第1424話 【エピローグオブ山根健斗・その2】なんやかんやで恐妻家は愛妻家とセットだというお話

 お忘れの方のための水戸くん。

 こんなに求められていないであろう補足説明がかつてあっただろうか。


「ふふふふっ。山根さん。申し訳ないですが、自分はあなたをボコボコにして仁香すわぁんのおっぱいをムニムニさせて頂くので。ふふふふふっ。生贄になってもらいますよ!!」


 意外と強い。


 監察官であり、加賀美さんが就任するまでは最年少の監察官だった。

 しかも実績ではなく実力と将来性を評価されての就任である。

 推薦した雨宮さんが信任票を入れずにうっかり不信任が可決されそうになったものの、「監察官に人格はさほど必要ないでしょう。ぶひひ」と当時はまだ潜入中だった下柳元監察官の1票で無事にギリギリ入閣。


「戻りました! 和泉さんと土門さん連れて来ましたよ!!」

「ごふっごふっ……。山根さん、その特訓はあまりにも無茶かと……げふっ」

「失礼します!! 土門佳純です! 確認なのですが、これは公的なトレーニングでしょうか! それとも私的なものでしょうか!!」


 仁香すわぁんが答えた。



「あ。全然私的のヤツだから、佳純ちゃんも普通にしてていいよ!」

「なんだー!! 敬礼しちゃいましたよー! しかも水戸さんに!! あはは!」


 監察官のの部分がこんなにフォーカスされる男も珍しい。



 山根くんは退いても構わないにも関わらず、水戸くんと対峙したまま隙を探すように睨みつけて構えたままであった。

 諸君。勘違いしてはいけない。


 山根くんは春香さんが好きなのである。

 好きな相手と致したいと考えるのはとても自然なことなのである。

 ただ、自身のフィジカル不足で愛する妻に不自由な思いをさせている。

 その件に関しては忸怩たる思いを常日頃から抱えており、叶うのならば自分だって妻と野獣のような致し合いを果たしたい。


 だから、山根くんは逃げない。

 水戸くんが舌なめずりをする。


「ふふふふっ! 山根さん! あなたに恨みはないですが!! 自分に勝てると思いますか!? 煌気オーラ爆発バーストもできないあなたが!! ふふふふふっ!! 仁香すわぁん!! おっぱい、よろしいですかぁぁぁぁ!!」


 水戸くん、きたねぇ煌気オーラ爆発バーストを解放。


「くっ。この壁を超えて!! 春香さん!! あなたの誇れる旦那に、なる!!」

「ふふふふっ!! 仁香すわぁん! おっぱいはまだですか!? 仁香すわぁん!!」


 仁香さんが「そこまで!!」と言ってから頷いた。


「えっ? ええと? 青山さん?」

「すみませんでした、山根さん。試すような事をしてしまって。実はこれ、春香さんにも内緒だったんです。山根さんは優しい人ですから、いつも相手を慮ってしまうでしょ? 春香さんのために強くなろうとするその気持ちを彼女に伝えた事、ありますか?」


「……いや。ないっすね。だって、春香さんが責任感じちゃうんじゃないかと思いますし」

「それをちゃんと言ってあげください! 全部! そうすれば、無茶なトレーニングなんかしなくてもゆっくり愛し合えますよ! だって春香さん、女子会ではいつも山根さんのことばっかり話すんですから! 嬉しそうに!!」


