第576話 【ちょっと一息・その3】小坂莉子とアリナ・クロイツェルの「そうだ、現世に行こう!」

 ミンスティラリア魔王城では今日もみんな揃ってお食事中。


「みみっ! 美味しいです! ビーフシチュー!!」

「うにゃー! 小鳩さんのご飯はやっぱり最高なのにゃー!!」


 小鳩お姉さんとダズモンガーくんが当番。

 昨日あっくん宅に大量投下してきたビーフシチューがこちらでも振る舞われていた。


「そんなに褒めたって……嬉しいですわ!! おかわりたくさんありますわよ!! ダズモンガーさんが張り切ってお手伝いしてくださいましたの!!」

「吾輩、魔王城では料理を担当しておりますので! サポートはお任せくだされ!!」


 魔王軍の軍団長だったはずのダズモンガーくん、今では立派なクッキングタイガーに。

 元アトミルカのメンバーが入植した事で防衛力も補填され、今では誰も引き留めなくなった。

 一応役職はまだ残っているが、鎧は埃をかぶって久しい。


「アリナさーん! どうしたんですか? なんだか元気ない感じですかぁ?」

「莉子……。バニングがな。ちょっと痩せたし、妾を見ると挙動不審になるのだ……」


「ふぇ!? そうなんですかぁ!? どうしたんだろー?」

「妾が思うに、日常に刺激が足りぬのではないかと思うのだ。あやつ、娯楽を知らずに生きてきたゆえ。妾に責任がある事は承知しておる。どうにかしたい……」


「なるほどー! マンネリってヤツですねっ!! ふんすっ!!」

「うむ。恐らくそうなのだ」



 全然違います。



「んー。じゃあ! アリナさん、現世にお買い物しに行きません?」

「日本へか? しかし、妾が気分転換をしても意味がないぞ」


「服を買うんです! 気付いたんですけど! アリナさんって体操服とか水着とか下着とか! そーゆうのばかっりで、ちゃんとしたオシャレ着って少ないじゃないですかぁ!!」


 それに関しては確かにそうかもしれん。


「う、うむ」

「男の子にとっては女子の服も刺激の1つです! 服を脱がす過程もドキドキなんですよ! カラフルな表紙の本に書いてありました!!」


「そうなのか……」

「はい!!」


 昼食を終えた2人は、六駆くんの『ゲート』によって現世に転移して行った。


「六駆……。すまんが、胃薬はないか?」

「具合悪そうですね、バニングさん。ばあちゃーん! お袋ー!!」


「そりゃあいけんねぇ! ばあちゃんのよく分からん草を煎じた薬あげようね!! ヨモギとかね、よう意味分からんけどその辺の草、煎じちょるんよ!!」

「あらあらー。私はとりあえず、煌気オーラをチャージして差し上げますねー」


 疲労困憊のバニングさんは、逆神家の女たちから謎の治療を受けた。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 日須美市のクララパイセン宅に生えた門から2人が現れると、周囲がざわつく。


「ほわ! なんか見られてます!!」

「ここが日本か。実に近代的な土地だ。身なりも妾の知っているものとは違うな。莉子は可愛いゆえ、やはり注目されるのであろう」


「えー? そ、そうですかぁー? えへへへへへへへへへっ」


 アリナ・クロイツェルさん。見た目19歳。

 胸部装甲は小鳩さんを超え、クララパイセンにわずかだけ及ばない規模を誇る。


 さらに、前述の通りアリナさんはオシャレ着を持っていない。

 どら猫が脱ぎ捨てていた短パンとタンクトップを着てやって来ている。



 目立たないはずがないのである。



「じゃ、イオンに行きましょう!」

「よく皆が話しておる、商業施設だな」


「はい! なんでも揃うんですよー! お金も持ってきました! じゃん! 2万円! 今日はわたしに任せてくださいっ!!」

「ふふっ。頼もしいな。世話になる。よしなに、莉子」


 2人はイオンに向かって歩き始めた。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 その頃の南雲監察官室。


