第940話 【時系列の乱れる日常回・その11】バニングさんの「総員! 気を付けろ!! 日常回だと油断したら連れて行かれるぞ!!」 ~ミンガイル、後ろ後ろ!~

 前話で師弟の絆を確かめ合っていたバニング・ミンガイル氏とザール・スプリングくん。

 ザールくんがストウェアに1位指名されて逆神家の親戚と命の取り合いするために出動して行った。


 ここは現在時空のミンスティラリア。


「バッツ。これがどういう事か分かるな?」

「いえ。分かりません。照り焼きをどうぞ」


「お前は純粋パワータイプだからか。いや、なら問題ない。複雑な事を考えるのは私の役目だ。我々アトミルカのワガママに付き合わせてしまったからな。バッツ。お前の立場だけは私が守ろう」

「ありがとうございます。照り焼きは食べられませんか?」


「そうか。よし、照り焼きは食べる。だから聞いてくれるか」

「アリナ様! 照り焼きがございますが!!」



「バッツ!! ザールが逝ったのだ!! お前、日常回だからと油断しているな!? 私たち余剰戦力に日常などない!! 油断すれば持って行かれるのだ!! ゆめゆめ忘れるな。良いか。このシチュエーションは我らアトミルカ以外の猛者が現れたりだな。あとは現役世代の主力に絡まれると危ない。良いか、バッツ。お前は意外と使い勝手のいいタイプだから気を付けn」

「こちらだったか。バニング殿。なにやら戦局が慌ただしくなって来た。私は一時帰参を許されたのだが魔王城にはサービス殿しかおられなくてな。バッツ殿と猫動画を見ようかと思い……どうなされた?」


 ライアンさんすごい猛者が呉から戻って来たのを見たバニングさんが「まだツーアウトだ」と、ダブルプレーで一気に赤いランプが2つ灯った事を悟る。



 繰り返しお伝えしております。

 こちら、現在時空のミンスティラリア。


 戦時真っ只中の日常です。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 アトミルカチームは予備戦力として役割を与えられているため、戦地に赴くのは何の文句もなく、むしろ武人の誉れ。

 だが、先ほどザールくんの出動要請を伝え聞いた際、バニングさんには一抹の不安がよぎっていた。


 彼は聞きたくないキーワードがいくつかある。

 「局地戦」「増援」「日本本部との共闘」と、この3つは彼がマスクド・タイガーで世を忍んでいた際に「ろくでもねぇ戦場」へ送り込まれた三本の矢。


 三本揃うと折れないどころか一本でも折れる気配すらない強固な矢である。

 主にピースとの戦いで日本本部の増援と監獄ダンジョン・カルケルの局地戦にぶち込まれた際、バニングさんはどちらでも結構なストレスに苛まれた。


 だが、まだマシなのである。


 そこに「逆神家」というクソデカな不吉さえ加わらなければ、まだ何とかなる。


「これはアリナ殿。此度の戦いでは貴女には出番が回らぬ事を祈ってやみませんな。ご事情は既に伺っておりますれば。平和を楽しむ資格がおありと私は愚考いたします」

「ありがとう、ライアン。そなたも妾を慮ってばかりおらず、誰ぞ良い者と出会えれば良いのだがな」


「はははっ。これは異なことを。私はもう70後半ですぞ。肉体年齢こそ若返っておりますが。生涯独身を貫いて来た者が今更そのような」

「何を申す。その論法でいけば妾なぞ、自分でも年齢が判然とせぬぞ? それに我が夫のバニングとて所帯を持ったのは60を過ぎてから。遅すぎるという事などあるまい。そうであろう? バニング? なにゆえプルプル震えておる?」



「おヤメください!! 身の上話と未来の展望!! これは激戦極まった直後にしてはならぬと……!! まだ間に合います!! 訂正なされよ、ご両人!!」


 バニングさんはこの世界で最も長く敵組織の大黒柱をやっていたせいで、死亡フラグに極めて敏感です。

 さらに平和をゲットして、ついでに妻をゲットして、そんな猛者がどれだけ死亡フラグに愛されているのかについての造詣も深いのです。



 「バニング殿はいささかナイーブになっておられるようだ」「うむ。妾の夫は心配性なところがあるゆえ。……それがまた愛おしいのだがな。ふふっ」と笑い合うライアンさんとアリナさんを見て、言い知れぬ不安が忍び寄って来る元アトミルカナンバー2。


 彼は首を横に振って「いかんな。確かに私は平穏を手に入れて失う事に対する恐れを抱いている。ふっ。まだまだ若いか……!」と思い直すも、大変可愛い来訪者を見て目を見開いた。


 続けて確信する。


「みみみっ! 六駆師匠の伝令に来たです! みっ!!」



 こんなに可愛い芽衣ちゃんを見て「ふっ。これはスリーアウトだな」と何かを悟ったバニングさんであった。



 バッツくんがウェルカム照り焼きで芽衣ちゃんのおもてなしをしている間に、ようやく扱えるようになったスマホに保存している「遺産相続」という名のファイルと「戦災遺族補償」という名のファイルを確認した。

 バニングさんもピースとの戦いで非公式ながら日本本部の一級戦功を受け取っており、日本円の資産がある。


 「何かあった時に面倒ですにゃー」と学はあるけど使う気のないクララパイセンに日本の銀行口座が名義人死亡の際にどれだけ煩雑な事になるのかを学んでおり、生涯現役の戦士として生きるつもりであるため諸々の処理は済ませていた。


