第1230話 【激突・その4】蝉の咆哮 ~ジンバブエドルの一撃~

 伏兵。

 あるいは伏勢。


 敵の侵攻ルートに隠れておいて、のこのこやって来たところをバーンする兵。

 また、想定していた兵力ではない、予期せぬ障害をもたらす者。


 バルリテロリにとってはナグモさんがそれであった。

 ここまでずっと、ずーっと「なんか大変そうなヤツおるなぁ。力も大したことないし、それで指揮官なんやろ? ワシやったらストレスでハゲるわ」と、モブ扱いまではいかないが少なくとも戦力に数えていなかった男。


 そいつが急に長年住み慣れた愛しい我が家を焼いた。

 喜三太陛下にとって、ナグモさんは明らかに伏兵だった。


 対して、現世サイドにとっても伏兵は存在した。

 テレホマンである。


 相対しているナグモさんはもちろん、分析スキルの雄であるライアン・ゲイブラム氏の目をもってしても「警戒はある程度で問題ない。どこの世界にも気の毒な忠臣っているよね」と考えられていた四角い男。

 急に牙を剥く。


 現世のみんなはガルルルルルと牙を剥く乙女を知っているが、あの子に慣れ過ぎた結果、ほどよく牙を剥かれる感覚が欠如していた。

 警戒心がどっか行ってたとも言える。


 テレホマンのテレホ・ボディが分裂して生まれた『テレホ・レディ』は、ただプログラムされた文章を読み上げるだけのギミック。

 そんなことするならナグモさんと刺し違えた方がよほど有用。


 と、考えている者はもういなかった。


『ジンバブエドルの価値の歴史はジェットコースター。かつて独裁政権によって、ハイパーインフレーションが発生し……』


「なんですかね? ハイパーインフレーションって。ひいじいちゃん?」

「ぶーっははははは!! なんかアレだ! ハイパーなヤツよ!!」


 テレホマンが四角い頭を回転させてすぐに軌道修正。

 「いかん! 言葉が難し過ぎてあまり届いていない!!」と察して、『テレホ・レディ』を微調整。

 『テレホ・レディ』はテレホ・ボディの一部なので、無線で変形、操縦が可能。


『プログラム修正完了。5割程度のはっちゃけ解説正確さよりもライブ感容認を受諾。ひ孫様攻撃システムモードチェンジ。ふわっとしたヤツ。移行完了。……ジンバブエのヤバい政治がキマる前、1ジンバブエドルがあればパンを1つ買えたのが発足当初でした。が、大統領がやっちまったので、国の中のお金が足りません。そこでお金をどんどこ増やして、刷りまくりました』


 機械音声が響き渡り、六駆くんと喜三太陛下が戦いの手は止めずに耳だけそっちに向けてボコスカ煌気オーラ拳で殴り合っている。

 ナグモさんが焦る。


「くそっ!! これはまずい……!! いくぞ! ……ワオ! チャーミングだね、機械のセニョリータ!! チャオ!! 『古龍爪ドラグクロウ』!!」

「貴官、武器がないと攻撃力が低下するようですな。我がテレホ・ボディは鉄壁!! 2つくらい下のレベルでは無双可能な鉄壁!!」


「逆神くん! ジキラント返してくれるかい!! 愛が足りないよ!!」

「えっ!? 良いですけど、僕がそっち行ったらひいじいちゃんもそっち行きますよ!?」



「フ〇ックだね!!」


 失礼しました。

 良くないチャオが出そうになったので、こちらで処理しております。



 『テレホ・レディ』の声は止まらない。


『ジンバブエでは国内のお金がものっすごい増えました。そこのひ孫様。どう思われますか?』

「えっ!? お得じゃないですか!! お金が増えるんでしょう!? つまり、僕の10000円が20000円とかになるんだ! うわぁ!!」


 ナグモさんが理性をオン。

 「まずい!!」と焦るが、現状『テレホ・レディ』を停める力は自分にない。

 デカい声出してアナウンスを阻害しようにも、ナグモさんには咆哮の機能が備わっていない。


「雷門さんさえいてくれれば……!!」


 最終決戦でまさかの「なんで今いないんですか、雷門さん!」が出てしまった。

 まったく戦争とは先の見えない暗闇である。


『国内で流通しているお金をどんどこ増やしても、世界のお金の量は変わりません。すると、国内のお金の価値が低くなるのです。気付いたら1ドルが1000000ジンバブエドルくらいになってました。どう思われますか、ひ孫様』

「逆神くぅぅぅん! 聞いちゃダメだ! それは君を殺す毒だよ!! ……あ! サーベイランス!! 山根くん! なんか妨害電波出すんだ! 早く!!」


 サーベイランスを呼んだのに、サーベイランスが来ない。

 自分でこしらえたスーパーメカであるからして、上空からでも丸っこいシルエットでそれは判別できた。


 空を見上げてワクワクしているノアちゃんの隣で力なく転がっていた。


『さーせん。ナグモさん。こっちが妨害電波喰らって制御不能っす。通信機能だけ生きてるのは多分敵さんの情報戦略っすね。ナグモさんのミスがこっちに記録として残るんで!!』

