第249話 準決勝、決着!!

 一瞬の判断だった。

 屋払文哉は潜伏機動部隊の初代隊長であり、Sランクに迫るとも噂されるほどの実力者。


 『苺光閃いちごこうせん』が発射された、ほんの刹那。

 彼は瞬時に「試合に負けた」ことと、考えを「隊員の生命を守る」という判断に移行すべきことを理解する。


「全員! 武舞台から飛び降りろ!! 責任はオレが持つし、終わったら美味い寿司食わせてやるから!! よろしくぅ!!!」


 屋払が持つリーダーの資質を隊員はよく理解している。

 特に彼の発する「撤退」の命令は、これまで1度として判断を誤った事がなかった。


「了解! あなたたち、早く!」

「柳浦さんがもたついてます!」


「蹴り落せ!! オレが許可するんでよろしくぅ!!」

「了! でぇぇぇい!!」


 この時行われた潜伏機動部隊の迅速な撤退はずっと先の未来で語り草となるのだが、そんな事は屋払をはじめ誰も知らずにいる。



◆◇◆◇◆◇◆◇



『これはどうした事でしょうか!? 逆神Dランク探索員の作った煙幕が晴れようかと言うタイミングで、何やらファンシーな色の光が武舞台を走るぅ!! まったく状況が分かりませんが、なにやらアリーナが揺れております!! 観客の皆様はどうぞ落ち着いて、急に走り出したりしないように願います!!』


 五楼京華は分かっていた。

 神に祈ったところで結果は何も変わらない。


 「もしも神とやらがいるのならば、どうして私のささやかな祈りに応えようとしない」と彼女は憤る。

 だが、最悪のケースは免れていた。


 屋払文哉の素早く正しい判断でけが人はゼロ。

 六駆が作った煙幕と莉子のヤバすぎる『苺光閃いちごこうせん』の発する輝きによって、「何かとんでもない事が起きた」とは周囲にも伝わっているが、「誰がどうとんでもない事をしでかした」のかについては謎のままである。


『五楼上級監察官! この状況をどう見ますか!? こちらからは武舞台の上にいる選手たちの状況が分かりませんが!!』



『……や、山根。……山根だな。……うむ。……間違いない。……山根のスキルだ』



 五楼はすぐに考えを改めた。

 神はいるのかもしれない。

 ならばと、彼女はもう一度祈る。


 「この試合の記録と記憶をこの世から消してくれ」と。


 神がいるのかどうかの議論に答えは出せないが、神様だって出来る事と出来ない事がありそうなことは我々にも分かる。

 あとは審判である和泉正春に任せるほかないと、彼女は胸の前で十字をきった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「げほっ。げほっ。ああ、すごい土埃で、呼吸が……。すみません。どなたか小生しょうせいにマイクを持って来てくれますか? 試合の判定を発表しなきゃならないので」

