第310話 悪の脂肪を叩き斬れ

 関所の外では、虚弱な男が力強い光を放っていた。


「ごふっ。雲谷さん、椎名さん。ご無事で何よりです。ここは小生にお任せください。げほっ。『エクセレス・キュアルーム』! 広域えべっ」


 和泉正春は南雲と加賀美が関所に突入してからすぐに、下柳の煌気オーラを感知していた。

 彼は体が虚弱なだけで、他の能力はSランク探索員の中でも優れている。


 むしろ、こんなに虚弱なのにSランクまで上り詰めたのが和泉の実力を証明しているのである。


 そんな彼は、カタツムリがゆっくりと、しかし着実に這い進むように、狙撃コンビの元へと向かっていた。

 そして、どうにか間に合ったのだった。


「和泉さん、無理しちゃダメだにゃー! なんかすごい勢いで血が出てるにゃー!」

「椎名さん、ご心配ありがとうげふっ。しかし、このスキルは小生の展開した領域内の回復力を極限まで高めるスキル。つまり、小生は血を吐きはしますが、そのダメージも回復されるのですごはっ」


「あはは。和泉さんの機転がなければ、俺や椎名さんはともかく、この周りにいるアトミルカたちは死んでましたねー! けっさく! ふふふっ」


 和泉のスキルは、ほとんど関所の外周を覆い尽くすほどの広域展開が成されていた。

 目的は、雲谷が軽く触れたように、アトミルカ構成員の救出にある。


 彼らは下柳の『脂肪吸引アブソープ』によって、煌気オーラを吸い取られていた。

 煌気オーラが枯渇すれば、人間としての生体機能にも悪影響が生まれる。


 端的に言えば、弱い者から順に死んでいく。


 繰り返すが、和泉は体が弱い。

 つまり、弱い者の辛さを真に理解している強者なのだ。


 ノブレス・オブリージュの精神をその身に宿す、探索員協会における最弱で最強の探索員は、いかに敵であろうと目の前で消えそうな命を見つければ、守る。


「あ、あんた! どうしてオレたちのために!?」

「そうだ! あんた今にも死にそうじゃないか! もうヤメてくれ!!」


「ご心配ありがとうございげふっ。ですがね、アトミルカの皆さん。死にそうになるのって案外辛いんですよ。それを味わってほしくないと思うのは、果たしていけない事でげふか?」


 アトミルカのトリプルフィンガーズたちは、和泉の自己犠牲に涙した。

 彼の吐いた血よりも多い涙をもって、感謝の印とする。


「ふふふっ。これは俺たちも仕事をしないといけないな。椎名さん」

「あいあいにゃー! 雲谷さんが照準を定めてくれたら、あたしもぶっこんでいくんで、よろしくにゃー!!」


 雲谷陽介の本業はスナイパーだが、近接戦闘もこなすし、補助スキルも多く習得している。

 理由は「なんか面白そうだから。ふふっ」だそうだが、戦場ではその力が活かされる。


「さあ、行こうか! 『死神の魔法デス・ソーサラー』!! 下柳さんの煌気オーラは既に採取済みだからねー。あははっ! この照準は、どこまでもあの人を追っていくよ!」


 雲谷が発現したスキルで、煌気の道が構築される。

 クララはその軌道に合わせて、銀弓ディアーナを持つ。


「行くにゃー! 『感電麻痺の黒鴎エレクトロ・ガッビアーノ』!! 飛んでけにゃー!!」

「ふっ、ふふっ。あははっ、俺のオマケも椎名さんのカモメに付けておこう。『時限炸裂弾エクスプロード』!!」


 関所の外から放たれた、援護射撃と言うには余りにも強力な一撃。

 それは着実に下柳の元へと迫っていた。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「あーっははは! 残念でしたねぇ! この関所には100人近いアトミルカの雑兵がいるんですよねぇ! 雑魚だろうが、煌気オーラを限界まで搾り取ったならば、それなりの力になるんですよねぇ!!」


「くっ! またしても、なんと非人道的な事を! 逆神くん、盾スキルを解除してくれ! 私が出る!!」

「お供させてください、南雲さん! 自分もあの人は許せません!!」


 南雲と加賀美は怒りに燃えていた。

 対して、いつになく冷静なのが六駆。


「もう10秒ほど待ってください」

「何を悠長な事を言っているんだ! このままでは、多くの死人が出てしまう!」


 六駆は首を横に振って答えた。


「南雲さんの人選の妙ですね。和泉さんを連れて来たのが大正解。あの人、治癒スキルだけなら僕の何倍も上手く使いますからね。外は問題ないです。死人も出ません。いや、1人ほど出るかもしれませんね! はい、来ますよー!! ドシャーン!!」


