第536話 【逆神家追放編・その3】久坂監察官室VS調律人アマオ・ベルクス&ドン・ドルフィン ~じいさんとじいさんの共闘は足し算ではなく掛け算~

 久坂剣友監察官は、週に一度懇意にしているウナギ料理店で昼食をとる。

 「年寄りの贅沢で経済を回せるとか、こりゃあええのぉ! ひょっひょっひょ!!」との事であり、その際監察官室にいる者は基本的に連れて行く。


 道中で出会った若者も、相手の名前を知らずとも連れて行く。

 「ウナギ食わせるくらいしかのぉ。じじいにできる事ぁないからのぉ」と言って、低ランク探索員でも構わず食事に誘い、質問があれば何でも聞き、相談があれば適切なアドバイスを与え、「なんかあったらワシんとこに来りゃあええ! 弟子は取っちょらんけどのぉ!」と言ってニカッと笑う。


 伝説級の人物になるためには、このくらいの器の大きさは必須なのだ。


 今回は昼食に出たのが少し遅い時間だった事もあり、逆神四郎特別顧問と55番くんの3人でお昼ご飯を堪能。

 息子に「55の! アイス食うじゃろ?」とデザートを勧めていたところで不埒な輩の襲撃を受けた。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 二人組の男がイドクロア装備と思しき剣を携え、切っ先を四郎に向けた。


「お前が逆神四郎だな。じじいと聞いていたが、じじいが2匹いるとは想定外だった」

「本当にそれだぜ。東洋人のじじいとか、見分けつかねぇからな。まあ、こっちのじじいも有名人で助かった。まさか噂に聞く久坂剣友とは」


「重ね重ね、申し訳ないですじゃ。身に覚えはありませんがの。ワシのせいで久坂さんにご迷惑をかけるとは。55番くんのアイスも台無しにしてしまいましたの」

「ひょっひょっひょ! 気にせんでええですけぇ、四郎さん!! ワシも六駆のにゃ、大きな借りがありますけぇのぉ! そのおじい様に助力できるっちゃ、間接フリーキックみたいなもんですわ!」


「逆神四郎! 私も気にしないでほしい!! アイスクリームよりも、あなたの無事が嬉しい!! あなたの気が済まないというのならば、この者たちを片付けたのち、喫茶店でパフェをご馳走して欲しい!! 最近は塚地小鳩が連れて行ってくれないので、ご無沙汰なのだ!!」

「ほっほっほ。まったく、55番くんは気持ちのいい若者ですじゃ。このじじいにお任せくだされ。クリームソーダも付けますじゃ」


 四郎と久坂監察官。そして55番くんが戦闘態勢へ。

 それを律儀に待っていてくれた刺客たち。


「一応名乗っておくか。オレはアマオ・ベルクス。国協のSランクだった」

「私はドン・ドルフィン。ドイツ探索員協会のSランクだ。昔はな」


 彼らは無法者なりの礼儀作法を弁えていた。

 それは彼らの美学によるところも大かと思われるが、久坂剣友監察官に出くわした事実もそれなりに影響しているのだろう。


 とは言え、人様のお昼の最中に襲い掛かって来る者たちへかける情はない。


「悪いけどのぉ! ワシらは3人でかからせてもらうで? お年寄りのハンデじゃ!!」

「構わんぞ。こちらとしても、元より全員殺すつもりだ。手間が省ける」


 久坂監察官室のチームワークにどこまで迫れるのか、ピースの刺客たち。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 ドンがまず仕掛けた。


「先手必勝と言うのだったか? 日本では。……行くぞ。『水の贈り物プレゼントキッス』!!」

「ぬぅ!? きっしょく悪いのぉ!! 水で唇を具現化するとか!」

「しかし! 威力はなかなかですのじゃ!! 『瞬動しゅんどう』! 続けて! 『雷拳らいけん』!!」


 迫りくる唇を粉砕する四郎。

 この時、55番は何やら既視感に襲われていた。


 その疑惑に結論を求めて、彼はスキルを繰り出す。


「せぇい!! 『ローゼンクロイツ』!!!」

「……なんだと!? 貴様!! そのスキルをどこで!?」


 ドン・ドルフィンの表情が凍り付く。

 55番の疑惑は確信に変わる。


「おお? どがいしたんじゃ、55の」

「久坂剣友! 私は彼の師を知っている!!」


 55番くんのスキル『ローゼンクロイツ』は、バラの花束を具現化して敵に投げつけると言う大変意味の分からないものであり、かつて出会ったばかりの久坂監察官にも「なんじゃい、それ」と冷静なツッコミを入れられたほど。

 今では久坂流の魔改造により立派なけん制スキルとして生まれ変わったが、これはドイツの探索員から得たスキルだと彼は語っていた。


「貴様……!! かつての我が部隊長! マッコイ・ジュテームからスキルを奪った!! アトミルカの残党か!!」


 まさかの薔薇スキルご本家の弟子と再会を果たす。

 しかし、55番くんは反論する。


「確かにそうかもしれん!! だが、情報に齟齬がある!! 私はジュテーム氏から『ローゼンクロイツ』を学んだが、半ば強制的に教えられたと表現するべきだ!! やたらと体を触ってくるので、仕方なく氏の指導を受けただけだ!!」