 どら猫は経済学部です。

 日須美大学の経済学部は法学部の単位も履修できます。


 レポート提出だけで単位もらえるので、一年生の時にゲットしていたパイセン。

 バニングさんの終活を助ける。


「みっ!」


 可愛く敬礼する芽衣ちゃんに「すまん、芽衣。少しだけ待ってくれ。タッチパネルの当たり判定が弱くてな」と謝ったのち、シミリート技師にファイルを転送。

 ミンスティラリアも忘れられがちだが徴兵制があり、戦死した場合は戦災遺族に対する補償がなされる。


 先のピースによるミンスティラリア侵攻の防衛戦。

 そして戦後復興に尽力したバニングさんをはじめアトミルカチームはファニコラ様より「すごく偉いのじゃ!」と特権階級を賜っており、それを行使する時は自分が死ぬ時だけと決めていたこの武人。


「すまない。……済んだ。用件を聞こう」



 もう死期を悟って行使をキメた。



 続けて照り焼きにかぶりつく。

 腹が減っては戦にならぬ。


 最後の晩餐として共に戦い抜いて来た同志の照り焼きも悪くないと噛みしめた。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「みっ! 六駆師匠がバルリテロリ本国にカチコミ? かけるらしいです! できるだけ万能タイプの戦力が欲しいって言ってたです! 希望リストが送られて来たので、発表するです! みみみっ!」

「ふっ。こんなに可愛い召集令状があるとはな……」


 色々済んだ澄んだ瞳になったバニングさん。

 座して下知を待つ。


「これを見てくれ。バッツ殿。どう思う?」

「すごく……可愛いです……!」


「マンチカンだ。短い足なのに意外とジャンプする。堪らないとは思わんかね?」

「すごく……心がにゃんにゃんします……!!」


「そしてこちらを見てくれ。バッツ殿。どう思う?」

「すごく……モフモフです……!!」


「ノルウェージャン・フォレスト・キャットだ。その名の通りノルウェーからやって来たにゃんこでな。厳しい寒さに対応するためにふわっふわの毛並みを手に入れた。しかも厚くて水を弾く。お手入れが極めて大変だ。ゆえに尊い。見てくれ、この胸のふさふさ。手を突っ込んでみたいと思わんかね? 私はこの戦いが終わったら手を突っ込もうと思っている。みつ子様がご褒美をくださると言うのでな。楽しみだ」


 バニングさんが悟りを深める。

 「ふっ。ライアン殿がもう招集を受けている様子。つまり、私と似たタイプが戦場に2人……。そして私の方が古参、か。致死率が跳ね上がったな」と瞳を閉じる。


 芽衣ちゃんがメモを読み上げた。



「みっ! ライアンさんとバニングさんに来て欲しいな! 2人とも何でもできるし、戦い慣れてるし! 指揮官も単騎もイケるから! あ! でもこっちには南雲さんが来てくれたんで! もう僕は何も気にせず戦えるんです!! うふふ!! だそうです! みっ!!」

「南雲殿がおられる……だと……? 同系統が3人……? ふっ……」


 ミンスティラリアの空を見上げたバニングさん。

 緑色の空に向かって「今まで敢えて言わずにおいたが。キモいな。ここの空の色」とぶっちゃけた。



 芽衣ちゃんは続ける。


「みみみっ。サービスさんは残留でお願いしといて! ミンス呉リアにした性質上ね、攻め込まれる可能性もゼロじゃないでしょ? 高野(※西野です。みみっ)とかいう捕虜も2人いるし、その人たち転移座標にしたらすぐに敵さんが来たりするかもだし。ミンスティラリアは異世界で呉は現世。結局僕とばあちゃんが創った門を破壊されたらリンクが途切れるからさ! まあ、僕ならミンスティラリア攻めるよね!! だそうです! みっ!!」


 バニングさんがバッツくんの肩を掴んだ。


「バニング様? 照り焼きですか? YouTubeですか?」

「どちらでもない。お前にこれ以上の責を与えるのは心苦しいが。アリナ様を頼むぞ。もうな、分かるんだ。絶対に変なヤツがここにも来る。私は帰って来られない。頼むぞ」


「ははっ! 拝承しました! ですが、バニング様? 私なんぞが差し出がましい事をせずとも、アリナ様の実力ならばどのような相手でも指先一つでダウンでは?」


 バニングさんが「違う、そうじゃない!!」と語気を強めた。



「バルリテロリの倫理観が怪しい!! あいつら、ノアを見て真っ先に求婚しようとした連中だぞ……! 言いたくはないが、可能性として存在する限り言っておかねばならん。……中身はババアの合法女子大生で人妻! 危ないったらないだろうが!! ……この通りだ。サービス殿が芽衣のペットみたいになっている現状、頼れるのはお前だけだ」

「分かりました!」


 元気のいい返事をしたバッツくんにバニングさんがもう一言だけ遺す。



「いざという時は、すまんがバッツ。お前が死んでくれ。この世界ではガチの血戦でも1人死んだら頭打ちになる。我らの最終決戦も私が死んでアリナ様はご無事だった。すまん……。自発的に死んでくれ」

「ええ……」



 なんか嫌な遺言を告げて、また1人。武人が戦場へ赴いた。

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