第331話 『幻獣玉・増殖』は2度咲く

 宿主に寄生する事でその人間の思考を奪い、コントロールする。

 さらに、宿主から攻撃されるとその症状は傷口から伝播する。

 驚異の兵器、その名を『幻獣玉イリーガル増殖ゾンビ』と言う。


 この『幻獣玉イリーガル増殖ゾンビ』について情報を共有していなかった急襲部隊は、援軍として現れた監察官と上級監察官がいきなりキモい腕から鎌を生やして正気を失くすものだから騒然となる。


「み、皆さん! これは敵の生物兵器です!! 気を付けて下さい! こうなってしまうと、自我を失くしてしまい、無差別に襲い掛かってきます!!」

「見てよ、水戸くん! これー! すっごく腕がおっきくなっちゃったー!!」


「さらに悪いことに、あの鎌のような切っ先で傷を付けられると『幻獣玉イリーガル』が感染するんです! つまり、ゾンビ映画みたいにどんどん仲間を増やしていく事になります!! とにかく、まずは距離をとって下さい!! 彼らはこの状態でもスキルを使って来るのでなおのこと厄介です!!」

「ねぇねぇ、水戸くーん! ほらー! 腕の血管ヤバくなーい?」



「雨宮さん! あなたはどうしてそんな体になって普通に自我が保てるんですか!! 自分が危険を伝えているのに、全然伝わらないんですよ!!」

「怒っちゃヤダー! 私だってわざとこんな体になったわけじゃないもんねー!」



 『幻獣玉イリーガル増殖ゾンビ』について知っているのは、ストウェア組だけ。

 3人しかいないのに、川端は水戸を庇って、雨宮は小鳩を庇って感染してしまった。


 つまり、この危機を知らせる事が出来るのは水戸信介しかいない。

 彼もその自覚があるので、どうにか必死に伝えようと頑張っている。


「うわぁお! これね、前の時よりパワーアップしてる!! 私の言う事を6割くらいしか聞かないの!! うっかり女の子のおっぱい触っちゃいそう!!」



 それなのに、感染して割と元気な雨宮順平と言う名のおっさんのせいで、危機感が今一つ伝わらないでいた。



「な、なんてお排泄物な攻撃ですの! わ、わたくしを庇って……! あの、雨宮さんとおっしゃいまして? 申し訳ございませんわ……!」

「あ、平気だよー! おじさんね、こういうのに慣れてるから! それより、君スタイルいいね! どう? おじさんとアフターヌーンティーしない?」


「……お排泄物でしたわ。この世の中年は全てお排泄物なのかもしれませんわね」

「ひゃお! その冷たい視線がたまんないなぁー! おじさん、興奮しちゃう!!」


 野原しんのすけばりに女性を見たら口説いていくスタイルの雨宮。

 だが、口は達者なものの、体はどんどん『幻獣玉イリーガル』に侵食されていく。


「ぐわぁぁぁおおおぅぅぅぅ!! ひぃえやっふぃぃぃぃぃ!!」


 少し離れたところでは、川端一真監察官が一足お先に仕上がっていた。

 白目を剥いて鎌を振り回す様子は、パニック映画の一幕にしか見えない。


「う、うわぁぁぁ! な、なんだこいつぅ! ぎゃあぁぁっ!!」

「おまっ! バカ、こっちくんな! ひぎぇぇぇぇ!!」


 その無差別攻撃はアトミルカの構成員も巻き込んでいた。

 当然、こうなる事も含めて3番の狙い通りである。


 未だ崩れた外壁の瓦礫に潜んでいる777番は3番に報告していた。


「3番様。ご指示の通りに任務を果たしました」

『そうですか。結構。では、こちらに帰還しなさい。しばらく時間を稼げるでしょう』


「お言葉ですが、追撃はしなくてもよろしいのですか?」

『構いませんよ。この程度の混乱、ナグモならば鎮圧するでしょうし。これは4番くんに対する義理ですよ。彼らの準備の時間を作ってあげたまでです』


 777番は「拝承いたしました」と言って、速やかに戦線を離脱した。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 荒ぶる川端ゾンビのおかげで、アトミルカの構成員がどんどん子ゾンビになっていく。

