第939話 【時系列の乱れる日常回・その10】リャン・リーピン(祝・日常回デビュー!)の「私、恋愛とか分かりません!」と仁香さんの「知ってる。いい人見つけるんだよね……」 ~リャンちゃん、分水嶺か?~

 リャン・リーピンちゃん。大学卒業を控えた22歳の留学生。

 もう大学での思い出作りは完了しており、休みを見つけてはトレーニングに精を出すのが彼女の流儀。


 休養日だってトレーニング日和。

 この日は楠木監察官室の副官にさせられたせいで実戦から離れて腕の鈍りに自覚が出始めた屋払文哉Aランク探索員と一緒に仮想戦闘空間で組手をしていた。


「たぁぁぁ! やっ! はぁぁぁ!」

「甘ぇんで、よろしくぅ!! しゃらぁぁい!!」


「あ゛! ……うぅ。なかなか一本取らせて頂けません!」

「トンファー捌きに夢中になり過ぎてんでよろしくぅ? リャンは体術とトンファー分けて考えてるんでぇ。体術の一部がトンファーって考えねぇと近距離特化型にやられちまうんでよろしくぅ?」



「了! 楠木さんの鎖骨を運よく3度粉砕したくらいで調子に乗っていました!!」

「……楠木のおじきとはもう組手しねぇでよろしくぅ」


 楠木さんと水戸くんがこの休養日で最も医務室を利用しています。

 監察官たち何やってんの。



 リャンちゃんは身体強化が得意な代わりに、技量はまだ高位レベルに到達していない。

 それでも芽衣ちゃんと組手をするといい勝負。

 最高潮のムチった莉子ちゃんともいい勝負。


 彼女は芽衣ちゃんの『発破紅蓮拳ダイナマイトレッド』に代表されるような一撃必殺を持たないため、その点で後塵を拝している。

 それでも連携を取ればしっかりと戦力になるので、屋払隊長や仁香先輩みたいにリャンちゃんの戦法を熟知している者がタッグを組むと探索員の格が一気に向上する。


 そんな伸び盛り乙女。


「……で。リャン」

「はい!!」


「その装備を着て来る必要あったのかって説明、よろしくぅ」

「はい!! 本番がいつになるのか分からないので、慣らしておこうと思いまして!!」



「リャンは蹴り技主体なんでぇ。慣れるのが既に良くねぇと思うんでぇ、よろしくできたらなるべくよろしくぅ」


 屋払さんは意外と良識派です。よろしくぅ。

 若い娘っ子がインナーとはいえチャイナ服を翻してナニをチラチラさせながら戦うのは良しとしない。



 そこに申し訳なさそうに気配を消して忍び寄って来たのがこの装備に関してだけは元凶の先輩。


「あの。ごめんなさい」

「わぁ!? 仁香先輩!! さすがです! 全然気付きませんでした!!」


「本当に反省しています。とある秘密機関に相談したらですね。リャンと一緒に任務に集中するべきだってアドバイスされて。その時は流れですごく良い返事しちゃったんですけど。……25歳と22歳だと太ももチラにもなんていうか、宿る罪悪感は違うなって」


 もうこの時間軸では『RKDNya』に仁香さんは駆け込み済み。

 駆け込んだ結果なんか良い感じに纏まった気がしたけれど、冷静になってみると全然そんな事はない気がしてきて、とりあえず後輩のフォローにやって来たら元隊長に向かって惜しげもなく上段蹴りを繰り出したのを目撃して心がモニョっとした。


「仁香先輩の太もも、私はとってもセクシーだと思います!!」

「くぅぅ……! そういう事じゃないけど、そういう事言われると嬉しい!! 屋払さん! 私、副隊長時代に散々フォローしてあげたんですから! 助けてください!!」



「……青山もチャイナ服キメてるんでぇ。助けようがねぇんでぇ。よろしくぅ」

「見損ないました。白と黄色のチャイナ服が並んでるから助けてって言ってるのに」


 あんなに問題児だった屋払さんが真っ当サイドに転属して、あんなに冷静沈着だった仁香さんが今では大海原で難破寸前。



「えーと。私の体なんて誰も気にしないと思うのですが。仁香先輩に比べてちんちくりんですし。キリッとした美人の先輩は需要あると思いますけど」

「リャン! 良くない、そういうの!! 知ってる!? 今ってね、タヌキっぽい子は人気あるの!! 私はどっちかって言うとキツネっぽいからニッチなの!! タヌキなの! 時代は!! クララちゃんが言ってたから!! あの子、恋愛には小指の爪ほども興味ないのにトレンドだけは捉えてるから!!」


 リャンちゃんは潜伏機動隊の中でも特に小柄。

 160cmを超えていない隊員は現役だと彼女だけである。


 それでも充分に職責を果たせているので特に問題はないが、小柄なタヌキっぽい乙女がしゅばばばと動いていると確かに可愛い。


「あー。んじゃ、リャンも誰かいい人見つけてよろしくぅ?」

「……屋払さんってほんと。そーゆうとこありますよね」


「失言だったんでよろしくぅ」

「リャン! 恋愛をしよう!! なるべくダメな男の人と!! それで、私と悩みを共有しよう! そうすればリャンに近づく男の人をぶっ飛ばせるし!!」


「マジで失言だったんでぇ。つーか青山の闇が会うたびに深まってんでぇ。誰かよろしくぅ。先に言っとくけど、オレは恋人いるんでぇ。そっちの結界には入らねぇんでよろしくぅ」


