第575話 【ちょっと一息・その2】監察官室は本日休業中 ~南雲夫妻と山根夫妻(我慢できずに籍だけ入れた)の1日~

 昨日行われた臨時監察官会議でとある意見が出た。


 現在、監察官の欠員が多い。


 雨宮順平上級監察官は行方不明。

 川端一真監察官はストウェアで捕虜になっている。

 雷門善吉監察官は未だに全身がピクピクしているので自宅療養中。


 実に3名も減っており、もっと言えば下柳則夫元監察官の抜けた穴も埋まっていない。


 会議の場には五楼京華上級監察官と南雲修一筆頭監察官。

 久坂剣友監察官。

 楠木秀秋監察官。


 おっぱい見ると戦闘意欲に支配されるようになった水戸信介監察官。

 たった2日で普通に全回復した木原久光監察官。

 以上のメンバーが集まっていた。


 議題はピースへの対抗策、ではない。


 「ちょっと最近、みんな働き過ぎじゃない?」である。


 久坂、楠木両監察官による共同の動議。


 事実、ほとんど全ての監察官が休みなく本部に待機しており、その割に実際の出動機会は平時とさほど変わっていない。

 ただいたずらに精神力をすり減らしている現状を憂慮した久坂監察官が「楠木の。ちぃと聞いてくれぇ」と相談したところ、2人が結託した。


 当然、五楼上級監察官からは異論が出た。

 しかし、調整役をやらせても有能な2人。

 手は打っていた。


「雷門のの代わりにのぉ。臨時措置で加賀美政宗Sランク探索員を監察官代理っちゅうことで登用しようって案が出ちょる。っと言うかの、ワシが出した! 決定権こそないけどのぉ。ぶっちゃけ、雷門のが就く任務の代理、全部あやつで補填できるじゃろ? いきなり渉外とか外交はさせられんけど。のぉ?」


 後日議事録を見た雷門監察官が号泣した。

 加賀美Sランク探索員が一晩中背中をさすりながら晩酌に付き合ったらしい。


「ボクからは、ローテーションを組んで、各監察官室のメインを務める方たちに休暇を与えるご提案をさせて頂きたいです。特に南雲監察官室と五楼監察官室は誰が見ても仕事をし過ぎです。本当の緊急時に疲労が原因でパフォーマンスを低下させては本末転倒ですよ」


 監察官在任期間最長である久坂監察官。

 次点につける楠木監察官。

 2人の意見に異を唱えても勝てないと考えた監察官たちは、全会一致で可決に至った。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 翌日。


「修一。まだか?」

「今行きます。京華さん、普通女性の方が準備に時間がかかるのでは?」


「私はデート服など2種類しか持っておらんからな。ちなみにこれは、小坂と買った」

「ああ……。だろうと思いました……」


 京華さんは丈の短いプリーツスカートに肩の空いたトップス。

 お年を考えるとちょっとばかりミスマッチ。


 しかし彼女の見た目は30代前半。

 今日の恰好をすると20代後半にすら見えるので、何の問題もない。


 デトモルトの技術で彼女を若返らせたい欲求に襲われることもあるが、「京華さんは今のままでこんな格好するからええんやろ!!」と真理の声も聞こえて来る。


「お前は何と言うか。ふ、ふふっ。修一らしくていいな……!」

「えっ!? おかしいですか!?」


 修一氏はポロシャツにチノパン。テンガロンハットとスニーカー。

 全体的にほぼ茶色いのでちょっとおっさんみが漂う。

 普段はスーツでスマートにキメているだけになおさらであった。


「まあ、向かうか。若いヤツらを待たせるのは趣味ではない」

「あの!? 私、おかしいですか!? これ、山根くんに勧められたんですが! えっ!? おかしいんですか!? 京華さん! なんで笑ったままなんですか!? ねぇ!?」


 これまで触れる機会はなかったが、両名とも自家用車を所有している。

 「2つはいらんな」と言う事で片方を売却し、今は一台を2人で使っていた。


「山根の家か。新規入力せねば……目的地まで30キロだと。あいつら、遠くに引っ越しおって。そこのコンビニで飲み物でも買うか。修一。シートベルトを早くしろ」

「私、着替えたいんですが! なんか、自分でもすごくおかしいような気がしてきました! あと! 京華さん! そのスカート丈で運転されるとそっちも気になります!!」


「修一……。お前、昨日あれだけ……。よし、分かった! 早めに帰ろうな。夕飯も買って済ますか。時間を作ろう。ふふふっ。まったく、仕方のないヤツだ!!」

「え゛っ!? 違うんですよ!? そう言う意味ではなく……!! うわぁぁぁ! もういたずらな笑顔が可愛いんですよ!! 私、明日ちゃんと出勤できるのだろうか」


 赤いスポーツカーが南雲マンションから発進した。

 夫婦仲もエンジンの調子も良好そのもの。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 こちら、山根家。