「南雲さん。通信っす。これで8件目っす。自分、2時間トイレ行っていいっすか?」

「私が3時間トイレに行くから、君はここにいてくれる?」


「あ。煌気オーラの照合済んだっすよ」

「どうせ小坂くんでしょ? また逆神くん、私に報告なしで転移させたな……。3回に1回しか報告してくれないんだよ、あの子。はぁ。コーヒーが美味しい……」



「日須美市の煌気オーラ反応。小坂莉子Aランク探索員と。あちゃー。元アトミルカナンバー1。アリナ・クロイツェルさんっすねー」

「ぶふぅぅぅぅぅぅっ!! なんでぇ!? それはまずいよ、君ぃ!! アリナさんは秘匿中の秘匿人物だぞ!? しかも、煌気オーラ垂れ流してるの!?」


 お久しぶりです。南雲さん、コーヒー噴きました。



「うちのデータベースにはアリナさんの情報が保管されてるっすから。察知が早かったんすねー。ただ、そのうちバレますよ? 相変わらず、凄まじい煌気オーラですもん」


 アリナさんの煌気オーラ無限発生の異能は逆神家の活躍によって処理された。

 今の彼女は普通の女子大生ガール。


 ではない。


 無限に湧いて来なくとも、アリナ・クロイツェルの煌気オーラ総量は莉子ちゃんクラス。

 しかも彼女は煌気オーラの制御方法がド下手。

 誰にも学んでいないのだから仕方がないものの、ほぼお漏らししっぱなしである。


「どうします? 放っておくと、最悪ピースにも気付かれるっすよ?」

「逆神くんに連絡しても、対応が早いか遅いかは運だからな……。よし、山根くんはミンスティラリアに通信しといて。私、ちょっとイオンに行ってくる!!」


 南雲監察官は日須美市役所探索課の座標に転移。

 そこからタクシーを拾って、イオンへと向かった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 既にイオンに移動していた歩く煌気オーラ爆弾コンビ。


「ほわぁー! 見てください、これ! 可愛いー!!」

「ワンピースと言うヤツか」


「胸の大きい人でもスッキリ着られるヤツですよ! ここ! おっぱい大きい人向けのコーナーがあるので! ……小鳩さんとクララ先輩が。……よく、服見てるのを……わたしはチラ見しているので。……もしかしたら将来お世話になるかもなので。ふ、ふへへ……くすんっ」

「しかし、このようにヒラヒラした服が妾に似合うだろうか?」


「似合いますよぉー! おっぱい強調! 太もも出てる!! 無敵です!!」


 莉子さんは「オシャレ着」の定義を未だに曲解したまま生きておられます。


「そ、そうか。では、試着してみるか」

「こっちのセットもステキですよ! ブラウスと! 何の意味があるのか分からないサスペンダー付きのスカート!! おススメって書いてあります!!」


「オシャレに意味を求めるのは無粋であると小鳩が言っておったな」

「ささっ! 試着です! すみませーん!! 全部試したいんですけどぉー!!」


 お買い物を楽しむ2人。

 そこに汗だくでかけつけた南雲監察官。

 まだ9月も中旬。スーツで走ると大変暑い。


「まずい……! なんて煌気オーラ出力だ!! と言うか、なんで小坂くんまでお漏らししてるの!? ……くっ! やむを得ない!! 2人の存在をピースに気取られれば、最悪ここが戦場に……!! うぉぉぉぉぉ!! 『古龍化ドラグニティ全開放フルバースト』!!」


 緊急事態につき、自分の煌気オーラを囮にして莉子ちゃんとアリナさんの煌気オーラを隠す作戦に打って出たナグモさん。

 2分の1の理性ガチャは引けたのだろうか。



「チャオ!!」


 ダメでした。



「ふっ。ガールたちのひと時の憩い。それを守れなくて、何が監察官だ。私がこの場は引き受ける!!」


 古龍の煌気オーラコントロールは日々上達しているナグモ。

 肉体の増大を抑える事ができるようになっていた。

 だが、角は生えるし瞳は紅くなるし、隈取も現れる。


「ママー! 見てー! なんかいるー!!」

「チャオ!」



「み、見ちゃいけません!! ……誰かぁぁぁ!! コスプレした男性が! うちの5歳の娘にチャオって来るんですぅー!! 助けて!! 誰かぁー!!」

「ふっ!」



 すぐに警備員が駆けつけてきた。

 イオンのセキュリティを舐めてはいけない。


「すみませんね、お兄さん。ちょっと来てもらえます?」

「待て。この人、意外と若くないな? 常習犯か? はい、こっち来て!」

「ふっ。哀しいな……! チャオ!!」


 ざわざわしているところに買い物を終えて出て来た莉子ちゃんとアリナさん。


「ふぇ? どうしたんだろ?」

「何かの催しではないか? ふふっ。日本は楽しいところだな」


 お買い物を終えた2人は山根くんから連絡を受けた六駆くんが迎えに来たので、駐車場に門を生やして帰って行った。


 3時間後。

 京華夫人が菓子折りを片手にイオンへ駆けつけ、旦那の代わりに頭を下げた。

 ナグモから南雲に戻っていた旦那はしょんぼりしていたと言う。


 また、ミンスティラリアではその晩、オシャレ着を身に纏ったアリナさんが結局バニングさんの寝込みをいつも通り襲ったので、特に変化もなく氏は静かに息を引き取った。


 翌朝、ザール・スプリングによって召喚された六駆くんが蘇生活動をして事なきを得たと言う。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る