 『死神の魔法デス・ソーサラー』が下柳則夫の体に的を作った。

 仮にも元監察官でアトミルカのナンバー8であるこの男も、すぐに異変に気付く。


「なんですかねぇ? これは。さては逆神くん辺りがまた小賢しいスキルをぅがぁっ!?」

「残念ながら、僕じゃないんですよねー! あーあ。脂肪のままなら電気も通らなかったのに。そんな筋肉に変換したら、雷撃には耐えられませんよ。バカだなぁ」


 気付いた時が既に手遅れ。

 クララの放った矢が、下柳の体を貫いた。


「あびゃびゃぁああぁぁぁぁぁぁぁぁっ! な、なんですかねぇ!? ぐおぉぉ、これはぁぁ!! ぐぅぅぅっ! なんのぉ! 『脂肪狂星ラードデススター』!!」

「あーあー。そうやって焦ると視野が狭くなって判断ミスるんですよー。はい、パシーン!」


 時間差攻撃が発動。

 雲谷の付けたオマケの炸裂弾が下柳の全身を取り囲み、一気に爆ぜる。


「う、うぅぅ!! ぼ、ボクの煌気オーラの鎧がぁぁぁ!? ……こうなれば、独りでは死にませんよぉ!! 『脂肪超特大狂星ラードラージアデススター』!!」


 六駆は盾スキルを解除し、新しく出した『光剣ブレイバー』に持ち替える。

 さらにもう一本『光剣ブレイバー』を増やし、彼はそれを振るった。


 苦し紛れの大スキルが不発に終わる事を、逆神六駆は知っている。


「ふぅぅぅぅんっ! 二刀流! 『次元十文字大切断じげんじゅうもんじだいせつだん』!! 南雲さん! 加賀美さん! トドメは譲ります!!」


 下柳の極大脂スキルが4分割され、天井と床を破壊した。

 体は痺れ、身に纏った煌気オーラは焼かれ、最後の手段も防がれた。


 待っているのは、やって来た事のお勘定である。


「逆神くん、君ってヤツは本当に! これは特別ボーナスを考えなければならんな!」

「えっ!? 本当ですか!? う、うひょー!!」


 南雲は『双刀ムサシ』を抜刀する。


「加賀美くん! 君のスキルで私を押してくれ!!」

「了解しました! 『風裂かぜさとんび』!! 南雲さん、行ってください!!」


 加賀美政宗の繰り出した突風を推進力にして、南雲が身を回転させながら下柳に迫る。


「ま、待って、待てと言っているんですがねぇ! ボクならば、キュロドスの事を知り尽くしているんですがねぇ!! 良いんですか!? 貴重な情報源を!!」

「あなたの妄言にはもう惑わされませんよ! つりゃあっ!! 『渦巻うずま朝顔あさがお』!!」


 対象に根を張り、伸びるツタはその身を締め付け肉を裂く。

 開く花は敵の最期を美しく彩る。


「い、いぎゃあぁあぁぁぁぁぁぁっ!! あぁぁぁぁっ! 痛い、痛い、痛いぃぃぃ!!」

「あなたに人の痛みがその3分の1でも分かるようならば、まだ話し合いの余地もあったでしょうに。ここまでですよ、下柳さん」


 南雲は静かに納刀した。

 戦いは短く、それでも鮮烈に幕を閉じる。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 サーベイランスが戦いを終えた南雲の元へと飛んできた。


『南雲さん、お疲れっす! いやー! 最高の画が撮れました! 見るっすか?』

「なんだ、山根くん。私のアルバムでも作ってくれるのか?」



『見て下さいっす! この1枚なんか、奇跡の一枚っすよ! 回転に顔面が負けて、チンパンジーみたいな顔になってて! ぷー! ウケるー!!』

「やーまぁーねー!! やーめーろーよぉー!! 君ぃ! それ、絶対に本部で共有する気だろう!? もう、勝利の余韻が最悪だよ!!」



 仇敵を討った南雲を実は褒め称えたい山根健斗Aランク探索員。

 だが、それをするのは恥ずかしかったので、彼流の祝福に変更した。


 その部下の心模様に気付かないのが、我らの監察官、南雲修一である。

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