 アパート住まいだったのだが、2人暮らしを始めるために一軒家を購入。


 新築ではないが広さは充分。庭もあり、近くには公園とスーパー。

 さらに徒歩圏内に小学校と各種病院もある。


 なお、一括購入。

 まだアラサーとは言え、山根健斗Aランク探索員、日引春香Aランク探索員。

 両名ともAランク探索員として監察官室の副官を務めながら、オペレーター班の副主任も兼務している。


 結構な手当てが支給されているのだ。

 Sランク以下では恐らく最も高給取りな夫婦。


「春香さん、これでいいっすか?」

「んー。全然ダメです! しっかり煮込まないと! 牡蠣は当たると大変なんですよ!!」


「うへぇー。厳しいっすよー。いいじゃないすっか、南雲さんがお腹壊しても」

「私は健斗さんがお腹壊すのが嫌なんです!! せっかく精力付けてもらうのに!!」


 なお、この牡蠣料理のレシピは逆神家から伝来している。

 南雲監察官がゲットした秘伝のレシピを山根くんに見せたところ、春香さんがすぐにマスターした。


 お気づきかと思われるが、この2人、入籍している。

 一昨日役所に婚姻届けを出して、その日のうちに購入済みの新居に引っ越した。

 既に家財道具を用意しておいたと言う、敏腕オペレーターぶりを発揮。


 今日はその祝いのために2人の上官が訪ねて来るのである。


「おっ! 乾燥機、終わったみたいっすねー!」

「ん? 乾燥機回したんですか?」


「うっす! 春香さん、料理で忙しそうだったっすから!」

「ちゃんと中から、私のブラウスとか下着とか、取り出しましたよね? 買ったばかりのヤツ。ねっ?」


「……。さ、さーて。自分、カーペットのゴミをコロコロで掃除するっすかねー」

「健斗さん?」


「よ、良かれと思ったんす!! あっ! そうだ! もう春香さん! 下着とか全部乾燥機オッケーのヤツに買い替えるのはどっすか!? ほら! 自分、どんな下着でも全然気にしないっす……か……ら……。……あ。すんませんでした」

「へー。健斗さん。私が色々と考えて、旦那様が喜んでくれたらいいなっ! って思いながらお買い物したものを。ふーん。そんな風に思ってたんですかー? へー? 可愛いのも、セクシーなのも、全然気にしてなかったんですかー?」


 おわかりいただけただろうか。



 山根夫妻はパワーバランスが極めて偏っている。見本のような恐妻家。



 15分ほどで呼び鈴が鳴り、エプロン姿の新妻春香さんがパタパタと出迎えた。


「いらっしゃいませ! 今日はありがとうございます!」

「いやなに、気にするな。まだ結婚式の予定が立たんからな。せめて、私たちだけでも祝わせてくれ。ふふっ。私だって日引が……いや、春香が幸せになるのは嬉しいぞ! 私と修一を取り持ってくれたのはお前たちだからな!!」


「京華さん!! うふふっ! ありがとうございます!! さあ、上がってください! 頑張ってお料理作りました!!」

「そうか! 私はまだまだ料理が未熟だからな。修一のヤツが生意気に、春香に教えてもらえと言うのだ。だが、ご教授願おうか!」


 楽しそうな妻たち。

 修一氏も「京華さんにとって良いママ友になればいいな」と思い、靴を揃えて新居に上がった。


 手前の和室に転がっている山根くんを発見したのはその直後である。


「何をしとるのかね、君は」

「うっす。南雲さん。だっさい服っすね……」


「うん。それは君にハメられたと車の中で気付いたよ。で? 君は何したの?」

「……妻の下着を乾燥機で全滅させたら、ぶん殴られたっす」


「私が察するに、君の奥さんが怒るのは失言もあったからだと思うなぁ。それにしても、すごいね。なにこれ? 畳が吹き飛んでるじゃん」

「春香さんって……。オペレーターになる前は拳主体で戦うタイプのBランク探索員だったんすよ? 知らないんすか? だ、ダメっすねぇ……南雲……さん……」


 この日ばかりは山根くんにまったく腹が立たなかったと言う修一氏。

 むしろ、「なんか君とはこれまでよりも仲良くなれそうだな」と思ったらしい。


「健斗さん! 畳、戻しておいてくださいね!」

「う、うっす!! す、すぐ! すぐやるっす!!」


「修一。手伝ってやれ!」

「あ。はい。山根くん。そっち持って」


 こうして、日本探索員協会に新しい夫婦が誕生した。

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