 山根くんが床に座り込んで頭をかいた。

 情けないと自嘲するように。


「参ったっすね。ちょっとここに嫁さん呼んでもいいっすか?」

「もちろんです! 逆神くん、お願いできますか?」


 六駆くんが呼ばれた理由は治癒スキル係ではなく、連絡係だった模様。

 「青山さんはさすが莉子の先生だなぁ!!」と感心してから左手を床について「ふぅぅぅぅん」と気合を込めると門が生えて来た。


「五楼上級監察官室に繋ぎました!! みんながいるところよりはあっちの方がお話しやすいんじゃないかなって!」

「恩に着るっす。逆神くん。ちょっと行って来るっすね」


「ふふふふっ! 自分との戦いを放棄するんですか!! 逃がしはしませんよ!!」


 水戸くんは相変わらず水戸くんだった。

 和泉さんに佳純さんが「私の後ろに来てください。煌気オーラの圧で和泉さんが吹き飛ばされちゃうのは困りますから」と言った。

 和泉さんは佳純さんに「げふごふ……。ご面倒をおかけします」と軽くお礼を言って頼りになる嫁さん(まだ入籍はしていない)の背に隠れる。


 仁香すわぁんが煌気オーラ爆発バーストしながら叫んだ。



「水戸さん!! 私の言うことが聞けないんですかっ!!」

「あっ!? あっ!? へ、へへっ。すみません……つい、調子に乗ってしまって」


 水戸くん、ちょっと見ないうちにナッパみたいになる。



「反省してください!! はぁぁぁぁ!! 『神速しんそく八神脚はっしんきゃく』!!」

「あ゛あ゛————そのアングルもいいですねぇぇぇぇ————ぇぇ————ぇ」


 水戸くんが8階の監察官室から地上に蹴り落とされた。

 幸せそうで何よりです。


「げふっ……。そういえば逆神くん。おめでとうございます」

「あ! そうですよね! おめでとうございます!! 逆神くんもやりますねぇ!」

「うふふふふふふふふふふふ! 莉子がお喋りだから困っちゃいますね!!」


「仲睦まじいことは良き事かと小生はごふりますげふっ。これは失礼」

「はいはい。私の太ももにどうぞ。口の周りの血は胸で拭きますからね。じっとしてくださいね」


 山根くんの夫婦愛も放っておかずに世話を焼いて、和泉さんと佳純さんの愛の形を見て、割と幸せそうに惚気る六駆くんを見て、仁香さんは「……私、どうしてアレを放っておけないんだろう」と考えてからその程よいおっぱいに手を当てて瞳を閉じた。


 もしかして近いのか。

 水戸くん回。


 それはまだ分からない、未来のお話である。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 五楼上級監察官室では。

 門が生えて来た瞬間にあっくんが駆けこんで来て「よぉ! 若ぇヤツら、ちっと俺について来やがれぃ! 南雲さんがステーキ食わせてくれるから手ぇ貸せって言うからよぉ!」と言って、春香さん以外の所属探索員を連れ去っていた。


 どこまでも悪い男である。


「ええと? 健斗さん? これってなんですか?」

「春香さん! 自分!! 春香さんのこと、ちゃんと愛してるっすからね!!」


「え゛。な、なんですか!? なんなんですか、急に!?」

「自分、どんなに体鍛えても致す度に数パーセントから数十パーセントの故障率を常に抱えるってシミュレート結果が出てるっすけど!! 手加減しないで欲しいんすよ!!」


「なんで勤務中にそんなこと言うんですか!?」

「口に出さなきゃダメだって色んな人を見てたら気付いたんで! 気付いたらすぐ言っとかないと、自分ヘタレなんで! 言えなくなっちゃうと思ったんす!!」


 普段は理知的でロジカルな会話を旨とする山根くんらしくない、とっ散らかった、要領を得ない何かしらの告白がなされた。

 ただ、そのよく分からない部分をxとして、xに愛を代入するとあら不思議。

 困難な方程式だって簡単に解けてしまう。


 春香さんが山根くんに抱きついた。


「よく分からないですけど、よく分からない事がよく分かりました! バカなんですから! 私、健斗さんに遠慮なんかしてませんよ? これからもしません! 健斗さんは?」

「自分は……割と遠慮すると思うっすね。これからも。それが自分なんすよ」


 目を合わせてから笑い合う2人。

 これも1つのハッピーエンド。


 山根くんに足りなかったのはフィジカルではなく、心の強さだったのか。

 ただ、ハッキリと言えば良かったのだ。

 「どんなあなたでも愛しています」と。


 それは魔法の言葉。

 荒ぶる乱暴な致し合いでも愛おしくなる。



「じゃあ、せっかくですから今日は午後から有給消化しちゃいましょうか!! それで、私! 行ってみたかったホテルがあるんですけど!!」

「え゛。あの……。春香さん? 自分、来週また日米探索員首脳会談があるんすけど。ええと、手加減はしてもらえ?」


 山根くんが翌日から3日ほど欠勤したが、それもまた愛の形。



 それ以降、仕事に余裕のある時に限られるものの、山根くんが潜伏機動隊の訓練に参加するようになったという。

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