第574話 【ちょっと一息・その1】塚地小鳩お姉さんの「半日だけ現世に戻って参りますわ」

 カルケル局地戦の深夜任務を終えた翌日。

 ミンスティラリア魔王城では寝坊している者が多かった。


 昼前になると、やっとメンバーたちが集まり始める。


「んー!! 寝過ごしちゃったよぉー。六駆くん、起こしてよー」

「莉子があまりにも気持ちよさそうに寝てたからさ! 寝顔、可愛かったよ!」


「ふぇっ!? み、見てたの!? もぉぉ! なおのこと起こしてよぉー! 変な顔してなかった!?」

「平気、平気! 莉子ってまつ毛長いなーくらいしか思わなかった!」


 朝から平常運転の六駆くんと莉子ちゃん。

 なお、莉子ちゃんは自分が昨晩、六駆くんの寝顔に向かって連続シャッターぶちかました事について記憶から消しております。


「お腹空いたにゃー。ご飯欲しいにゃー」

「みみぃー」


 どら猫さんは洗濯済みのタンクトップがなくなったため、小鳩さん所有、サイズの合っていないキャミソールを強奪しました。

 「ブチッ」と明らかに何かが切れた音をさせた莉子ちゃんに秒で部屋へ連行されたので、今頃何か適当なものを着せられています。


 莉子ちゃんの服でどうにかなるはずないため、カーテンとかを巻きつけられます。


「おっ。小鳩さん、準備できました?」

「ええ! お、おかくしないでしょうか? わたくし、未だに殿方の好きな服装がよく分かりませんわ……」


「みみっ! 可愛いです! スカート丈に莉子さんみを感じるけど、全体的に清楚です!! 白いスカートがお似合いです!! みみみっ!!」

「そ、そうですの!? 芽衣さんにそう言って頂けると、勇気が湧いてきますわね!!」


 本日、小鳩さんは半日だけの現世に里帰り休暇。

 この情勢下のため、六駆くんが常に出動準備をすると言う条件でソロ休暇の申請が南雲監察官によって許可された。


「じゃ、『ゲート』出しますねー! 座標は阿久津さんの家でいいんですよね?」

「も、もう! 六駆さん! そんな、ハッキリと言わないでくださいまし!!」


 六駆くんはあっくんと一緒にリコスパイダー討伐任務に当たった際、彼の靴に『基点マーキング』を仕込んでおいたのである。

 阿久津特務探索員もかなりの使い手だが、六駆くんと比較すればやはりまだまだ差があるので、今日まで気付けずにいた。


「じゃ、出しまーす! 行ってらっしゃい!!」

「みみみっ! いってらっしゃいです!!」

「はい! 行って参りますわ!!」


 小鳩さんが門の中に消えて行った。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 阿久津浄汰特務探索員。まだ行動制限はあるが一人暮らしを許可されている。

 現在は協会本部近くのアパートの一室を借りて生活していた。



 なお、たった今、生えて来た門に天井を突き破られたところである。



「あっくんさん! 小鳩、参りましたわ!!」

「……あぁ。よく来たなぁ。……まさかよぉ。俺の靴に逆神の野郎が細工してやがるとはよぉ。俺ぁ平和ボケしてんなぁ」


「ひゃっ!? あっくんさん!? 天井に穴があいておりますわよ!?」

「おぉ。そうだなぁ。見晴らしが良くなったぜぇ……」


 申し訳なさそうに何度も頭を下げる小鳩さん。

 あっくんはまったく咎めようとしない。


「気にすんな。別に小鳩のせいじゃねぇからよぉ。ちっと待ってなぁ。電話を一本だけかけさせてくれぇ」


 あっくんはスマホを操作して、履歴の一番上にある番号をタップした。


「あぁ。阿久津だぁ。五楼さんよぉ。アパートの屋根がぶっ壊れたんだがなぁ? これ、修理してくれっか? できりゃ明後日までに。雨降るらしいからよぉ。あぁ? ……俺ぁ、クソ親父をてめぇの部屋に3日も泊めたよなぁ? あんたの旦那は自分家に招いたのによぉ? いきなり、ノンアポで親父連れて来て、放置して帰ったのは誰だったかねぇ? くははっ。話が早くて助かるぜぃ。よろしく頼むぜぇ」