「じゃあ、自分行って来るっす! 南雲さーん!!」


 和泉正春。Sランク探索員。

 彼は『苺光閃いちごこうせん』の直撃を喰らってちゃんと生存していた。


 厳密には、襲い掛かるファンシーな色の悪夢に対して、5種類の盾スキルと3種類の回避スキル、そしてとっておきの治癒スキルを駆使してどうにかやり過ごしていた。


 Sランク探索員は「Aランク探索員よりも優れた技量を持つ者」としか定義されておらず、実力は人それぞれ、青天井とも言い換えることができる。

 監察官よりも強いSランク探索員だって何人も存在する。


 この和泉元春がそうであるのかについては、まだ分からない。


「流石ですねー! 僕が防御膜を展開していたとはいえ、『苺光閃いちごこうせん』を受けて無傷!! Sランクってすごいんですね!!」

「ホントだよぉ! わたしも張り切り過ぎちゃったかと思ったけど、和泉さんってすごい!!」


「まったく、莉子も加減を知らないんだから!」

「えへへへへ。ごめんなさぁーい!」



 セリフだけ切り取ると、高校生カップルのそれなのに。



「和泉さん! マイク持って来たっすよー!」

「げっふ、げっふ、うぼぁ……! ああ、すみません。では、この土埃は小生が払いましょう。『エクセレラ・エアクリーン』!! ごふっ!!」


 和泉が使ったスキルは、治癒スキルの亜種。

 周囲の毒素や瘴気を浄化させる効果がある。


 なお、高密度の煌気オーラ出力に体が耐えられないため、彼は煌気オーラを高めると吐血する。


「これは失礼。ごふっ。『ファーストメディル』。……ああ、もう大丈夫です」


 血を吐いた体を自分で治癒する和泉。

 なお、ここでも煌気オーラの出力加減をミスすると血を吐くので無限ループの危機と常に隣り合わせな虚弱体質Sランカーである。


「おお! すごい高度な治癒スキル! これは僕にも真似できそうにないですね!!」

「六駆くんって治療系のスキル苦手だもんね!」


「お二人さん! 南雲さんからの伝言っす! とりあえず、激闘の後っぽく見せて誤魔化す方向で行くから、適当にその辺で倒れてろ! だそうっすよ!」


 高校生カップルは「はーい!」と返事をして、その辺に倒れ込んだ。



◆◇◆◇◆◇◆◇



『和泉Sランク探索員のスキルが発動!! 辺り一面が実に綺麗な空気になりました! 高原にある牧場の朝かと錯覚するほどに爽やかな空気です!! では、そのまま審判としてのお仕事もお任せしましょう!!』


 五楼京華は両手を組んでいる。

 見た目はエヴァンゲリオンシリーズでお馴染み碇指令のポーズだが、彼女はただ神に祈るスタイルを変更しただけだった。


 武舞台の下には、同じく地面に額を擦りつけて懇願する男が1人。

 我らが南雲修一監察官である。


「お願いだ! 和泉くん!! 何が欲しい!? 何でもあげよう!! だからお願いだ!! ここはひとつ、大岡裁きで頼む!! 三枚に捌くのはヤメておくんなましぃぃ!!!」


 和泉はマイクを持って、横になった。

 彼は体こそ弱いが、正義の心は太く硬い。


 「探索員協会のこれから」について、短い時間でじっくりと吟味した和泉は、口を開いた。


『えー。げほっ、げほん! 審判の和泉です。先ほど放たれたによって、楠木監察官室の選手は全員が場外負けとなりました。ごほ、ごほっ。よって、準決勝第2試合は、南雲監察官室の勝利となります』


 クララと小鳩が抱き合って、そこに挟まるのが芽衣。

 南雲修一は渾身のガッツポーズで雄たけびをあげた。


 恐らく、観客からは「南雲さん、今年の快進撃が本当にうれしいんだなぁ」と思われているだろう。

 まったく、世界と言うものは都合よく出来ている。


『ついに! ついに今大会の台風の目が決勝戦に上陸だぁー!! 南雲監察官室! 下馬評は失礼を承知で申し上げますと、最下位から数えた方が早い程度でした! だがぁ! ここまで勝ち残った実力はもはや疑う余地なし!! ご覧ください! 五楼上級監察官が、あの五楼さんが感極まって目に涙を浮かべております!!』


『日引! いらん事を言わんでもいい! これは別の感動だ!!』

『分かります。私も感動すると止められなくなりますから』

『黙れ、雷門! お前の感動と同列にするな!!』


 五楼はこの時「空きができ次第、和泉を監察官に推挙しよう」と心に決めたと言う。

 一体誰が外されるのだろうか。



 それが南雲修一でない事を祈ってやまない。



『それでは、インタビューに移りましょう! 楠木監察官室と南雲監察官室の代表者は実況席までお越しください! 和泉Sランク探索員は……ああ、ダメそうです! どなたか、冷たいお水を差し入れてあげてください!!』


 準決勝のバトルロイヤルもどうにか勝ち抜けたチーム莉子。

 これで決勝戦進出が決定。


 つまり、2位以上が確定。


「う、うひょー!! これは僕も今の気持ちを世界に伝えなくっちゃ! うひょー!!」

「あっ、待ってよぉ! 六駆くんってばぁ!!」


 ついに大金が逆神六駆の手の届くところまでやって来ていた。

 後はその手を伸ばすだけである。

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