかよと思われるかもしれないが、クリスマス休戦だってあったのだから乙女の人生設計休戦があったって良いのではなかろうか。



「……あれ? 私、そういえばなんで水着なんだろ?」


 仁香さん、気付く。



 そこに気付いたらもうほとんどの事に気付けそうな、最重要ポイントから気付いてしまった仁香さん。

 流されがちなお姉さんが濁流どころかせせらぎに流されて白ビキニ姿で後方司令官代理をしている事実に気付き、その胸に疑問を抱いた。


「……私、もしかして。自立したと思ってるのは自分だけで。ものすごく流されやすい、都合のいい女なんじゃないのかな? あれ? そういえば選挙が近くなると小学生の頃の名前も覚えてない男の子とか女の子からご飯に誘われるのって?」


 仁香さん、気付いた。


「でも、仕事は充実してるし。そこは大丈夫だよね? 楽しく仕事して……ない!! 私! よく考えたらなんで水戸さんの監察官室に転属させられたんだっけ!? あれ!? 思い出せない!!」


 仁香さん、気付く。


「私、承諾したっけ!? あれ!? あれれ!? 気付いたらヤエノムテキちゃんの衣装に装備が変更されてて……! うっ!! 頭が……!! 思い出せない!!」


 仁香さん、気付くというか改造人間みたいな悩みが始まる。


 幸せについて考える事がこれほど辛いことだとは。

 誰か、仁香さんに慈悲の手を。


 芽衣ちゃま教団の総本山にいるのに、その教祖であらせられる芽衣ちゃまがいない。

 こんなところでも仁香さんの持っていない感がフォーカスされてしまう。


 そんな魔王城に「みみみみみみみみみみみみみみみみみみみみみみっ」と着信音が鳴り響いた。

 芽衣ちゃんの部屋からであり、この鳴き声を発するのはこの世界で2名だけ。


「くくっ。仁香殿。芽衣殿の妹君から入電なのだよ。こちらに繋ぐかね?」

「え。いえ、ダメですよ? 芽衣ちゃんのプライベートな通信なんですから」


「これは異なことを。仁香殿? 貴女は後方司令官代理。後方司令官に対する入電であれば、今は代理を務める貴女が対応すべきでは?」

「……あれ!?」


 仁香さん、気付いた。


 知らないうちに失われていた、探索員として培ってきた経験と知識と常識。

 チーム莉子に接する機会が最も多かった放っておけないお姉さん。


 少しずつ常識の追いはぎに遭っていた事実と向き合う時は今か。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 シミリート技師によって、芽衣ちゃまの部屋にある芽衣ちゃま型フィギュア型通信機(難しい日本語)を仁香さんのスマホと同期される。

 同期という単語、正しい意味で使われる方が珍しくなったのは全部バルリテロリが悪い。


「こちら、青山仁香後方司令官代理です。ミミちゃん、で良いのかな?」

『みみみみみみみみみみみみみっ! こちらは木原芽衣Bランク探索員のクローン! ミミです! みみみみみみみみみみみっ! お時間よろしいでしょうか! みみみみみみみみっ!!』


「あの、ミミちゃん?」

『みみみみみみみみみみみみっ』


「自分をクローンって言うの、良くないと思う。ミミちゃんは芽衣ちゃんと姿は同じでも、考えている事とか。今、頑張っている事も違うでしょ? そういう考え方はミミちゃんが武功を挙げたり、芽衣ちゃんが戦功を挙げた時に素直に喜べあえないから、ヤメた方が良いと思うな。自分を大事にして?」