「……ワオ!! ファァァァァックス!!」



 ナグモさんはfaxと言いました。



 『テレホ・レディ』が核心に迫る。


『ひ孫様。お金の価値を戻すにはどうされますか?』

「えっ!? ……あ、簡単ですよ! お金をもっと増やせばいいんだ!!」


 ジンバブエドルの泳いだ航跡を完全になぞっている最強の男。

 初期ロットの「5万円以上は興奮して数えられないよぉ!!」な六駆くんだったら、こんな攻撃屁でもなかった。

 「うるさいですね!」と言って、『テレホ・レディ』をぶち壊してそれで終わり。


 だが、最新バージョン、あるいは最終バージョンの六駆くんは資産運用に興味を伸ばしてしまっている。

 未知のお金にまつわるお話は蜜の味。


『では、ひ孫様の国。日本の円を増やします。世界の通貨は増えません。シミュレーションを開始します。ひ孫様の資産が100000000倍になりました!』

「うわぁ! もういくらなのか分からないや! うふふふふふふふふふ!! なにしようかしら!!」


『ひ孫様。パンを買うのに100000000000000円必要です』

「……えっ!?」


 末期のジンバブエドルは3.5京ジンバブエドルで1ドルと同等の価値。

 紙幣を刷るだけで国が傾く。



 通勤途中に寄ったパン屋さんで200兆ジンバブエドル払って食パン買って、仕事帰りに同じ店で食パン買おうとしたら400兆ジンバブエドルになってたという、ウソのような本当にあった怖い話。

 財布が壊れる。



 六駆くんが小刻みに震え始めた。

 ナグモさんが命の危機を省みずに喜三太陛下とうちの子ろっくくんの間に割って入る。


「逆神くん!! 耳を塞ぐんだ!!」

「そ、その後はどうなるんですか……?」


『インフレをご存じですか、ひ孫様』


「知ってます!」

「なんで知ってるのよ!! そんな難しいことを!! 君ぃ!! インフレってところてんの仲間ですか!? とか言ってた頃の逆神くんに戻って! 今だけ!!」


 トドメを刺すべく、『テレホ・レディ』は恐ろしい言葉を告げた。

 現在、インフレ真っ只中。

 タイムリーな話題ほど資産運用に興味を抱き立ての童貞にはキク。


『とある年の6月にインフレ率は40000000%へ到達。7月は300000000%に。8月は600000000%です。そして、11月には897垓(0が20個)に到達しました。この意味が分かりますね?』



「う、ううう、うわああああああああああああああああああああああああああ!! もう数字が……! 数字がたくさんでうわあああああああああああああああ!!」


 この意味が分かってしまった六駆くん。

 力なく地面へと落下して行った。



「くっ! や、やられた……!! 四角いあなたを見誤った、私の責任だ……!! 背中から刺すのでしたらどうぞご自由に!! チャオ!!」


 ナグモさんも六駆くんを追って降下する。


 残った喜三太陛下がテレホマンをお褒めになられた。


「テレホマン。やるやんけ」

「はっ。ありがたき御言葉。恐悦至極にございます」


「ほんで?」

「は?」


「なに? インフレって」

「は。……ははっ!! ところてんの仲間でございます!!」


 喜三太陛下が大きく頷かれた。

 「なるほど。ところてんが何億とか言う話しとったんか。ひ孫、お腹空いとったんやな!!」と。


「陛下! 好機です!!」

「そうやな! もうワシの皇宮なんか知らん!! 金もろとも、ぶっ飛ばしてやる!! おい、クイント! チンクエをちゃんと持っとるか!?」


 テレホ・ボディの防壁に守られた場所に浮いているクイントと、クイントの胸に抱かれて「……良い」と、たまにハッキリ喋るようになったチンクエを確認された喜三太陛下。


「ぶーっははははははは!! ところてんはなぁ!! 皇宮にないんだよ!! ひ孫ぉ!!」


 テレホマンが「勝負に勝って試合に負けた形か……。いや、勝負に勝ったのだろうか……」と刹那に悩んで、また少し頭が丸くなった。

 もうそろそろドラえもんくらいの丸みを帯び始めている。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 六駆くん落下地点では。


「うああー! 逆神先輩!!」

「ノアくん! 逆神くんの治療を!! なんかほら! 景気の良い話聞かせてあげて!!」



「これはレア先輩ですね!! スマホちゃんが火を噴きます! ふんすっすっす!!」

「☆★☆★!!!」


 多分、ロマンチックな言葉を叫んだナグモさん。



 六駆くんがビルの10階くらいの高さから無防備に落ちたのに割と無傷で横たわる。

 覇気のない声を絞り出した最強の男。


「ナグモさん……。僕の貯金で、パン……。買えなくなるんですか……?」

「ならないよ!! 私が死ぬまでは恐らく!! あ。逆神くん、今、外側は18だっけ。……あと70年生きるとして。……多分だけどチャオ!!」


 六駆くんが静かに息を引き取った。


「ナグモ監察官」

「ライアンさん! なにか景気の良い話をお願いできます!?」


「上空から敵が迫っております。師範がこの状態ですと。200000000%の確率で我々は死にます」

「………………………………コーヒー淹れる時間あります?」


 ありません。


 だが、旦那のピンチという、とある乙女にとって大好物なシチュエーションが発生中。

 ピュアを手に入れた彼女が、こんな絶好機を見逃すだろうか。


 最終決戦も佳境。

 ならぱ、時間がほんの数分巻き戻るくらいは許されるはずである。


 ほんのちょっと前に向かおう。

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