 屋払さんは29歳でAランク探索員。潜伏機動隊の隊長で監察官室の副官。

 年収は1千万を超えており、言動がよろしくぅしているだけで見た目はシュッとしており、短髪で清潔感もあり細マッチョ。


 自衛隊員の人がビシッと敬礼するだけで「カッコいい……!!」と持ち点アップさせるロジックと同じものが彼にも作用している。


「嫌ですよ。屋払さんがリャンと付き合うとか」

「青山の視線が冷てぇんでぇ。よろしくしたくねぇんでよろしくぅ」


「屋払さんとリャンがデートしてるとか。割と絵になるので……私が惨めじゃないですか」

「意外とオレが高評価されてて戸惑いが隠せねぇんでよろしくぅ」


 29歳彼女持ちと25歳呪いの人形持ちが22歳の純粋乙女の交際について話し合っていた。

 リャンちゃんはトンファーに煌気オーラを纏わせて伸ばしたり、斬撃飛ばしたりしている。


 しゅばばばばとちょこまか動いている。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「あの。本当に私は恋愛とか興味もないですし」

「私ね、知ってる。佳純ちゃんがそれだった。いや、佳純さん。もう私とは違うステージに行ってるから、ちゃん付けなんて……」


 佳純さんの超末脚からの直線一気で差し切られた仁香さんは心に傷を負っています。


「空気が最悪なんでぇ。……リャン。男の好みをよろしくぅ」

「え゛。考えた事もないですけど」


「なんでも良いんでぇ。青山がこのままだと闇堕ちするんでぇ。マジでよろしくぅ」

「んー。んんー? そうですね……。マジメな人が良いです。私は世間知らずで半人前ですし。年上の頼りになる方だったら助かります。色々ご指導いただきたいです」


「リャン! それっておっぱい好きな人でもいい!?」

「えっ? んん? はい! お付き合いするのでしたら、おっぱいも好きにして頂ければと! よく分かりませんけど! そもそも私、小さいですし!」


 じーっとリャンちゃんの胸部装甲を見つめた仁香さん。

 「うん」と頷いた。


「クララちゃん。佳純ちゃん……さん。小鳩ちゃん。この辺りに招集をかけよう。おっぱいをもう少し大きくしたら全然イケるよ、リャン!」

てめぇの旦那水戸さんを押し付けるの良くねぇと思う」



「はぁぁぁ! 『音速二神拳おんそくしにんけん』!!」

「でぇぇぇ!? 『ソニック・ウィング』!!」


 普段ハイテンションな人にガチトーンでとある男クソ童貞を「お前の旦那」と呼ばれた事が大変お気に召さなかった仁香さん。

 怒りの極大スキル。


 しっかり躱した屋払さんも流石である。



 「はぁはぁ……」と呼吸を荒くしたものの、「あわわわわ」と心配そうにおろおろするリャンちゃんを見て世話焼きお姉さんに戻った仁香さん。

 みみみ印の精神安定乙女がいないと、この時間軸の仁香さんはちょっと目を離したら植え込みに頭から刺さったりする。


 早く現実時間の水戸ミサイルぶっ放して楽しそうな彼女に戻してあげたい。


「ちょっと冷静さを失くしてた。ごめんね、リャン」

「……ちょっと? いや、何でもねぇんでよろしくぅ。そろそろ締めてよろしくぅ」


 仁香さんが咳払いをした。

 大事なことを言うらしい。


「けどね、リャン? 好みのタイプは明確に決めておいて? これは絶対。私たちの生きてる世界って結構最低なとこあるから。急にね。急に選択を迫られるの。だからハッキリと明言しておいて。私なんて、ちょっとだよ? たった1回、放っておけないんですから。って言っただけなのに……」


 リャンちゃんは本当によく分からなかったが、自分のために胸を痛めてくれている仁香先輩の気持ちはよく分かった。

 だからにっこりと笑って答えた。


「了! では、リャン・リーピン! マジメで頼りになる年上の男性を良いなと思ったら、迷わず好きになります!」

「うん。ごめんね! 違うの!! そういう事じゃなかったの!! 私、なんか後輩に男作れって迫る嫌な先輩になってない!? それとこっちも大事!! そんなステキな彼氏を秒で作られたら私、本当に何するか分からないよ!? ……屋払さん。何か言ってください」


 屋払隊長が纏めてくれた。


「……未来のリャンの旦那候補の野郎によろしくぅ」



◆◇◆◇◆◇◆◇



 その頃、ミンスティラリアでは。


「むひょん!! ……失礼しました」

「どうした、ザール。風邪か? しかしお前のくしゃみは個性的だな」


「いえ。体調管理には人の千倍気を遣っておりますので。なにせバニング様が煌気オーラ枯渇状態になられたら私が馳せ参じなければ」

「……苦労をかける」


「もう慣れました。それに、以前の鶏が絞殺されているように悲痛な叫びを聞くよりはずっと良いです。元気な御子をお作りください。本日も致すのですね?」

「お前はもう一人前だ。私よりもずっと人格が安定した。……致すとはなんだ?」



「……なんでしょうか? こう、世界の意志を感じたと申しましょうか。直接的な表現を避けたところ口からこぼれまして」

「そうか。では、我々の知らぬところでまた世界が動いたな。まったく、すぐに適応して見せるとは。お前は実に頼りになる。今や立派な戦士だ。ザール・スプリング」



 ひとまず、マジメで実直で人格者なフリーのグッドルッキングガイは異世界にいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る