 いつの間にか上級監察官に凄まじい貸しを作っていたあっくん。

 無事に修理の目途が立つ。


 そののち、ナイキの結構高いスニーカーを庭に放り投げた。

 続けて『結晶シルヴィス』でステルス付与を行う。

 これで2度と天井は貫かれない。


「あ、あの! あっくんさん! お腹空いておられますわよね!?」

「あぁ。腹ペコだなぁ。小鳩が腹ぁ空かせて待ってろって言うからよぉ。昨日の晩から何も食ってねぇ」


「ええっ!? も、申し訳ございませんわ!! そこまでしてくださるなんて思わなくて!! す、すぐに用意しますわね!!」

「くははっ。気にすんじゃねぇよ。俺ぁ結構楽しみにしてんたがらよぉ。クソみてぇな人生をてめぇの責任で送って来たからなぁ。手料理なんて食う機会、滅多にねぇんだよ」


 小鳩さんが頬を膨らませて、あぐらをかいているあっくんの前で仁王立ちする。


「あっくんさん! そのような事を言わないでくださいまし!! 罪を犯した過去は消えませんわ!! けれど、償ったのですから! それでも悔やまれるあっくんさんはステキだと思いますわよ! でも、ご自分をそんな風に言って欲しくないですわ!!」

「……ちっ。ったく、お前は優等生だなぁ」


「ええ! そこは自信ありますもの!!」

「そうかよぉ。……そろそろどいてくれねぇかぁ?」


「はい? ええと、どういう?」

「……次からよぉ、もう少しくれぇ丈の長いスカート穿いて来いよなぁ」



「へ? はっ、や、きゃあぁ!! お、お見苦しいものを……お見せし……うぅ……」

「気にしてねぇよ」


 諸君。これが健全なラッキースケベである。



 小鳩さんはまず昨晩作ったおはぎをテーブルに置いて「こちら、摘まんでくださいまし!」と言った。

 実はあっくん、甘いものは結構好きだったりする。


 スタバのフレッシュバナナ&チョコクリームフラペチーノで六駆くんとの共同任務において割とひどい目に遭ったのは最近の話。


「うめぇじゃねぇか。米であんこ包むタイプなんだなぁ」

「ええ! うちではずっとそうですの! お口に合って良かったですわ!!」


 エプロンを装備した小鳩さんは、手際よく料理をしていく。

 髪をポニーテールに纏めて、ノースリーブブラウスにミニスカートにエプロン。


 こういうのでいいんだよ。


「できましたわ!! ビーフシチューですわよ!」

「あぁ? たった30分でかぁ?」


「うふふっ! ミンスティラリアで下ごしらえは済ましておきましたの!!」

「なるほどなぁ。お前は良い嫁さんになるぜぇ」


「……っ!! あっくんさん! ミニスカートがお好きでしたのね!? 頑張って来たかいがありましたわ!! め、捲りますわね!?」

「俺ぁ、シチュー食ってから発言したんだがなぁ? お前、今、小坂やクララと共同生活だったかぁ? 良くねぇなぁ……」


 現在、小鳩さんの汚染度合は30パーセントです。


 それから小鳩さんは余ったシチューをジップロックに小分けして冷凍。

 ご飯も炊いては冷凍を繰り返し、同時進行で布団乾燥機を稼働させる。

 クリーニングに出すものを纏めて「ちょっと行ってきますわ!」と言って出て行ったと思えば、30分で買い物袋を抱えて「ただいまですわ!!」と帰宅。


 さらに何種類かのオカズを作り、ジップロックを召喚。

 あっくんの冷凍庫が満員になった。


 1時間程談笑したところで「そろそろ時間ですわね……」としょんぼりする小鳩さん。

 あっくんは「……ちっ」と舌打ちをしてから、呟いた。


「次はよぉ。……もう少し遅くまでいても構わねぇぜ?」

「ほ、本当ですの!? お、おお、お泊りですの!?」


「あぁ? そりゃその時の気分次第だなぁ。俺ぁ性格悪ぃからよぉ。くははっ」

「も、もぉー! あっくんさん! 意地悪ですわ!!」


 あっくんの胸をポカポカと叩いてから、控えめに手を振って小鳩さんは異世界に帰って行った。

 スンッと消失する門。


 残ったのは天井の巨大な穴だった。


「……あぁ?」


 ドアが乱暴にノックされたので、あっくんは面倒くさそうに顔を出した。

 そこには屈強なおばさんが立っている。


「阿久津さん! あんたぁ!! なーに天井をリフォームしてんだい!!」

「……大家かよ」


「大家さんだろ!!」

「あぁ。……大家さん」


「あんたね! これはあたしゃ怒るよ!? 夜になったら星空が見えてロマンチックじゃないか!! 勝手にムーディー改築しちゃダメだろ!!」

「……明後日までには修理するぜぇ。……あんた、おはぎ好きかぁ? うめぇぜ?」


「あらぁ! こりゃ立派なおはぎだねぇ!! 4つも貰っていいのかい!? あらぁ!! じゃ、2日待つよ! ロマンチックもほどほどにするんだよ! じゃあね!! 仕事頑張んな!! 体壊すんじゃないよ!! 今度ね! 畑で採れたキャベツあげるよ!!」


 大家さんが去った後に、まだたくさんあるおはぎを見つめてあっくんは思った。


「……おはぎってのはよぉ。すげぇな、おい」


 彼の中で小鳩さんとおはぎの好感度が上昇したのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る