『みみみみみみみみみみみみっ。ミミ、了解したです。やっぱり姉様の言っていた通り、仁香さんはステキな女性でした。みみみみみみみみみみみみみみみみみっ』



「くぅぁぁぁぁ! この多幸感! なんだろう! すごく久しぶり!!」


 仁香さん、思い出す。

 それをキメると思考が鈍るのでほどほどに。



 それからミミちゃんによる本部の復興状況についての報告を受ける。

 既に芽衣ちゃんが出立した事はミミちゃんも承知しており、自分を妹として認めてくれた姉のサポートを仁香さんにお願いしてから通信を終える。


 仁香さんは思った。


「今。たった今だよ。Now!! 私がミミちゃんに偉そうに宣ったセリフ。これ、すっごいブーメランじゃないかな!?」


 仁香さん、気付く。



「あと、水着でこんなマジメなお話の対応してるの! 不謹慎な気がする!!」


 仁香さんの気付きが止まらない。



 幸せって何だろうの答えが出ないまま、転じて「私、何やってるんだろう」になってしまうのが哀しいかな、仁香さんの本質。

 誰かの幸せを願うのが得意で、自分の幸せもそこに見出してしまうのは長所であるが視野を変えると短所にもなり得る。


 割と短所で機能しているのが非常に残酷な仁香さんのテーゼ。


「仁香先輩! 報告書を纏めました!! スカレグラーナとの交信も復旧しそうです!」

「あ。リャン。ありがとう。……スカレグラーナとの交信を復旧させる必要ってあるかな!? それもうやっちゃった!? 不必要な情報と責任がこっちに来るけど、特に有益なものってない気がする!!」


 仁香さん、気付く。


「すみません! ですが、バルナルド様? という方が、どうしても危急の報せをとの事でしたので! 実はずっとお待ちになられてます!」

「え゛。い、いつからかな!? その方、報告書を読んで知ってるよ。逆神くんがむちゃくちゃして何千年も生きてた古龍を人型にしちゃった、リーダーの人。……人? とにかく、竜さんだよね!?」


「了! 仁香先輩がノアさんの穴に向かって、私のおっぱいはもう汚れてるの!! と叫んでいらした頃からです!!」

「えー。……了! じゃないよ、リャン!! そっちは先に処理しないとだよ!!」


「すみません! ですが、仁香先輩がとても熱心におっぱいを人質にされていたので!! 私の判断が間違っていました!!」


 仁香さんがすんっと無表情になり、首をゆっくりと横に振った。

 続けて穏やかに微笑んでから責任を感じる後輩に言う。



「ううん? ごめんね? 私が悪いよ。だって、私が率先して、ここは任せて!! とか言っておっぱい差し出してたんだもん。いつから私、おっぱいで事を納めようとか思い始めたんだろう。異常者の発想だよ。それって。ごめんね。リャン。先輩が異常者になって」


 仁香さん、気付く。

 ちょっと前の悪いヤツはノアちゃんで、もっと前の悪いヤツ諸悪の根源は水戸くんなのだが、そこには気付けない。



 ザールくんがシミリート技師と通信の諸々を整えて、スカレグラーナとの映像通信に挑む仁香さん。

 画面に帝竜人バルナルド様が登場された。


『余は帝竜人、バルナルド。……そなた、職場でいじめに遭っておるのか? 服はどうしたのだ?』

「……ふぐぅ! 私の意思でこうなっております!! 失礼をお許しください!!」


『ええ……。ナグモに繋いでほしいと申し出たのだが、日本本部が壊滅しておる由と聞きおよび、では責任者はどこかと尋ねた結果、仁香センパイにたどり着いたゆえ。……何やら、あいすまぬ』

「あ、いえ。こちらこそ、本当にはしたない姿で申し訳ございません。あと、センパイは敬称でも役職でもないので。私は青山仁香です」


『アオヤマか。良い響きである』


 スカレグラーナ訛りの洗礼を受けた仁香さん。

 鼻水と同じ発音です。


 それから「南雲が習得したスキルは宴会芸ゆえ、ここぞで使うと大惨事になる」と、もうとっくに大惨事が起きた後の忠言を賜った仁香さん。

 「バルナルド様、南雲さんの呼び方が安定しないな」と思いながらも敬礼して「ご忠告に感謝いたします!!」と応じた。


 仕事をこなすと頭がスッキリしてきた仁香さん。

 幸せについて本気出して考えた結果、少しだけ答えが頭をのぞかせる。


「よーし! この戦争が終わったら、転属願いを出そう!!」


 仁香さん、気付いた。


 退役ではなく転属に留まっている辺りが彼女らしいが、それでも一歩前進。

 仁香さんの幸せはどこにあるのか判然としないが、この世界の悪意に立ち向かう勇気を再度取り戻しつつある。


 それだけでも大いなる一歩なのだ。


 時に、この世界に漂う悪意の中でもトップクラスの魂が仁香さん回で終ぞ発信をしなかった。

 これはノアちゃんの予告通りという事になるのか。


 否。


 とあるカップルが戦っていた。


 次回。

 リャンちゃん回で答えが合わさる。


 日常回も繋がり始めたらもう終わりである。

 ただ、諸君らには分かってもらいたい。


 昔から割と繋がっていた事を。


 過去を振り返ると「えっ」となることはこの世界のみならず、どこの時空にも溢れているのだという事を。


 えっ。

 今年って令和6年?

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