「55の。ワシの記憶が確かじゃったらのぉ? お主、確かに奪うたって言うちょたで?」



「それは……!! そう言った方が氏の名誉を守れるかと愚考した結果だ!! 無理やり教えられたスキルがクソみたいでは、なんだかかわいそうである!!」

「確かにそうかもしれんのぉ!! 55の。昔から優しいんじゃのぉ!!」



 ちなみに、ジュテーム氏は普通にアトミルカのスカウトを受けて、45番としてしばらく活動したのち「アトミルカの才覚なし」と3番に判断されて野に帰されている。

 「そもそもジュテームって! フランス語じゃろがい!!」と言う久坂監察官のツッコミでこの話題は終わった。


「貴様……! よくも部隊長を……!! 確かに、あの人は男にも女にも見境のない人だった! スキルは頭おかしいし、それを部隊で強制するからメンバーはすぐに辞めていくし!! だが!! ……まあ。そんな人だ!!」

「いや! だが! の後になんかフォローせぇよ!! 結局どうしようもないヤツで説明終わっちょるやんけ!! 気の毒じゃろ! ジュテーム!!」


 久坂剣友はトークセッションに付き合うノリの良い老兵だが、言うまでもなくこれは時間稼ぎ。

 四郎がせっせと【黄箱きばこ】を並べていた。


「久坂さん、助かりましたのじゃ。準備できましたぞい!! そぉい!! 解放!!」

「おお! さすがじゃのぉ、四郎さん! ワシ、出かける時にゃ装備置いて行くけぇのぉ!!」


 四郎が取り出すのは、お馴染み呪いの斧。

 『男郎花おとこえし』である。


 他の箱から出した槍と刀を持って、久坂に尋ねる。


「どっちにしますかの?」

「こりゃあ槍一択じゃのぉ! 刀は最近じゃと得物被りが激しいですけぇのぉ!!」


 四郎が手渡したのは『ヒーデブ』と言う名の異世界製の槍。

 世紀末の断末魔みたいな名前だが、異界の名工が作った逸品である。


「ほいじゃあの! 打ち合わせ通りにやるかい!! 敵さん、意外と強いけぇの。Sランクよりは確実に上じゃで。ワシらのとこの監察官クラスは余裕じゃろ」

「確かにそうかもしれん!! 私は指示に従う!!」

「では、ワシから!! これは初見殺しですがの。2度目からは使えませんじゃて。早めに消化してしまうのが良いかと!! そぉれ!! 『男郎花おとこえし』、解放!!」


 呪いの斧が唸りを上げる。

 それを見て、アマオとドンは攻撃の手を止めた。


「やはり知っておられましたかの。ワシを狙うと言う事は、これまでの戦いのデータくらいは仕入れられておると思うのが定石ですじゃて」

「青いのぉ!! 四郎さんの『男郎花おとこえし』自体が囮なんじゃわ!! 55の!!」


「了解した!! 『ローゼンランツェ・一輪挿いちりんざし』!!!」

「くっ! こいつ! ふざけたスキル以外も使えるのか!?」



「おい! アマオ!! うちの部隊長の悪口を言うんじゃねぇ!!」

「いや、言うね!! 薔薇を具現化する意味は!? 水を唇に加工する意味は!? お前の師、アホだろ!!」



 四郎が『男郎花おとこえし』を放置して、両手を組む。

 その所作は六駆の『大竜砲ドラグーン』やみつ子の『餓狼砲ウルファング』に酷似していた。


「そぉぉぉぉぉい!! 『鹿角巨砲ディアルーン』!!」


 四郎も戦線復帰後は訓練を再開している。

 呉を訪ねると、まずみつ子と共にスキルの開発に取り組んでいた。


 結果、逆神流の新必殺スキルを産み出すことに成功する。


 伸びる鹿の角は一直線にアマオの右腕を目掛けて襲い掛かる。

 さらに久坂の追撃も加わった。


「卑怯じゃと思うかもしれんがのぉ! こっちは市街戦を長々やる気はないんじゃわ!! 市民の皆さんを危ない目に遭わせる訳にゃいかんけぇのぉ!! そりゃい!! 『玄武一投閃げんぶいっとうせん』!!!」


 久坂槍術奥義の1つ。

 具現化した煌気オーラ槍を先に投げつけ、その回避行動に入った敵を本物の槍の投擲で仕留める。


 これを使うと得物を失うため、短期決戦用の攻撃スキルである。


「ちぃっ!! オレを集中的に狙うとは!! 意外と誇りに執着しないんだな!! こりゃあ見誤ったぜ!!」

「そりゃあのぉ! お主の方が強いのは明らかじゃったし、どう見ても強襲作戦やけぇの。続行不可能な深手を負えば、まあ退くじゃろ? そっちの変態スキル使いより賢そうじゃしのぉ!!」


「はっは! こりゃ、じじいどもに一杯食わされたな!! 仕方ない! 一時撤退だ!! 退くぞ、ドン!!」

「納得いかない。私、スキル馬鹿にされて、師を変態扱いされて。最終的に私自身も変態に認定されたぞ? 退けるか!!」


 アマオは「こいつともう組みたくないな」と思いながら、転移石で撤退する。


「やれやれ。行ったか。口車に乗らんタイプじゃったら面倒やったのぉ。四郎さん、すまんが一旦ワシらも本部に戻って、報告じゃ」

「分かっておりますぞ。ご迷惑おかけしますじゃ」


 久坂監察官室。

 無事に戦略的勝利で凶報を本部に持ち帰る事に成功する。


 結構大きな手土産である事は言うまでもない。

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