 子ゾンビは孫ゾンビを生み出すので、このままでは数分でゾンビの群れが生まれてしまうだろう。


「南雲さん、どうしますか!?」

「加賀美くん、無事で良かった。とりあえず、アトミルカの感染者を自陣に近づけたくない。殺さない程度に加減して押し戻してくれ」


「了解しました! はぁぁっ! 『怒涛どとう駝鳥だちょう』!!」


 加賀美の繰り出したダチョウが、地面を抉りながら敵を討つ。

 大きな塹壕のような形となって、アトミルカゾンビとの距離を確保することに成功する。


「逆神くん! ちょっと来てくれ!!」

「えっ!? 嫌ですよ!!」



「なんでだよ!! 戦場で指揮官の指示を上司にカラオケに誘われた若い子みたいなノリで断るんじゃないよ!!」

「分かりましたよ……。えい、やあ、たあっと」



 六駆は心の底から嫌そうな顔で招集に応じた。

 その理由は明らかである。


「南雲さん。先に言っておかないといけません」

「な、なんだね!? 名案があるのか! さすがだな、逆神くん!!」



「僕、ゾンビものってダメなんです。グロいのが苦手で。正直、川端さんも正視に耐えません!!」

「あー。分かる! って、言ってる場合か!! 大ピンチなんだよ! 今こそ君の経験が生きる時だろう!?」



 逆神六駆、グロ耐性がなかった。

 蛇がダメだったりと、イギリスにやって来てからなにやら弱点が増えた様子。


「くっ! 川端さん! 正気に戻ってください!! 自分のせいでこんな事に!! 『ムチムチムーチョ』!!」


 水戸は川端を傷つけないように、捕縛スキルを発動させる。

 が、元が名うての監察官。

 そう上手くはいかない。


「とりあえず、あっちでふざけたスキル使ってる水戸さん呼びましょうよ。この手のスキルは宿主を殺せばだいたい済むんですけど、宿主が味方じゃ困りましたねー」


 水戸は聴力を煌気オーラで強化させる事が出来る。

 ちゃんと六駆の悪口と、方策を聞いていた。


「すみませんが、急襲部隊の狙撃手のお二人! 川端さんの足止めを願います!!」


 アタック・オン・リコに残っているクララと雲谷が応じた。


「あいあいにゃー! 『グラビティアロー』!!」

「ふふっ、監察官相手に狙撃できるとか……ふふふっ。『ティングルショット』!!」


「あっしゃえぇぇぇぇぇ!! べぇらなぁぁぁぁぁ!!」


 狙撃で足が止まったのを見届けて、水戸も南雲たちのいる位置まで下がる。

 そんな水戸に、まず六駆が声をかけた。


「今の川端さんって、号泣してる時の雷門さんに似てませんか!?」

「確かにね! って、逆神くん! 君は本当に冷徹な男だな!! 自分は失望したぞ!!」


 その雷門監察官は雨宮がいつ完全に感染し切っても良いように、ドーム型の罠を構築する準備をしている。

 さらに後ろにはチーム莉子のメンバー。


「それで、どうします? 川端さん、殺します?」

「できるはずがないだろ! あの人は自分を庇ってああなったんだぞ!!」


「でも、このままじゃ被害が増えますよ? さらに味方がゾンビ化したらどうします?」

「ぐっ……。なんて冷静な意見なんだ……!!」


 六駆は川端を眺めて、状況を整理する。


「さっきも言いましたけど、宿主を潰せば片が付きそうです。でも、失神で果たして止まるかどうか疑問ですよね。煌気って意識を失ってもしばらくは流れ出しますし。『幻獣玉イリーガル』は煌気オーラに依存しているみたいだから、そこさえ止められればって感じですか」


 そこに待ったをかける男がいた。


「ダメだよ、ダメダメー! 川端さんは良いおっぱいを出す店知ってるんだからー!!」

「うわぁ! すっごいキモい見た目のクリーチャーが!!」


「いや、逆神くん。あれ、雨宮さんだよ。確かに見た目がヤバいけど。と言うか、よくあれで自我を保っていられるなぁ。さすがは上級監察官……!」


 感心する南雲。

 事件は起きる。


「女子は目を閉じててねー! ほぅわったぁ!!」



 雨宮順平、自分の体の右半分を煌気オーラを込めた手刀で叩き斬る。



 結局、『幻獣玉イリーガル増殖ゾンビ』のシンプルな対処法はこれしかないのである。

 六駆は「なるほど! そのやり方はスマートですね!!」と雨宮に同調した。


 彼の体は、すぐにポコポコと幻想的な泡に包まれる。

 再生が始まったのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る